新聞記者になりたい人のための入門講座

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作文・小論文の実例  2

2011年09月14日 | ジャーナリズム

 

義の前半では、人によってさまざまな内容が書ける題を学生に示してきた。その典型的な例が「花」だ。「希望」「勇気」「感動」など抽象的な題とともに、筆者の考え方、感じ方、好みによって何でも書ける。最初のうち、文章の内容というより「起承転結」、無駄な表現の削除など文章の基本的な作法を身に付けようとする狙いだったが、やはり人によって書く内容にはさまざまな違いが出た。

 

    花

小学生のころ、私はある絵本作家に出会った。彼の絵は色使いがとてもきれいで、その絵本を見た誰もが彼の絵の虜になる程だった。小学生のころ、絵描きになりたかった私は、もちろん彼の虜だった。その彼の絵が、彼の手によって、まるで世の中にあるありとあらゆる色が巧みに操られていく様子は、小学生の私には魔法使いに見えた。

私にとって魔法使いでもある葉祥明さんの代表作の一つに「地雷ではなく花をください」という本がある。その内容は、主人公の一匹のウサギが今もなお戦争を続け、地雷を埋めている国に行く。そこには戦争の被害者である人々が暮らしていたが、今、生活しているその場所のどこかに必ず地雷が埋められていて、いつ被爆するか分からない恐怖の状況の中、人々は生きていることを知る。そこで、ウサギは埋められている地雷の代わりに、花を植えようと決心する。地雷だらけの町にいつしか花が一面に咲き、平和な国となるようにウサギは花を植えていく、というお話であった。その絵本を買うと、そのお金が戦争で地雷がたくさん埋められてしまった国へと寄付され、地雷を取り除くためのお金へと変わると聞いた。

その絵本には、たくさんの色とりどりの花が出てくる。大きさも形も、さまざまであった。花は、人と生活のリズムが似ている。朝、日が昇り、顔を上げ花びらを広げる。夜になると顔を下げ、花びらを閉じてしまう。日中、花を見ると心が晴れ、祝い事があれば誰かに花をプレゼントしたくなる。花には、そんな不思議な力がある。

現在も、人と人との争いが絶えず、戦争が行われている。人々の心が病み、住む場所は荒れ果てている。葉祥明さんが描いた世界のように、いつか地球上のどんな場所でも、地面一面に花が咲く日を望まずにはいられない。                      

 *ウサギが地雷をなくそうと働きかける有名な物語だが、「花」の題で世界的に問題化している地雷撤去運動の問題について書いた社会的な意識に、驚く読者がいてもおかしくない。現代の動きに常に問題意識を持つ姿勢は、評価される。だが、全く別の視点の作品で読者の心を打つ作品もある。

 

 

     花

 

小さいころ、晴れた日曜日のお昼ごはんは、いつも庭で食べた。桜の木の下にシートを敷いて、お弁当を並べて、麦茶を入れた。近くに住む祖父母も呼んで、ちょっとしたピクニックだった。あれからもう十年以上がたち、今はもう桜の木はない。

前に住んでいた人が植えたという桜は、かなりの大木だった。春になれば、これでもかと言わんばかりに咲き誇る。ピンク色の花が満開になり、周囲の緑が色濃くなり始めると、幼いながらも春を感じ、ワクワクした気分になった。その美しい花を近所の人にほめられれば、得意気に自慢した。実際の手入れをしていたのは祖父だった。余分な枝を切り落としたり、冬には雪囲いもした。「きれいな花が咲くのは、おじいちゃんのおかげなんだよ」と、母はよく言った。私は、そんな祖父の手伝いをするのが好きだった。

桜の木を切ることが決まったのは、中学二年の夏だった。その年、初めて桜は咲かなかった。アメシロという虫がつき、どうにもならないのだと父から聞いた。晴れた日曜日に、私より年上だった桜は、あっさりと切り倒された。祖父も私も、無言のままそれを見た。残された切り株はとても大きく、切断面は不自然なくらいに白かった。ぼんやりとそれを見ながら、幼いころのピクニックを思い出していた。春に咲き誇る、美しい姿を思い浮かべた。

祖父はその三年後に亡くなった。今でも我が家の庭には、大きな切り株が残っている。春になり、美しく咲く桜を見ると、私はピクニックを思い出す。桜を愛した祖父の姿を思い出す。

桜の木と亡くなった祖父の思い出が、読者の心にしみじみと響く。桜の花に社会的、時事的な問題があるわけではない。満開の桜の下で、家族みんなで弁当を食べ、その桜は後に虫に侵されて切り倒され、祖父も後を追うように亡くなったという話が淡々と書かれているだけだ。文章の行と行の間から、今は切り株しかない桜をしのぶ気持ちが伝わってくる。活字になった文字ではなく、文章の「行間」から醸し出る情感を読者に読んでもらう味わいのある文章になっている。

*ウサギが花を植え、地雷をなくそうとする絵本の話もそうだが、両方の文章例とも子供のときの記憶をもとに書いている。それはそれで読み応えのある文章になっているが、就職試験を意識する場合、できるだけ子供のころの体験をもとに書くのは避けた方がいい。最近の体験、少なくとも高校生以降の体験をもとに書く方が採用する側にアピールしやすい。(写真:小説「嵐が丘」のモデルとなった英国・ハワースのトップ・ウィズンズと呼ばれる廃墟。私の風景写真アルバムから)



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