東村山・福田かづこのビックリ報告

日常の中のさまざまなことについて、驚き、怒り、共感などとにかくなんでも発信しています。

5月15日 沖縄復帰45年目に思うこと

2017-05-16 09:59:39 | 政治
昨日5月15日は、沖縄復帰の日であった。
新聞なども報道していたから認識した人もいるだろう。

1972年当時、私は上京し無認可の保育所で働きつつ
毎晩のように行われる沖縄返せのデモに参加していた。

昨日のNHKアサイチは、柳沢解説委員とアッキーこと篠山輝信さんが取材した沖縄の現状を報道し、共に考えようというものであった。
基本的には共感できるものであった。
なかでも、復帰以前から商売をしている地元の方が
「復帰前と何も変わっていない」
とおっしゃっておられたのが
ああ、やっぱりな~ と思わせるものであった。

そして、
沖縄戦の悲惨な体験や
占領下で米軍基地拡張のために次々に田や畑やお墓の土地まで強制的に、
否やを問わず、有無を言わさず取り上げられた歴史を知らない若い世代との意識のギャップがあることも事実だと感じた。

それでも、
米軍機が墜落した大学と基地はホントに近いし、
取材中に基地から飛び上がったオスプレイが飛ぶのは住宅地の上空である。
基地被害の危険といつも隣り合わせで暮らしている住民の不安を
映像を見ることで大きく感じた。

1972年当時、運動のスローガンは
『核も基地もない沖縄を返せ』であった。
しかし、アメリカ政府と日本政府の核密約などがあって
結果、基地も核兵器もある返還が実現。
政府を挙げてのお祝いの空気が醸しだされたが、
しかし今の現実は、
米軍関係の事件の捜査権は日本にはなく、
返してもらいたいと思っている土地も返還の予定はなく、
逆に基地の中の土地が売買されている始末。
まさに「復帰前と変わっていない」と感じる状況が続いているわけである。

復帰当時の佐藤首相は、これを理由としてノーベル平和賞を受賞したが
私は、沖縄で基地を理由とした事件が起きるたびに
このノーベル賞は返上すべきだと怒りをもって思う。

復帰45年がたってなお
復帰前と変わらないと住民に言わせる政治の責任は大きい。
政府の住民意思を無視した、自治体の権利をもないがしろにした基地移転は撤回すべきである。
本土に移設できない基地は沖縄にも置いてはならないのである。
もちろん本土にも基地はいらないことは言うまでもない。

沖縄県の隣の島で育ち、米軍機の低空飛行に悩まされた私は、
基地は無くしてほしいという沖縄の人々と同じ気持ちである。

沖縄復帰45年目に考えた。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 東村山市内にもブラック企業が | トップ | 「もう辞めるから」 ブラッ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。