しろつめ・楚々・くちかずこ姫のお部屋 goo

安易に清水の舞台から飛び降りるが、意外に用心深い。極めて自己中心的だが、意識がない部分で情が深かったりもする。

栴檀は双葉より芳しい予感

2017年04月25日 10時19分54秒 | 孫達

 

昨日まで、次男一家が帰省していました

二歳八か月の孫姫と会うのは、半年ぶりかな。

なんとも、びっくりするほどの成長ぶりでした

 

乳児期、

極めて癇の強い子で、

とにかく泣く、

どうやっても泣く、

寝ずに泣く、

くちこは、やっとれん!と匙を投げ

次に会うには十八年後で良いわ、と思った姫です。

 

色白、小柄だし、

温和な父と、

万事控えめな母を持つ子だし、

そっと目立たず地味に育つかと思っていたのですが・・・

 

忘れていたことがありました。

くちこと同じ手相、「両ますかけ」だったこと。

そう、信長や秀吉や家康と同じ手相・・・あ、イチローも。

くちこ家は、この姫で五代続いたのですが。

 

強いわ。

芯が。

意思表示は常に瞬時。

迷いや、曖昧とは無縁。

子供だましの扱いには激怒。

ごまかさずに、筋を通せって感じ。

 

大人と同様に茶碗と箸を持ち、

堂々と、一人で食べる。

ひじき煮も、人参サラダも、楽々と。

コゴミの天ぷらも、タラの芽の天ぷらもガツガツ食べる。

 

サメ氏とお散歩に行きましたが、

一時間以上帰ってこない

聞くと、驚くほど遠くまで歩いていました。

抱いてくれとも言わず、

歩きとおしたそうで。

ま、最初は、お喋りしつつ、歌も歌いつつだったのが、

最後の頃は、ただ黙って黙々と歩いていたそうです。。。

歩いた姫も、歩かせたサメも凄いわ。

 

                     

 

栴檀は、代々、双葉より芳し。。。。

ちなみにくちこの娘はくちこを百倍強くした感じとは、サメ氏評。

孫姫に艱難辛苦が少ないことを願うばかりです。

 

料理だけは、あれこれ作りました。

たけのこの煮物、こちらでは珍しくないのに喜ばれました。

蕗の煮物も。

ひじき煮、焼き椎茸、

コゴミや、タラの芽の天ぷら。

田舎料理のオンパレードでしたが、まあ、田舎ですし、自家製ですからね。

帰省を実感できたかな、と。

 

すぐ近くの海にもお散歩に。

30cm前後のチヌが4匹、悠々と泳いでいるのが見えましたよ。

 

  

 

で・も・

疲れたわ

お孫さんと同居されている方、

お近くに住まれて、しょっちゅう面倒を見られている方、

尊敬します

くちこは、料理と送迎位しかしていないのですが、

それでも、休憩しつつ、お昼寝も欠かさず、体力枯渇警報を出しつつ、

どうにかの三日間でした

しかも、日曜の午後から月曜の午前までは、嫁の方の実家に行っていたのですが。

 

こんなくちこが、昔は、働きながら三人の子育てをしていたとはね。

若さって凄かったと思うし、

今が若く無いことを痛感もした次第です

 

最後の力を振り絞り、

サメ栗入り赤飯と、スパムむすびと、

塩焼きそばと、人参サラダを持たせて、飛行場まで送りましたよ。

翌日からまた、フルの友稼ぎ。

その日と翌日の食事の助けになれば、と。

 

ふと、長男の言葉を思い出しました。

「子供は巣立って行くものだけれど、

 母さんから先に親をやめたらいけんよ。」

 

はあい、頑張りました

     

 

 

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栴檀は、看学より、華々しく

2017年04月21日 20時17分29秒 | 日記・エッセイ・コラム

絶対に行くつもりの無かった看護学校。

→が、親の説得で行くことに

 

面接では、当時の副院長に喧嘩を売った次第。

→後々の名誉院長。

「尊敬する人は誰か」と聞かれたので、

「尊敬する人はいないが、

 たかが紙一枚で人のなりを判断する人を尊敬することは無い」と。

 

だって、くちこの個人票を見て、

「一人っ子はわがままだからなあ」って言ったから。

事実だけれど、今会っただけの人に言われる所以は無いから

なんだか、面接に飽きたのか、他の受験生を軽くからかって困らせていたのが、

くちこをイラッとさせていたしね。

→頼まれてもいないのに、人の仇を打つタイプです。

 

渋々入学して、廊下を歩いていたら、副院長が向こうから・・・

くちこを見て、ちょっと固まっていました

 

すぐに辞めるつもりで、段ボールの荷物もそのまま出さなかったのに、

事の流れとは恐ろしいもので、卒業しました。

まあ、両親は安堵したと思います。

全寮制とは言え、家から車で一時間だし、

学費、食費、寮費、全て国費で賄われる学校だったのでね。

 

高校時代、握力が8Kgしか無かったくちこは、

食器洗剤が片手で持てず、

→両手で、下に置いたスポンジに向かってピューっと・・・

 

人が閉めた油性マジックのキャップが開かず、

→人が居ないことを確認して歯で開け・・・

 

母が準備してくれた布団が重くて押し入れに入らず、

→下の段の押し入れに、足で突っ込み・・・

 

一日中授業を受けるのは面倒なので、

勝手に寮で寝ていました。

教務主任が訪ねて来たので、

「一日中、人の話を聞くような体にできていない」

と答えました

本来、国に養成される相当厳しい学校だったのですが、

何処にいても、くちこはくちこでした。

 

不本意な理由で外出外泊禁止になった時は、

院内屈指の地位にある医師を抱き込んで

「会わせたい教授が居る」と言わせ、

一緒に外出し、町で奢って貰い

それから勝手に大学祭とか一人で遊びまわって帰ったことも。

敵もサルモノで、最寄りの駅まで、くちこが、その医師と電車に乗るか確認に来ていました。

呆れた話だわ・・・どっちが

 

人生初の赤点を取ったのも、この医師のテストで、

殆どの生徒が赤点でしたが、

それでも、くちこは、自分が赤点なのは許せんと思い、

その医師の部屋に行き、

くちこの人生の汚点になるし、

母が悲しむので、よおく見て、どこか一つ〇にするように説得しました。

で、赤点はなくなりました。

やればできる・・・

 

高慢な、人を見下す医師がいて、

その医師のテストで、くちこが誤答とされた問題、

他の医師から習ったことを突き合わせると正答だったので、

高慢な医師のところに、その間違いを正したところ、当然激怒。

が、他の医師の方が上級医で、その医師の授業をくちこはノートに書いていたし、

上級医の口添えもあり、

くちこ勝利

高慢医師は、憤懣やるかたなしで、教務に怒鳴り込んだらしい。

フン、ザマーミロ、バカヤロー

 

なんとも、規則でがんじがらめの学校で、

草取りとか、窓磨きとか、

先輩のチェックは、小姑一人は鬼千匹に向かう・・・の世界。

それでも、やってはいけない事を一つ一つやっていくのがくちこでした。

門限破りで、あの高い金網を何度よじ登ったことか。

あれはね、ギリギリで遅れたら、未だ見張っているから駄目。

どんと遅れた方が安心。

まあ、ボーイフレンド達はみんな生真面目だったので、

基本は、踏切等々で、運悪く遅れて、

くちこの指導の下、時間を潰すって感じだったけど。

 

結構、地味で真面目な生徒が多い中で、

くちこの存在は・・・

だから?

門限ぎりぎりまで、いつも寮には居なかったな。

それでも、三年も同じ釜の飯を喰い、苦楽を共にしたので、

思い出も濃いし、懐かしいんだなあ。

 

人の生き方、暮らし方、考え方、

全寮制は、上辺だけの綺麗ごとでは済まないので、

たくさん学ばせて貰って、

たくさん語り合った三年間だったのでした。

 

色恋沙汰については、その内、追々と

長くなるし、ね。

 

                     

 

看護学校一年の時に、フラリと高校時代写真部で一緒だったBFが遊びに来て撮ってくれた写真です。

なので、実物以上に。

音信不通だけれど、まさかプロカメラマンにはなっていないよなあ。。。

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栴檀は、高校より、さらに香しく

2017年04月17日 20時25分29秒 | 日記・エッセイ・コラム

中三の三学期に生家に戻り、

不敵にも、地元進学校を受験。

合格可能性はかなり低かったけれど、

その高校が家から一番近くだったので。

 

滑り止めは合格済みだったし、

脳天気なくちこは、サラリと受験。

各科目、半分位の時間は、暇に窓の外を見ていました。

最善を尽くす感覚は、今でも欠落しています。

監督の先生は呆れて見ていたそうで、

後に、ぴょんぴょん跳びながら視力検査に入って来たので、

あんなのでも合格したのかと思ったそうです。

因みに、物理担当で、今でも年賀状の往復が。

 

この先生と、物理の準備室で、よく授業をさぼって話し込んでいました。

テストに歯が立たなかった時は、裏返して先生に手紙を書いた記憶があります。

生まれつき、電気電流に関して考える脳を持ち合わせていないのは、くちこの責任に非ず、と。

努力してもできないことに関しては、責めるに値しないことである、と。

文才に助けられて?

くちこは、高校時代、欠点になったことは無いです、ギリギリ。

 

この先生が校長時代、くちこ家に遊びに来てくれて、

くちこが、長男が変わり者である愚痴を延々話していると、

呆れ顔で、よくまあ言えるもんだ、と。

自分に甘く、子供に厳しい母を貫いたくちこです。

 

あ、高校時代だった。

ヨット部に入部。

女子が少なく、奇数だったので、

くちこは男子キャプテンと二人で乗っていました。

だから、ヨットも海も大好きだったけれど、

人間関係的には、ちょっと浮いていたような

両親が激しく心配して、双眼鏡で見ていたらしい。

ちょっと、風紀が乱れていて、

それに染まるのは本意では無いこともあり、

性懲りもなく、水泳部に転部。

これは、超お気楽クラブだったので、卒業まで。

ついでに、茶道部、華道部、写真部、生徒会執行部等々・・・

茶道部は部長だったし、

ウルトラ忙しい休憩時間と放課後でした

 

くちこには、くちこのモノサシがあり、

出席する価値が無いと思う授業は殆ど、出なかったな。

好きな場所で、好きなことをしていました。

一番出なかったのは、現代国語。

先生の力不足が悲惨だったので。

登校したくない日は行かなかったし。

両親の考えは、無理して登校したり、勉強したりしなくても良いと言う考え。

全ては、気の向くまま。

 

三人分のロッカーと、茶道部の押し入れに、

全ての勉強道具を入れて、持ち歩くのは弁当だけ。

それすら、帰りは、自転車通学する男子の自転車に放り込んで、

弁当箱だけ先に家に帰りつく始末。

 

男子と言えば・・・

全くもって、色恋沙汰は皆無。

誰か、一人ぐらい言ってくるだろうと思っていたけれど、

一人も。

よほど・・・・だったのでしょう

適当に近くにいても、極めて中性的存在で。

 

例によって、

職員室の前は無事には通過できず、

時には訳も無く放送で呼び出され、

何も悪いこと(万引きとか、喫煙とか)はしていないのに、

面白半分につつかれる

 

くちこの父は、高1の夏に胃癌になり、胃全摘。

病後の様態が悪く、高3まで自宅療養していました。

その間も、入退院を繰り返し、何回かは危篤状態に

250人中、7人しか就職しなかった進学校。

入学以来、受験一色の学校で、

校長は、朝礼で、偏差値の話しかしない。

そんな考えを変だと思ったし、

そんな考えに染まる生徒が気味悪いと思ったくちこです。

 

そんな学校に居ながら、

大学進学は、難しい家庭状況に。

何のために通学しているのか

友達はみんな進学。

くちこより、成績が上でも下でも。

進学すれば、父が無理するし、

一人っ子のくちこが遠くに進学するのも・・・

 

くちこは、たかだか17,18歳にして、

自分が結婚して、子供ができたら、

本人が望めば、どんな大学にも進学させてやろう、

そう決意したのでした。

だからね、離婚しても、

くちこなりに、それは貫いたつもりです。

長女は離婚後に大学院。

次男は離婚後に、大学と大学院に。

しかも、子供達の希望で、国立を蹴って私学に。

くちこの決意だから、ね。

 

あ、また話がそれたわ。

友達がたくさんいて楽しかった。

たくさん遊んで喧嘩して、笑って。

高一の時、学生村に6人で行こうとしたら、学校が猛反対。

理由は、前例が無い、と。

感じとしては、学校が何かの折に責任を取らされるのを危惧している。

前例は、作らなければ、永久にできない。

くちこ達6人は、とことん学校と闘って前例を作りました。

最後に学校がしたことは、

一切、学校は責任は負わない、親の全責任とする、

そう書かれた文書に親が署名捺印することでした。

全員の親がとっとと署名したのは痛快だったな。

一週間位、山里の民家にホームステイしました。

くちこ達が勝ち取った前例、後輩達は活かしてくれたのかなあ

 

卒業して、看護学校に進学して、GWに帰省していると、

学校の先生から電話。

学校に出て来い、と。

坂道が面倒だから行かないと言うと、家まで車で迎えに来ました。

行くと、職員室の隣にコの字型に席ができている。

くちこの近況を先生達が聞く為に。

後日、後輩に聞くと、授業は自習だったらしい。

そこまで、会いたい?聞きたい?

ちょっと呆れる話です

 

結婚した後に、偶然知り合った高校の先生が、

「貴女が、あの、話に聞いた、〇〇高校のくちこさんでしたか」と。

転勤した先生が、いろんな転勤先で、くちこの話をしていたらしい。

そこまで

人の評価とは、自覚とは恐ろしく違うものらしい。

そう痛感したくちこでした

 

そんなくちこが、その後、社会に出て、

結婚もして、(離婚も再婚もして)

母にもなって、

普通のオバサンになったこと、

社会の懐って深いなあ・・・

 

 

学生村、ホームステイ先にて(右端)                修学旅行(後列右)

 

                      

 

とまあ、勢いで高校時代を書いてみました

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栴檀は中学より芳し

2017年04月15日 20時10分38秒 | 日記・エッセイ・コラム

くちこは、自分がどんなに風変りであったか、

後日、他人に語られるまで、殆ど気付いていない鈍感力満載の女です。

指摘される都度に、

「ほよっ」と驚きますが、

じっくり考えると、他人が正しいように思われ納得する次第。

 

ただね、あのマンモス中学で、「女番長」と陰で?呼ばれていたらしいことを、

後日知った時には、驚いたし、未だに納得できない

くちこは、威張っても、苛めても、暴力的でも無かったのでね。

何を根拠に???

ただ、女子の身の上ながら、友達の割合は、男女半々だったな。

グループで固めて群れる事をしないし、

そのような柵を回避していたのでね。

教室の後ろで、ボーリング擬きをしたり、

廊下で、箒をバットに野球をした相手は男子だったわ。

 

くちこは、断じて女番長なんかじゃなかったけれど、

くちこの初恋の相手は、番長でした。

「ウルフ」と呼ばれていました

格好良くて、寡黙で、影のある、

ただそれだけで、彼も何も悪いこととか、暴力も振るっていないのに、

「番長」って格付けされていたんだなあ。。。

 

意を決して、転校後の高校時代、告白しましたが、

「今は、部活に専念したい」と。

ウルフは、国体選手になっていましたから・・・

滅多なことで人を好きにならないくちこの初恋は、こうして終わりました。

 

中学入学時、くちこは、運動神経皆無なのに、両親の反対を押し切って水泳部に入りました。

入部して一週間位?

プールサイドで、馬跳びをしていて、馬から落ちて膝を擦りむき、

怪我をする運動は危ないと、両親に再度説得され早々に退部。

膝の擦り傷が治るまで、父か、父の部下が、下校時校門まで迎えに来ていました。

今思うと変なのだけど、そこは持ち前の鈍感力で、そんなもんだと流されていました。

 

父は、一会社員ながら、タクシー会社を一つ任されていたので、

くちこは、顔パスでタクシーに気軽に乗っていました。

一度、迷子になったことがあって、

全車で、くちこを捜索した経緯があるので、ね。

学校から家まで徒歩10分位でしたが、

いつも、名札の裏に十円玉を入れていて、

気軽に事務室からタクシーを呼んで下校していました。

くどいようですが、持ち前の鈍感力で?

それを変とは少しも思っていなかったです。

 

忘れ物の女王と呼ばれていて、

面倒で、購買部で忘れた物を買っていたら、

リコーダーが7本になっていたことも。

今思えば、学習障害児だわ。

で、それは、長男に遺伝している。

長男を非難して生きてきましたが、

思えば勝手な母親です。

今更ですが・・・

 

保健体育の時間に、校内を見回るように言われて、

一人で見回っていたら、

次々に、授業中の先生が出てくる。

職員室の前の廊下を無事には通過できない。

職員室の前の校庭も無事には通過できない。

どこを歩いていても、いろんな先生から声が掛かる。

「何をしているんだ?」

それが気になるのか?

単に、つつきたいのか?

放っておけないオーラがあるらしかった。

胸騒ぎ的オーラ?

 

中三の二学期に転校したけれど、

卒業時の離任式にフラリと舞い戻って顔を出していたら、

全校放送で、校長室に呼ばれました。

何事かと思って行ってみると、

単に、くちこが舞い戻ったと聞いて顔が見たかったようでした。

軽く喧嘩した記憶しかないのにね。

 

成績がどうだったのか?

これまた記憶が曖昧。

体育が1で、現代国語が5。

後は普通?

 

男子の友達に頭が良いのが二人いて、

よく数学とか教えてくれていたな、そう言えば。

くちこの真後ろに座っていて、休み時間になると、

振り向かせて教え始める。

さっき、解っていなかったから、と。

本人も自覚していないことを後ろの人間が自覚しているのが、

不思議だったけれど、そんな助けで普通がキープできていたらしい。

よく、本気になって喧嘩していた男子も一人いて、

くちこは、家に帰ってからも、怒り心頭の日々もあったし。

とにかく・・・

頭の良かった男子も、

よく喧嘩した男子も、

未だに年賀状の往復がある。

死ぬまでに、会うことがあるんだろうか???

 

高校では、自由奔放で、

看護学校では異端児だったと自覚していたけれど、

その基本は既に、中学にあったんだなあ・・・

そんなこんな、感慨にふけるくちこです。

 

                    

 

↑小学生のくちこ、既に161cm                                                 ↑中学生のくちこ、既に165cm

 

未熟児を子育て中のお母さん、重症仮死で出生した我が子が心配なお母さん、

大丈夫です

育ちます

個性については、個々の責任です

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三人の人生に幸あれ

2017年04月12日 21時08分09秒 | 日記・エッセイ・コラム

先ほど、福岡より、今度こそ、無事帰宅

出掛ける前に、仏壇に頼んで(脅して)おきましたから。

図らずも、土曜日にも乗車した博多駅

今度は、友B子も途中から乗車。

 

たった三人のプチ同窓会。

一体、何十回目になるのやら

三人の輪が重なったのは、中学時代の文芸部。

体育教師の休憩室みたいだった離れの和室で、いつも百人一首して遊んでいた記憶しかありません。

何か書いた記憶が無い。

何か書けと言われた記憶も無い。

ただ、B 子は、鈴木三重吉賞とやらを貰ったらしい。(今日まで知らなかった)

個性的で鷹揚な顧問の元で、ただ自由に笑っていた三人組。

有難い先生だったわ。

 

くちこは、転校生で、卒業まで居なかった中学校。(小3の秋に転入しました)

高校もその後の人生もずっとバラバラ。

一度も重なること無く生きてきたのにね、

笑って、毎年、会っているって、

どうしてなのか、理解不能。

 

お当番制なので、今年は、A子 in 福岡。

大学教授夫人のA子。

本人も数年前までは主任保育士でした。

マンションを4部屋所有するセレブ。

彼女所有の車は新車で、新型プリウス。

ライトが隈取りした歌舞伎役者みたいで、すっかり惚れてしまったB子とくちこでした。

 

 

綺麗にリフォームされた部屋で、すき焼き等々をご馳走になりましたが、

食べるのに忙しく、写真無し

ああ、A子が金持ちで良かった

久しぶりに牛肉を堪能

豆腐と胡瓜の味噌漬けも美味しかったなあ・・・

 

              

 

あれこれ近況報告。

くちこは、著しく記憶力が低下した為、メモを持参して、あれこれ書き残すことにしたのでした。

と言うのもさあ・・・

B子の子供は6人、孫も6人。

とても聞いただけでは覚えられん。

因みに、A子の子供は三人、孫は0人。

ご存知、くちこの子供も三人、孫は2人。

12人の子供達のこと、メモで整理したくちこでした。

当然ですが、12人12色です。

くちこ達の人生に幸多かれ。

12人の子供達に幸多かれ。

8人の孫達、日本を任せたゾッ

 

さあて、陽気に誘われて近くにお花見へ。

昨日までずっと雨だったのにね。

 

                

 

 

これ、何?  ↓ 馬酔木の小さい版?               ピンクのは?

 

                       

 

さて、お約束の、星乃珈琲へ。

A子とくちこは二度目、B子はデビューでした。           くちこは、ロイヤルミルクティー。

 

                          

 

A子とB子はダブルスフレパンケーキをシェア            くちこは、一人でスフレ。

 

                           

 

A子とB子は、美味しいっと感嘆

ただね、くちこのスフレに関しては、京都の六波羅茶庭のスフレの方が美味しいわ。。。

甘いし、膨らみ方が綺麗でない

 

A子が用意してくれたケーキもありましたが、とても無理。

B子とくちこは、A子に博多駅まで送って貰い、仲良く新幹線で帰宅した次第。

車内でB子がふと漏らした言葉。

注)B子は、ずっと経済的に厳しい人生を歩んでいる。

「自分は、土地も、家も、お金も、何も持っていないから、

自分が死んでも、子供達にな何も残してやれる物が無い・・・」と。

くちこは、

 B子が躾けた事。

 B子が見せた背中。

 B子の生き方。

それが、残るよ、と。

 

B子の家は、古い戸建ての3K。(借家)

此処に、多い時は8人、今でも4人。

未だにクーラーは無し。

因みにA子は携帯電話無し。

小さなテレビが1台。

古い和式のトイレ。

此処で育った経験だけでも、世間の荒波を漕げる筈。

未だに二人の子は働きながらでも、この家に居る。

居れる強さ。

これなら、どこでも生きていける筈。

そう思うくちこです。

 

さて、来年のお当番ば、B子。

B子の家に集合します。

小さなキッチンの小さなテーブル。

そこに、丸椅子にバスタオルを敷いて貰ってお喋りします。


P.S

先日、ビックリポンポンなことが、ブログ上で。

4/18のアクセスランキングを見ると、

読まれたページ数が、11399ページ

訪問者は、多いと言っても362人。

順位は、2273/2697504 でした。

何コレ?

リアルタイムの順位では、なんと7位になったりしていました。

ブログが炎上するのかと思ったくちこでした。


まあ・・・

皆さまの、ご訪問、ご愛読、、感謝しているくちこですけれどね


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まさかの展開!

2017年04月08日 20時50分26秒 | 日記・エッセイ・コラム

人生には、魔坂と言う坂あり

そう、一寸先は闇、なのだ

 

順調に解熱して元気になる予定だった王子は、

金曜日に、40度にて再燃。

大泣きか、朦朧・・・

食べない、飲まない、全てイヤイヤ

そして、馴染みの無いくちこはシャットアウト

お父さんに抱かれ、泣くか、寝るか。

くちこは、しょんぼりと、料理と掃除に専念。

遠巻きに、王子を見守るだけ。

 

     

 

王子と婿とくちこで、連日、マンションに缶詰め。

これはね、なんとも・・・

お互い、気を遣うし、遠慮もありだし。

まあ、それなりに仲良しなんですけどね。

 

最後の晩餐は、新大久保の「でりかおんどる」からお取り寄せ。

東京に発つ前に手配しておいたんです。

やはり、ふわふわチーズチヂミは、好評でした

文旦アイス、娘が買って帰りましたが、珍しくて美味しかったです。

 

            

 

はい、

此処までが、話の枕

 

こけないように、注意深く、細心の注意を払い、

超早めに羽田空港に到着したくちこです。

荷物を預けるべく、長蛇の列に参入。

やっと、くちこの番に。

「貴女の飛行機は、飛ぶかどうか解らないので、荷物を預けず、もう30分待機してください。」

この時点で、カードラウンジで、メルヘンのサンドイッチを優雅に食べる計画は頓挫

大荷物を引っ提げて、空港の隅っこで、ひっそり食べました。

 

さて、30分経過。

「一応、飛ぶけど、天候が悪ければ、福岡に変更するか、羽田に引き返すことを了承してください。」

そんな筈は無い

きっと、くちこ地方空港に着陸する筈、するんだ、するべし

 

5分遅れで、搭乗口も、機材も変更されて搭乗しましたが、

離陸待ちが多く、14機飛び立った後に順番が来るそうで・・・

さらに、15分遅れ。

サメに連絡しようにも、もう機内。

 

機長より挨拶。

停滞前線の上を飛ぶので、ずっと揺れますが、落ちません・・・云々。

 

着陸態勢のアナウンス。

着陸できずに、旋回しているアナウンス。

もう15分旋回すると言うアナウンス。

確かに、霧が凄い。

 

そして、

「これから、福岡に向かいます」

飛行機は、突然ウルトラスピードアップ

近隣の空港も駄目だったそうで。

空港に向かえに来ているサメ氏も、茫然としたことでしょうが、くちこもでした

 

飛行機に乗せてしまえば、大荷物も難なく持ち帰れると言う算段でしたが、

福岡空港から地下鉄、新幹線へ・・・

大丈夫かくちこ

 

機長より挨拶。

「皆様、無事、福岡空港に着きました」

はあ・・・

「降りてからの事は、地上職員の指示に従ってください。」

と言うことで、さらりと、地下鉄と新幹線とバスで自力で戻れと言う内容でした。

 

飛行機から地上まで、粗末な階段を歩いて降りました。

大荷物と共に。

バスで空港建物に運ばれ、順次一人ずつ手続き。

地下鉄と新幹線の引換券を貰う人が殆どでしたが、

これは、非効率的だと思い、

くちこは、現金を請求。

運良く、J-WEST カードを持参していたので、

iPhoneから席の予約が可能だし、割引もポイントもあるし。

空港まで戻ると言い張り、バス代も貰いました(200円だけど)

 

しかし、知らない空港、知らない地下鉄。

キャリーバックに、大きなボストンバックに、リュックに、超重いパソコンのケース。

本人だけでダルマなのに、荷物まで全て引っ提げると笑える位のダルマくちこ。

せっかく指定席まで取ったのに、タッチの差で新幹線には乗り遅れ、

後で解ったことですが、くちこの腕時計が2分遅れでした

いつも使わない時計を付けていた運の悪さ・・・

次の自由席に乗りました。

ガラガラでしたが。

でもって、再度、しみじみとメルヘンのサンドイッチを。

本来、サメ氏のお土産でしたが。

そして、座席で・・・・・

缶コーヒーをこぼしたのでした

コートも鞄もくちこも濡れました。

 

ああ、

天は、くちこを見放したわ。

大体さ、

天国のご先祖さんとか、両親とかさ、

もっとしっかりして欲しいわ

 

二時半の帰宅予定でしたが、

七時になりました。

飛行機の落とし穴って大きいわ。

新幹線代は2000円近く儲けましたが、

それは、くちこの叡智によるところです。

大体、慰謝料欲しい位です。

明日は、きっと筋肉痛です。

 

新幹線からの帰途、

勢いで、お花見して帰りました。

9分咲きかな?

 

                    

 

                  

 

くちこは、水曜日に、

再度、福岡に行きます。

プチ同窓会なので・・・・・・

 

東京は、鬼門だ。

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唐突に東京にいます

2017年04月06日 16時23分32秒 | 日記・エッセイ・コラム

人生、一寸先は、東京。。。

 

月曜日、愛しの外科医長の転移無しを告げられ、

サメ氏とスキップして、近くの回転寿司

徒歩10分を歩くにあたり、綺麗な夕焼けと飛行機(飛行機は左の写真の中央やや下の点です!)

凪いだ海には、泳いでいる魚が肉眼で見えますし、アサリ堀りも可能。(無料)

 

                           

 

さて、お気に入りの回転寿司では、くちサメで14皿と貝汁二杯。

生大トリ貝とサヨリ                          煮穴子(箸で崩れる柔らかさ)

                              

 

生ホタテ(食べかけ)と生海老                    牡蠣のバター焼き軍艦

 

                        

 

炙り鰻                               サザエ

 

                         

 

鰆                                 イカ

 

                          

 

等々・・・

当然、食べ過ぎました。

あれほど、医長に言われたのに、ね。

 

このまま、平和に過ごす筈でしたが、

翌日には、

「孫王子、インフルエンザ」の一報

いつも、在宅勤務にして乗り越える娘夫婦ですが、

一日、二日では済みそうにないし、時期的にも忙しそう。

つい、くちこは・・・

「行こうか?」と。

で、翌日朝一の飛行機に乗り、九時過ぎには、羽田に降り立った次第。

 

親バカ、婆バカは、灰になるまで続くのでしょうね。

朝のラジオ体操のお休みを伝え、

週一の健康体操と、その掃除当番の欠席をお詫びし、

生協の荷物を頼み、

宅配の受け取りを頼み、

シャドーボックス教室の生徒さん達にキャンセルの連絡を。

こうしてみると、世間から隔絶して世捨て人的に生きている気分でしたが、

どっこい、あれこれ繋がっているわ。

 

鞄には、孫のジュースや、お菓子、おもちゃを入れ、

サメ山の椎茸や、ワラビもたっぷり入れ、

文旦まで持参。

いつもながら、終戦後の闇市帰りです。

死語

 

しかも、ワクチンが効かないタイプのインフルエンザだそうで、

大丈夫か、くちこ

ほぼ、捨て身ですが、消毒スプレーやマスクは手堅く持参しました。

 

 

とまあ、鼻息も荒く参上したくちこですが、婿が出勤したところ、子供がインフルエンザだと出勤停止だと言われたそうで・・・

婿が在宅勤務に。

早く解っていたら上京しなかったのにいっ

まあ、婿が仕事で電話だとか、会議だとかの時は、くちこしか居ないし、

料理したり、掃除したり、昼寝したり、おやつ食べたりしてマンションに婿と三人で引きこもっています。

くちこの存在意義は極めて希薄ですが・・・

王子は、お父さんがいれば、基本、お父さんにべったりなのでね。

婿は、超イクメンなので。

 

 

最初は、食欲皆無だった王子も、とっとと復活し、

熱もほぼ下がり、

見た感じは普通に元気な子に仕上がりました。

昨日は、連続15時間も寝て、今日も長々お昼寝中。

寝る子は、治るわ。。。

 

                   

 

ルタオのチーズケーキ、くちこ特製フルーツポンチ    サメ椎茸は、チーズ焼きと、お福さん伝授の味噌焼きにして美味でした。

 

                        

 

         

 

そうそう・・・

婿は、大のビートルズファンで、いろんなグッズが。

 

 

土曜日に帰宅予定ですが、

今度こそ、こけずに、無事に帰宅しようと、固く決意しています。

因みに、前回転んだのは、東京モノレールのこの段差です。

 

 

皆さん、ご注意あそばせ

突然の段差から方向転換して出口なんです

 

そんなこんなで、展望ラウンジにも行かず、勿論、プールにも行かず、

うすらぼんやりと娘のマンションで暮らしています

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膵頭十二指腸切除術(SSPPD-D2 p 2013/4/11)  から四年の診察

2017年04月03日 13時54分56秒 | 膵神経内分泌腫瘍 p...

毎回、軽くロシアンルーレット気分ですが、

無事、クリアできました

メデタシメデタシ

 

?が付いたのは、造影CTの結果で、

肝臓のS8エリアで、血流異常が指摘されたから。

血流が亢進しているらしい

考えられる原因の一つは肝臓の大きな血管である門脈が何かに圧迫されているから、

通常の肝動脈の血流が代償的に亢進したということ。

但し、明らかな肝転移は指摘できずなので、原因は不明。

経過を見ることに。

遡って、去年の10月のMRIでも既に存在していたようで、

その時は脂肪肝だし・・・と、指摘はされなかった模様。

今回も、きっぱりと、脂肪肝の指摘あり。(トホホ)

 

なにせ、くちこは、積極的治療に気乗りしていないので、

くちこ(以下、く)「再検査は急がないよ。」

愛しの医長(以下、い)「そう?じゃ、三か月後に造影MRIを入れておこうね。

  正直、僕たちは、CTの画像の方が解りやすいんだけれど、血管はMRIが良いからね。」と。

  なんと、急性胆管炎との関係も否定できないらしい。

 

 

赤斜線の部分が血流亢進。

 

 

血液検査は、さしたる異常も無く、いつも通り?

HbA1cは、5.5なので十分に正常範囲なのですが、じわりと上昇傾向にあるのは、膵切除だと不可避なのかと聞くと、

HbA1cの上昇は、高血糖によるものだから、膵切除とは、直接的には関係無い、と。

 

手書きで書き足したのは一年前の数値。

さして変化無いながらも、γーGTP や、ALPが上昇しているのは脂肪肝が進んだからかな、と。(くちこ考察)

 

 

自慢気に玄米食に替えた話をすると、

い「何にしてもねえ・・・チョコレートとか、つまみ食いしたら同じだよ、と。」

い「某先生なんか、昼、絶食してるけど痩せないのは、きっと何か食べているんだ。」

く「でも、真面目で良い先生だと思うよ。」

い「でもさ、学会のレポートの提出はよく遅れるよ。」

く「真面目な先生だけど、太っているのは多分に遺伝だよ。」

い「そうなの?」

とか、あれこれ脱線するのは、いつものこと。

 

J-NETの新しい治療指針について、くちこが報告。

い「もう、四年も経ったから、抗がん剤は必要無いね。」

く「くちこも、そう思うよ。」

 「オクトレオスキャンの検査さ、くちこは、どうでも良いんだけど、受けた方が良いなら東京で受けるよ」

 

愛しの医長は突然、検査科に電話を掛ける。

くちこ病院でオクトレオスキャンの検査をできるようにしろと掛け合っている様子。

検査科は、需要が多いのかと聞いた模様。

「希少癌だからね、患者は一人なんだ。

 でも、僕が治療しているんだよ。

 だから、会議にかけて、進捗は僕に報告入れてね。」

どうも・・・

県知事の許可まで必要らしい。

それでも、くちこのために、そこまで・・・・ね。

い「うちでできるようにするから、ちょっと待ってね。」

く「急がないから、いつまでも待つよ。」

くちこ心の声:別にずっとできなくても良いし。

 

彼は、何時までも、あれこれ画像を引っ張り出して眺めている。

い「腸が凄く長いよ、かなり取っても大丈夫な腸だね。」

くちこ心の声:取ることはありません。

 

さて、体重の話に。

ざっくり、オペ前から5Kg。

オペ後からなら10kg増加。

く「どうしてかねえ?」

い「それは、くちこさんが解っているでしょ?」

とにかく、運動とダイエットを勧められたのでした。

く「じゃあ、先生、頑張ってね」

と、くちこイチオシのあおさ入り醤油を渡しておきました。

この、ピリピリ感の無い、のほほんとした会話が気に入っているくちこです。

 

元同僚と雑談したり、

愛しの医長が、薬の処方を忘れていたりで、帰宅は、午後を大きく回りました。

それでもね、転移無し

これを喜ぼうと思います

なので、今夜は、久しぶりに近くの回転寿司に行ってきます。

 

ちょうど一年前の王子です。

 

                   

 

くちこの術後半年で生まれた王子。

これからも、長ーく見守れると良いなと思うくちこです。

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キノコのオイル蒸しサラダは、美味しい保存食になるぞ

2017年04月01日 20時28分31秒 | 食・レシピ

サメ山では、原木から、すこぶる美味しい椎茸が日々収穫されるので、

それと合わせて、いろんなキノコも入れて作りました。

 

 

発想が極めて自由(自分勝手)なくちこは、

塩の代わりに、自家製塩レモンを、

ワインビネガーの代わりに、冷凍刻み柚子皮と絞り汁を入れました。

で、オリーブオイルとニンンクの代わりに、

自家製ニンニクオイルと冷凍フライドスライスニンニクを使いました。

 

               

 

器に盛る時に、庭のイタリアンパセリをトッピングする予定です。

これね、ヘルシーで美味しいです、お薦め

 

カリカリベーコンが食欲をそそるこんなレシピもありますよ。

 

 

ついでに・・・

これは、今週のお教室のティータイムです。

獺祭の酒粕を使ったバウムクーヘンは、サクサク美味しいです。

リンゴに見えるのは、干した塩リンゴです。

それと、生チョコ。

くちこ特製チアシード入りのフルーツポンチ(文旦、林檎、苺、バナナ、ゼリー)

珈琲と、ハーブティー(庭のレモングラスとローズマリー)。

生徒さんが、lineで送ってくれたので載せてみました。

 

          

 

今日は、お祭りの準備に、くちサメは駆り出されていました。

御幣を切って、荒縄を張って飾ったり、色々。

 

                      

 

明日は、義父の十三回忌。

※お祭りは準備だけで、当日は法事の為、欠席。

明後日は、オペ後四年の検査と診察。

くちこの春は、ぐんぐん進んでいます。

一山越える感じかな。

 

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自分で決めることだよね、どう生きるかは。

2017年03月29日 21時01分07秒 | 健康・病気

此処数日、悶々と考えています。

どのように死ぬかって自分では決められないし、

いつ死ぬかってのも自分には解らないけれど、

どう生きるかってさ、自分で決めることだよね。

 

くちこの癌、膵神経内分泌腫瘍は、希少癌だけれど、膵臓にできる癌にしては大人しい。

で、大きく、

G1,G2,G3 と、

NECと言うグループに分かれ、

Gグループは、比較的顔付きが良い。

その中でも一番良い顔付きがG1。

くちこはG2だけれど、イメージ的にはG1に近い。

オペ前の細胞診も、オペ中迅速検査もG1だったから。

但し、オペ後、腫瘍の全ての部位を調べたらG2が出て来た次第。

8cmと言う巨大腫瘍でありながら、発見時に転移が無かったのも、やはり大人しい性格からか?

 

が、

昨今の治療指針では、G2だと、抗がん剤の使用が推奨されているらしい。

しかも、毎年、オクトレオスキャンと言う目新しく大がかりな検査も受けるべきだと。

ほう・・・

知らなかったわ。

と言うか、最近、知る努力もしていなかった。

 

オペ後しばらくは、回復することに必死で、

その後は、メンタルの立て直しや、転移の有無だけ考えていて、

それ以上の積極的は治療なんて視野に無かった。

以前、愛しの外科医長から、抗がん剤、予防的に使う人も多い話は何度か聞いたけれど、

医長はどちらでも良い感じで話していたし、くちこは使わない選択をした。

今回の治療指針は、それ以降の話。

 

4/3は、オペ後4年の診察日。

造影CTもする予定。

転移していたら治療をするのか?

転移していなくても抗がん剤とか、オクトレオスキャンとかするのか?

 

それはね、

どう生きるかに繋がる話。

どんな検査も、どんな治療も、

背負わないといけない荷物がある。

 

くちこは・・・

元気に死にたいんだな。

あ、それは無理か。

ただ、永らえる為に長く半死半生で過ごすのはN.G

積極的に最新鋭の装置で転移巣を見つけるメリット、

くちこには無い気がする。

副作用や、いろんなリスクを冒して、

関ケ原的戦いをする必要性、

くちこは感じない。

もちろん、くちこについてだけの話です。

 

もうさ、

やり残したこと無い気がして。

一人っ子として両親看取ったし、

子供達を社会に託し終わったし、

いろんな仕事を終わらせたし。

若い人であれば、勿論、闘いに打って出るべきだと思うのだけれど。

 

定期画像検査を前にして、

いつものように神経質になっているのもあり、

自分がどう生きたいのか、考え中のくちこです。

 

写真が無いと寂しいので・・・

 

                      

 

この後、ひよこも、にわとりも抱いていました。

 

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