ばーばのケベック日記

ケベック在住、ばーばの気まぐれ日記、日常に関する雑文が主です。

イドメネオ

2017年03月29日 | 音楽

 北はまだ雪であろうぞ春のかり  (江左尚白 芭蕉門の俳人)

北に渡ろうとする雁に、あっちはまだ冬だよもう少しゆっくりしてなという意味。

今朝の裏庭は冬景色そのもの。零下の日々がつづいてますが日が長くなり外で働く日が待ち遠しい。

先週の土曜日観たMETシネマ「イドメネオ」についておもいつくままに。

有名なオペラじゃないので観客席は4分の1も埋まっただろうか。がらがらだった。私も行こうかどうかためらったがモーツアルトゆえ行ってきた。素晴らしい舞台とは思わなかったが色々なことが浮かんだ。

モーツアルト24才の時の作品で、彼の夢、パリにイタリアにウイーンにと、かつてのヨーロッパの寵児にふさわしい良いポストを見つけるべく職探しの旅がことごとく失敗に終わった時期に作曲された。

この曲を聴いたとき、モーツアルトは職を得たかったんだなーと思った。後のオペラ作品とはあきらかに違ういかにも貴族好みのバロック調を感じた。宮廷に職を得るに彼らに気に入られなければならない。根回しの才もなければ空気も読めない彼は過去の栄光と作品のパワーのみで手に入れると思ったのだろうか。

安定したポストを探しあちこちの戸を叩いても次々とはじき出された。恋にも破れ、かつて神童として名を馳せ、オーストリア、パリの宮廷で王侯貴族に愛された青年モーツアルトを迎えたのは屈辱的でみじめな無関心、あなたはもう過去の人よという冷たい応対だった。

彼はそれからフリーター、個人事業主になる。ピアノを教え、仕事の話があれば何でも引き受ける。結婚し子供をもうけ家族を養うためにも働かなくちゃ。お金に無頓着で、あればあるだけ浪費するタイプなので作品がヒットしお金が入れば使い果たし、借金を重ね、借りては返しの自転車操業。10年後の死まで働きづくめ。

が、彼の作品に世俗的な恨みつらみの片りんすら聴きとれない。恋に破れても、落ちぶれても、美しい作品に昇華される。どうしてなんだろうと思いながら、ふと彼は華やかなロココ時代の雅な世界を知っているからかもと思った。彼の中にある美的倫理みたいなものが俗に堕するのを禁じる矜持があったのかも。彼が魅かれ研究したのはバッハ、彼が父親のように尊敬していたのはハイドン。秩序、調和、平和、、、私はハイドンの曲にいつも嘘のない人格者たる大人の音楽を感じる。ハイドンはモーツアルトの死に涙した。うんち話大好きな落ち着きのないモーツアルトが愛したのは意外にもバロック音楽。

時代はいつだって動く、10年ひと昔、あっという間に流行は移り変わり、あっというまに時代遅れになる。私も最近すっかり時代遅れになったなと感じさせられることが多くなった。モーツアルトは20代ですでに自分の最盛期が過ぎたのを身につまされ、時代の新しい波にさらされる。今回、彼の音楽にモーツアルトは美しき良き啓蒙時代の人(18世紀を生きたことのない人間は人生の喜びをしらない)だったんだなと思った。

いつ買ったか記憶にないがモーツアルトの歌曲から「絶望したヒロインたち」という様々なタイプの女性の絶望を歌ったCDを引っ張り出して聴いた。そのなかにイドメネオから一曲みつけた。どの曲も透き通るような声で陰影ある女心を切々と歌う。歌い手さんは、現代の女の歌でもあると語る。

 

 

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