ばーばのケベック日記

ケベック在住、ばーばの気まぐれ日記、日常に関する雑文が主です。

還暦

2017年06月19日 | 旅行

 還暦に 生成りの靴下 買いに行く

夫が60歳になった。還暦祝いを兼ねて初めてのニューヨーク旅行に今日出発。土曜日に帰ってくる。ニューヨークは近い。友達と友達の娘さん夫婦が我が家に遊びに来たが車で7時間かかったとのこと。飛行機で1時間ちょっと。私たちは汽車で行く。二人分の往復切符が日本円で3万円ちょっとと安い。それなのに夫はアメリカ嫌いで一度も行ったことないです。

わからない何かが自分の中でおこっており、最初は一人でいくつもりであれこれ計画してたら、

「糸の切れた風船頭(どこに飛んでくかわからない)とピーマン頭(経験がいかされず、いつもおんなじ失敗してるから、つまり中身がからっぽ - 内心、空っぽだけど種はあるよ)のお前を一人で旅行させるわけにはいかない」と、同行することになりました。気が進まないと直前までぶーたれてますが、みんなから行けばきっと好きになるよとのあれこれアドヴァイスの山に、すでに草臥れてます。私は捨て猫野良猫タイプなので一人旅行だったらどんなひどい宿でも平気なのですが、夫の還暦祝いにそれもなーと思って、中級クラスのホテル予約しました。私のささやかな年金からのプレゼント。我儘で、困ったちゃんの悪妻をよくぞ見捨てずに連れ添ってくれたと感謝します。

ブルックリンに住む友達の娘さんご夫婦が一日、案内してくれます。ありがたいです。

けさ、スイカの粘土団子が芽を出してた。草取りが3分の一しか終わってないのに1週間留守でジャングルみたいになってるかもしれない。菜園がどうなってるか帰ってからのお楽しみ。

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ワンピース

2017年06月17日 | 買い物

 ワンピース 少女に似合えど 婆も着る

夫から「お願いだからたまには新品の素敵な洋服を買って欲しい、買ってあげるよ」と言われてもどこ吹く風、よっぽど欲しいのでなければ古着ですませ、年間衣服費は1万円に抑えるようにしてる。ひさびさに一目ぼれの夏のワンピースが目に留まり、ここ1か月買おうか買うまいかお店をうろうろ。今日、夫とショッピングセンターを散歩しながら、気になるワンピースがあるから見て頂戴といって試着すると「よく似あうよ」と言われ即決、買ってくれました。バーゲンセールで2000円。

絵画のような絵柄。心境の変化があり、これまで着たことのない明るく派手めなのに手を出そうと思ってます。一生のうち一回でも思い切った洋服着てみようと。ワンピースの絵は動きのある模様で、色とりどりの夏しぶきが踊ってるよう。ゴッホが寒い北国から南フランスに旅したとき言ったのよね「僕の色彩は明るくなった」と。私の場合は、色彩を明るくしてみようです。

これが新品ワンピース、じゃじゃじゃーん。このブチック、夫が観察するに「おばちゃんばかりがお客様だね」。がくん、派手なつもりだったけど、こちらでは地味かも。思い出した、このブチックは義母のお気に入りのお店だ。

 

 

 

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立夏

2017年06月16日 | お子ちゃま菜園

 立夏過ぎ さてと目覚めた 隠元豆

自然は無理をしないから自然。芽を出したくなければいつまでも引きこもってる。今朝 隠元豆が芽を出した。育苗で育て植え替えたのは強風で全滅。そのあとに撒いた粘土団子から今朝ひょっこり顔を出してた。

粘土団子ってすごい。信じられない。トウモロコシとエシャロットも芽を出した。ということは、来年は地面をふかふかに柔らかくすればよいだけで、あの野菜もこの野菜も粘土団子準備するのみか。撒いておけば、天候によって時期が来ると勝手に芽を出すんだ。嘘みたい。育苗もいらない。

左から隠元豆、トウモロコシ、エシャロット

小屋暮らしブログで雑草をよく見てるとこちらと同じ雑草が生えてる。雑草は万国共通か。

草取りをほったらかしておいたらぼうぼう。明日から草取りだ。ヴェルニサージュを終え、昨日のことなのにそれも遠く感じる。タローさんは自分のCDを振りかえって聴くことがないと言ってる。その時の自分レヴェルで全力出したからそれはすでに過去のこと、次に行くと。プロの方と並ぶと、自分の素人ぶりがよくわかります。はじかちい。夫曰く、ガレージセールみたいな展覧会で目玉商品がなく1つも感動しなったとの正直な感想。答えるに、山の頂上に君臨する一流作品は裾野が広いほど見上げる人が多いから、裾野で頑張ってる人も大事なのよ。何かというと「ゴミ箱行き作品」と言うんだから。

お友達と記念写真とった。

 

 

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冷夏

2017年06月14日 | お子ちゃま菜園

 冷夏かも 発芽が遅れ うずくまる

6月半ばなのに肌寒い。粘土団子のキューリが芽を出した。真ん中は苗でそだてたキューリ。右は育苗したトマト、鉢に植え替え外に出してるが伸びが遅い。

ギャラリーの準備が昨日で終了。作品の展示作業が一番時間がかかり6人で2日間の準備。いろいろあるグループで、分裂あり、私が知ってる限りここ10年、3人のプレジダントの交代があった。いまのプレジダントはモントリオールで長くアート関係で働いてきた方。総会で独裁者と非難され、ずいぶん辛い思いをしたと思う。批判した方は会をやめた。いろんな人が出たり入ったり、それでも25年以上続いてる。私も何度かやめようと思い。まあ、やめるのは簡単だから、去年1年休んだように、休み休み続けようかな。わからない。思うのだが、なんでも一か所に、1つの世界のみにどっぷりは良くないと思う。いろんな場所、いろんな分野があるんだから。

一緒に組んだ方と雑談しながらこう言いました。

「なんだかんだあっても、オープンにこぎつけるところが素晴らしいと思うよ」

あれこれないところはない。年のせいか、いろいろ華やかなのを目にしても、つい、あの裏にいろいろあるんだろうなと思ってしまう。お金持ち然り、だから他人をうらやんではいけない。自分の足元の畑を耕しなさいと昔から賢人が言ってること。

一人のプロのアーチストの方が私に「福岡正信さんの本を読みたい」と話しかけてきた。入れ墨みがたくさんあるドラッグしてるような痩せ細った女性。一昨年、ハイチに政府のアート支援プロジェクトで派遣されており、政府は書類を審査しても入れ墨は審査しないんだろうななんて思ってた。お話して、入れ墨への偏見を恥じた。自宅に森と畑があり、息子さんは犬ぞりで観光案内するガイドさん。菜園のことを話すと、畑を見に是非遊びにいらっしゃいと言うことでもちろんお伺いします。ここんとこちょっと無理をしたら、夜、右大腿部からふくらはぎにかけ激痛が走り、ひさびさに動けなくなった。あはやと思ったら今朝は治ってた。来週小旅行に出かけるので大丈夫だろうか。プールを休んでいたせいかもしれない。泳ぐと血行も良くなり、プールに入る時は手すりにつかまってるが上がる時は手すりなし。いつもお会いするお婆ちゃんは、泳がないと背中が痛くて毎日通ってるとのこと。時間帯にもよるが、午後行くと老人会みたい。いつ何が起こるかわからないから、したいことで出来ることはできるうちにしておきたいなと思う。来年とか、いつかとか、悠長に構える年でもないし。

 

 

 

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蕪とグラジオラス

2017年06月09日 | お子ちゃま菜園

 季語は何 蕪とグラジオラス 芽を出した

夫が3泊4日の出張中、義妹と一緒に、もう一人の義妹んちの庭掃除。彼女の連れがいまだに入院中で、30人の部下をかかえる管理職の義妹は仕事と病院の往復で庭が荒れ放題。暇人二人の主婦がお手伝い。今日は来週オープンのギャラリーのペンキ塗り、掃除、照明の点検などでよいこらしょ。4人担当の予定が2人のみ。必ず病気だの急用だのと欠けるんだから、二人でへいこら働きながら今度の会議で文句言おうねと約束。ちなみに私は掃除大臣。責任者です。威厳ないのね。

粘土団子が芽を出した。一番乗りは蕪。変な植物が芽を出しぐんぐん伸びるので何だろうと思ってたら、すっかり忘れてたグラジオラス。球根を植えてほったらかしにしており記憶に御座いませんでした。この物忘れ度はかなり危険かも。グラジオラス、色姿ともかっこいい。すくっとして。こちとら久しぶりのハードな肉体労働でガタガタガクガク、一人でふくらはぎをマッサージ。左から蕪、グラジオラス。粘土団子やっぱりすごい。

菜園にでるとしみじみ幸せ。映画「二人の桃源郷」で80過ぎて身体も不自由になり、子供さん達が快適な施設に入居させても元気がなくなり萎れてゆく気持ちがよくわかります。山はあの御夫婦のパラダイスなんですね。ちなみに、この映画、日本の身内や友達に教えても感激しまくってたのは私だけ。私は涙ボロボロ鼻水ぐしゅぐしゅで観たんだけどね。人はそれぞれとつくづく思います。

で、忙しいけれど楽しい。

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風立ちぬ

2017年06月06日 | 音楽

 タローさんとひそかに呼べば風立ちぬ

先週金曜日のタローさんのコンサートについて。

彼にはびっくりさせられる。コンサート前に指揮者が「常に自分の視界を広げようとするタローさんの新しいチャレンジをお聴きください」というごとくタイトルは「THARAUD INEDIT 未発表あるいは新しいタローという意味」で現代音楽を弾きました。これがパワフルで陽気で色彩に富み素晴らしかった。タローさんの新境地を感じさせた。

最近のCD「ラフマニノフ」を聴きながら「タローさんも有名になったし、裕福になっちゃってマンネリしたのかな」との思いがよぎり、夫から「タローに飽きたのかい」と言われてた。

タローさんて不器用なピアニストと思う。だからバッハのゴルドベルグ変奏曲でもレコーデイングするに2年間費やし、挙句の果てに批評家からはぼろくそに言われた。ラフマニノフしかり。彼のタイプの作曲家じゃないなと思っても弾く。彼より素晴らしいピアニストはいっぱいいっぱいいる。もしかして私は、この彼の不器用さ、失敗を覚悟で自分のタイプでないことにも挑むチャレンジ精神が好きなのかも。最初の初レコーデイング「ラモー」がピアニストとして命取りになるから止めろと言われても止めなかったように。

夫が私に言った「君は進歩主義者のようで実は頑固な保守主義者だ」という私にとって今年の流行語大賞ともいうべく一言で何かがはじけた。夫の言葉に「然り」と。それで、上手く言えないが自分に変化が起こっている。もしかして苦手な現代音楽が入ってくるようになったのも、タローさんが弾くからというだけでなくて、頑固保守の殻が砕け散ってオープンマインドのような心境になったからかもしれない。

以下私にとってもINEDITだった現代作曲家と曲は以下

OSCAR STRASNOY ( 1970- )

KULESHOW, pour piano et orchestre de chambre

この曲はヴィオロン デユ ロワ(ケベック弦楽団)のために作曲されたもの。

2回目にお目にかかった指揮者MATHIEU LUSSIERは面白い。コミカルな指揮者というんだろうか。今回も何故かタコハチローとこまっしゃくれた中年男マルコヴィッチの顔がダブった。身振り手振りが大げさで、堂々としていて、乗りまくって、彼自身が演奏者と互角に渡り合う芝居役者にみえた。

しかしタローさん若ーい。今年50だよ。婆さんになったら恥じらいが出てきて、サインお願いも握手も控えた。ときめきというより、タローさんからエネルギーいただく。

 

 

 

 

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2017年06月02日 | お子ちゃま菜園

 粘土団子あんこの代わりに種包む

カチカチに乾いた粘土団子を今日撒く。お願いだから芽吹いてね。もし芽吹けばこれほどらくちんな農法はない。

リラの花の開花が遅れ例年と比べて2週間遅い。寒い5月だった。もう6月だよ。コップに挿してもいまひとつ元気がない。

今夜はアレクサンドルタローさんのコンサート。運転手役の夫がモントリオール大好きなので連れてってもらえ有難い。夜7時半開演で終了し家に着くのは真夜中。タローさんが一流のピアニストとは思わないが、最近小説書いたり作曲したり、、、自分の器なりに精進してるので追っかけはやめない。それに一人のピアニストがどんなふうに年取ってゆくのか、同時代を生きてるゆえに1年に一回お目にかかれ、しみじみ1年の流れを感じれるのも嬉しい。

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野蒜

2017年05月31日 | お子ちゃま菜園

 お名前はと図鑑を見れば野蒜かも

野蒜らしい草があちこちに生え花を咲かせてる。引っこ抜けば小さなエシャロットのような球根で、もし野蒜ならゆがいて酢味噌で食べられる。

 

あちこちにいろんな芽が出ていて、ひまわりらしいのも芽を出していた。咲いてみなければわからないが、もし向日葵の花だったら来年は粘土団子すら準備しなくていい。

ほんに寒い日が続き、室内で育て外に植え替えたた苗の大部分が生きてるのか死んでるのか怪しい姿。今日は取り置きしておいた種を粘土団子にした。もしこれで芽が出なければ市販の苗を買うしかない。明日は、残りの野菜や花の種を粘土団子にする。

昨夜は夜8時に寝て今朝4時に起きた。農婦時間にシフト、といっても原則として4時間以上は畑仕事しないようにしてる。福岡正信さんの言うことを試したいから。4時間農作業で後は自由時間。

 

 

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青葉若葉

2017年05月30日 | お子ちゃま菜園

 あらたふと青葉若葉の日の光 芭蕉

有名な句。

昨日モントリオールの友達と話しながら彼女がこう言った。20年かかってやっと尊敬しているお師匠さんの言ってることがわかったのよ。それは言葉にしたらたったのワンフレーズ。私もやっと芭蕉がほんの少しわかってきた。

菜園で働きながらお隣さんの生い茂った大木の青葉若葉が織りなす光と影の戯れに芭蕉の句が浮かんだ。芭蕉は感動する人であり、その感動をいかにわかりやすく新鮮に伝えるか工夫した人ではないかと。そして自分が感動しないとまた芭蕉の句もわからないと。あまりにも簡単でわかりやすいがゆえに、又、名歌とよばれるがゆえに、実はそれは練りに練った作品だということがわからないということがあるなと思った。以下、感動した夕暮れ時の我が菜園。

風薫るさわやかなはずの5月は、記録的洪水あり、寒く、雨嵐の日もあり、植え替えた苗もキューリ、ズッキーニ、トウモロコシを除いて風に倒れた。トマトもピーマンもブロッコリーもちっとも伸びない。でもリンゴの花が満開で自然は活動してる。

 

 

 

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胡蝶

2017年05月26日 | アート

 ねこの子のくんずほぐれつ胡蝶哉 其角

子猫が上になり下になり戯れていると、そこに蝶々がひらひらと飛んできた、なんてのどかな春の日よ。

半藤一利さんは人間にべたべたしない自己本位な猫がお好きと書いてある。私は犬の方が好きだけど。

最後のデッサンを描いていると夫が言った。「赤い血管が浮いた白菜だの、紫の猫がみみずみたいにうじゃうじゃしてるデッサンだの、いったい誰が買うんだよ、僕は500円でも買わないよ」

何故かいつも500円でも買わないが口癖。

答えるに「別に売るつもりで描いてるんじゃないよ。描きたいという気持ちがあったから描いてるだけ」

畑仕事でも、編み物でも、お料理でも、お絵かきでも、楽器ひくんでも、やってる本人が楽しんでるんだからいいじゃない。お絵かきななんて確かに役立たずの代物。役立たずと思われてるから政府なんかも不景気になると真っ先に文化予算を削るんだろうな。ボランテイアしてるアートグループもカナダ政府と市からの助成金がカットされた。でも例えばシカゴ市が文化教育に力を入れるようになってから青少年の犯罪率が下がったという。モントリオール交響楽団指揮者ケントナガノ氏は貧困地区の子供たちに無料で楽器を提供し、彼らの音楽教育に、忙しいなかから時間を割いている。モントリオール美術館の館長も、アートテラピー部門を設けたり、様々なコミュニテイー(貧困地域で無料の塾とか無料の食事提供とか様々な活動をしている団体)と連携して、彼らの作品をステイタスある美術館に展示してる。

絵を描くというとごくつぶしのひまつぶしに思われがちだが、今回の出費は、大セールの時まとめて買っておいた額縁代5000円ぐらいなもん。後はリサイクルした紙、色鉛筆、パステル、アクリル(これらは亡き友クロードからいただいたもの)。クロードは普段は未使用の半地下で週一回遊びがてら来て絵を描いていた。私は彼女からフランス語を習ってた、私の発音の悪さとめちゃめちゃの文法にお手上げであきらめたけど。

で、最後のデッサンは「赤い叫び」、猫がなんか叫んでるデッサン。10cm平方のちっちゃいもの。

夫に言うけど、ゴルフにお金使う人もいれば、洋服にお金つぎ込む人も、グルメに目がない人もいて人それぞれ、、、どれが高尚だの低趣味だとの区分けってないと思う。人は好きなものにはお金を使う。私は宝石に興味ないが、ある女性が宝石のカットの美しさ、きらめきを眺めていると飽きないと言っていた。またアイスホッケー大好きの甥に言わせるとアイスホッケーは芸術だという。どうしてと尋ねたら「あのスピード感、咄嗟の判断、リンクに映えるコスチューム、ぶつかり合い、戦略」。アイスホッケーの観戦は最低でも1万円はする。私のしてることなんて安上がりでかわいいもんじゃ。

 

 

 

 

 

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2017年05月23日 | アート

 京町の猫通ひけり揚屋町 其角

色街の猫は遊客のように廓をあちこち往来する。京町の恋猫(遊女)が揚屋町まで通ってた、と半藤一利はそのまま素直に読むがまた別な解釈もあるとか。

あと2点のデッサンをしあげなくちゃ。でも狂気の野菜シリーズのイマジネーションが湧かず、というかオクラやズッキーニのように、あれを描きたいという情熱が湧かず気晴らしにひさびさに其角の句集をひろげた。

残ってるデッサンの一つは「お手洗いプロジェクト」のためのものでギャラリーにある2つのお手洗いを小さな作品で埋めるというもの。もう一つは恒例の色シリーズで売り上げはすべてギャラリー運営資金にあてられるもの。値段は一律1000円で去年は50点の売り上げ。この1000円シリーズが1番売れる。今年のテーマカラーは「赤」

其角の俳句読みながら猫をぶらぶら散歩させてみようかなんて思いながら「猫ふんじゃった」の「悪い猫めー爪を切れー」が浮かび、トランプ大統領の「難民は島を買い取ってそこに押し込む」というジョークとも本気ともとれるアイデアがオーヴァーラップした。そこで悪い猫はまとめて島流しのイメージが浮かんだ。タイトルは「島流しの猫たち」。パッションが消えた野菜シリーズのデッサンに上塗りの上塗りで思いがけない効果があった。それは白抜きにしたはずの猫がフィクサチーフをスプレーしたら下地の紫色がにじみ出て立体感のある猫になった。このような偶然の効果って絵を描く面白さと思う。

残るは「赤」作品一点のみ。

 

 

 

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ひさかたの

2017年05月22日 | お子ちゃま菜園

 ひさかたの天道は遠し なおなおに家に帰りて業を為まさに (山上憶良 660-733)

口では高尚な理論をもてあそびながら現実では老父母や妻子の生活を省みない男に、観念の世界で遊んでるのはほどほどにして家に帰って毎日の生活を大事にしなさいと諭した歌とか。

この句を読んだとき現代を詠んでるのかと思いました。毎日毎日世界中から発信される情報、情報の洪水の中で溺れそうな現代。新情報を追いかけないと時代遅れになるような強迫観念。定期購読雑誌は先月号に目も通さぬうちに今月号が届いてる。で、なぜか焦って夕食の支度をおろそかにし雑誌によみふけってしまう。

トランプが大統領に選ばれたとき、私は美しい観念の世界(民主主義、言論の自由、ユマニスムといった)が崩壊するのを目にする思いがした。それはまた自分が夢み信じていたある観念の崩壊でもあった、と同時に自分への幻滅でもあった。化粧を剥がした現実の顔を鏡で見てぎょっとするような。現実は結構小汚く、人間はあらゆる分野での差別が好きだし、意地が悪い。が、清濁とか玉石混淆という表現があるごとく、その中から、何故か美しいものを見つけ触れてゆきたいという思いが強くなってきたのも、生きてなんぼと指折り数える年齢になったからと思う。

菜園や編み物に魅かれていったのは現実に手ごたえのあるを渇望したのだと思う。鍬をふるいながら編み棒を動かしながら、時間がかかり、失敗もする。だが身体がゆっくりと学んでゆく。頭のなかでの観念は素晴らしいパラダイス。だがパラダイスは一朝一夕に出現しない。毎日毎日身体を動かし働かないとすぐ荒れる。少しでも野菜の自給をが目的だったのに、鳥や虫や季節の移り変わりに以前より敏感になり自然の豊饒さに触れるというおまけがついた。編み物だって買った方が安いし綺麗だ。だが編むことで、長い長い毛糸から、帽子が、セーターが、マフラーが生まれる面白さに驚く。そしてほどけることも。現実に暮らす方が観念の世界で暮らすより生きてるという手ごたえがある。

今年3年目になる木(何の名前か忘れた)に花が咲いた。植えて2週間もたたないのにリンゴの花が咲いた。園芸屋さんがラッキーだったら今年実をつけるよと言った。

日本の身内や友達に家庭菜園をすすめてもあまり乗り気でない。だから何でも人に勧めるのはやめようと思う。人の興味はそれぞれだし、考えればこれだけ情報があふれた世界、人はいつか求めるものに出会うから。

昨日、義弟と甥がひょっこりミニ耕運機をトラックに乗せてやってきて土が柔らかくなるよう耕してくれた。一畝づつスコップと熊手で耕してたのが、1時間もかからないで終えた。なるべく自力でと思ってたが、これから甘えて土地づくりは甥にお願いしようと思う。お隣さんも頼みもしないのに前庭の整地にとりかかった。仕事から帰った夫に話すと「誰の畑や庭だよ、俺んちの土地じゃないみたいだ」とぶすっとしてた。「不器用でだらしない夫婦だから見てられないのよ」ということで、後日夫婦で御礼に伺います。

 

 

 

 

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春嵐

2017年05月17日 | アート

 春嵐 人も野菜も ただ狂え

前庭開墾、ガラス窓リニュアール、野菜植え付け等々忙しい日が続いたがやっと一段落。6月のグループ展に参加することになり(私のは簡単なデッサンに色鉛筆やパステルやアクリルを塗ったもの)毎日時間をみつけて描いてる。プロのアーチストあり私のような素人あり美術学部の卒業制作ありとピザみたいな展覧会。今年のテーマは「甘い狂気」

簡単な作品経過を提出するのですが私のタイトルは「シークレットガーデン 野菜の狂気」です。以下が作品紹介です。

 「これからの余生をミクロ農業へと舵をとっています。福岡正信さんの唱える人類の幸福は自然農法からという「藁1本の革命ーフランス語訳」に触発され2年前からミクロサイズの裏庭で開墾、野菜作りを始めました。野菜達の生命力、雄弁さ、美しさ、、、つまり野菜達の生活に目を見張っています。野菜の活動にインスピレーションを得て、作品は野菜と人間のイマジネーションとのコラボレーションとなりました。

作品に可笑し味を添えたく、初めてのインスタレーションにチャレンジします。そのために日本人の方からお人形(マダムM)と折り紙(マダムT)を拝借いたしました。

「野菜の狂気」を通して、野菜の造形の不思議さ美しさを発見し、また一人でも農業ひいては自らの野菜栽培に興味をもっていただけたら幸いです。」

全部で10点のデッサンですが、恥ずかしがらずに3点を紹介します。

1-白菜の心臓

白菜の筋観てたら白い血管にみえてきました。また白菜の形が心臓に似てるような。それで白菜に赤い血管を走らせ、背景は写真では良く見えませんが心電図を書き入れました。動物は心臓あるけど、野菜の心臓ってなんなんだろうと思いながら。フィクサチーフをスプレーしたばかりで額に入れる前のできあがりほやほや。

2-ズッキーニの子供誕生

ズッキーニってすごくエロチックなの。びっくりするくらい。ズッキーニの花と実とくれば、子供ができるわけだから、デッサンに小さな子供が靴履いてるのを描いた。そしてお人形さんは、その子が大きくなって犬と一緒のところ。エロ可笑し。

3- 独身貴族オクラ

オクラの花は夕顔なんかよりもずっとずっと美しく高貴でなぜか歴史を感じさせる。と、個人的に思ってます。最初は花をちょん切るイメージで花とはっぱを切り離して「オクラ断頭」と日本人の方にみせたら「いやーこわーい」と不評だったのでタイトルを変えました。独身貴族のごとく「我一人満ち足りたり」と誇り高くみえるから。

実は悲しいニュースがあって、コスタリカ人の奥様と息子さんと3人で暮らしてる右お隣さんが進行性骨の癌とわかりました。おととい家に来て「死ぬのは怖くないが痛みが怖い」と話してました。これから残される家族のためにいろいろな準備に入ると。66才です。頑強で明るく、いつも私たちに「よっ、お隣さん」と声かける方です。昨日奥様とお話して、今度ご主人ともどもワイン飲もうねとお誘いしました。喜んでとのことです。

今年は何だかいろんなことがある。だから、もうくだらなく思えることにはさらばと思う。

 

 

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畑返し

2017年05月04日 | お子ちゃま菜園

 よたよたと一輪車押し畑返し

昨日、今日と、お隣のパーフェクトおじさんと畑仕事。声をかけられたとき「オーマイゴッド、捕まってしまった」と観念。が、初めて一緒にびっしり働きながら、あれこれ話しながら開眼するものがあった。これからもう逃げ回らない。たくさんのことを教わろう。

まづは土を運ぶ一輪車の持ち方から。よろけない歩き方、肥料袋の置き方、、、、知ると知らないとでは動きが全然違う。軽くひょいと運べるまで練習させられた。いい婆さんがえっちらおっちら一輪車の練習してるなんて阿呆みたいと思ってはいけない。もしかしてお隣さんは私を一人前の農婦に育てようとしてるのかもしれない。

昨日買ったリンゴの木を植えるにもいろんなこと学んだ。これから果樹ならなんだって植えれる。本で読んでもわかることだが、子供の頃から父親から仕込まれたお隣さんとは説明から実践から年季が違う。考えれば、なんともったいないことしてたんだろう、こんなに素晴らしい先生なのに逃げ回ってた。添え木の支柱は、風に倒れないようにというばかりでなく、木がまっすぐに育つためだということにちょっと驚いた。木よ姿勢を正せということか。そして、「あんたんちの庭に来ると我が庭に来たような気がする」という理由がわかりました。お隣さん、いらなくなったもの何でも私達にくれるので、それをありがたく使ってる私たちをいとこに感じるんだって。なるほどね。

さてリンゴの木、ケベックが研究開発した新種で、小さく(高さ最高2メートル、幅60cm)、生産力抜群(来年は20個ぐらい、最高200個まで、みっちり美味しい実をつける)、害虫に強い。リバテイーとは違う種類。

何が良かったといったって、朝6時に菜園にでなくてもよいから。これから好きな時に働ける。

インテリアや家の話をしながら、「お宅のようなコンテンポラリーなお家だと私、腰が落ち着かないわ、パーフェクトすぎて」というと、「子供の頃からの好みで、僕ミニマリスム、コンテンポラリーでないと落ち着かないんだ」

そうなのよねー、各人が各人の好みがあるのよねー。夫が最近ちょっとぶっちぎれて「ガラクタ趣味にうんざり」というから、私もちょっとあえて好みを少し変えてみようかな。

以下リンゴの木、名付けて「ポムちゃん」と呼ぼうか。

 

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霞たなびく

2017年05月02日 | 旅行

 いにしへの人の植えけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし 万葉集

 なにごとも みなむかしとぞなりにける はなになみだをそそぐきょうかも 良寛

このような歌に触れると、万葉人も江戸人も現代人も時の流れに寄せる思いは同じで、自分もいつか昔の人になり、やがて人々の記憶からもすっかり消え失せるんだなと薄れゆく霞になったような心地がする。それは寂しいことでなくて、逆に軽やかに晴れやかになる思いがする。

色々あった一週間。これからも色々あるだろう年回り。生老病死が繰り広げられている。季節は一年で一番好きな五月を迎えた。年により季節により何べんも聴く曲というのがあり今よく聴いているのはシューベルトの「水の上で歌う」。若い頃は甘ったるく感じられたフィッシャーデイスカウの声が好きになってきてる。

去年の今頃、琵琶湖の湖北に位置する菅浦という隠れ里を旅していた。白州正子の「かくれ里」で知られるようになり一時ブームとなったところだが、私たちが訪問した時はブームが去ったようで、観光客の波に襲われ、潮が引けた後のような、何か大切なものが壊されたようなたたずまいだった。村にある一つだけのコンビニエンスストアも閉まっていた。道すがら目にした別荘のみならず、菅浦自体に廃屋がたくさん見られた。ミニバスに乗っていたのは私達夫婦だけで、細い道を縫ってすすむ車窓から、きらきら光る琵琶湖や、みずみずしい若葉、散り始めた山桜が見られた。このバス路線こそがいかにも隠里へのかつての難所を思わせた。「水の上で歌う」を聴きながら、春の湖北の青いさざ波が浮かんだ。

菅浦にゆくため乗り換えた駅は人気なく夫にいったいどこに連れてゆく気だと呆れられた。待ち時間が1時間以上あり改札からでて飲み物を買おうと探したが駅前に人気はなく15分も歩いただろうか、一軒のお店さえなかった。ふとかつての日本の農村風景は静かでゆったりしていたという宮本常一の言葉を思い出した。左から乗換駅の村。ホーム。

バスの車窓から見えた湖北の風景。

菅浦は昔風の家が無人化していた。あの家も、この家も。

昔ながらの竹ぼうきがそのままに廃屋の前に放置されていた。

 

 

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