東村山・福田かづこのビックリ報告

日常の中のさまざまなことについて、驚き、怒り、共感などとにかくなんでも発信しています。

どう考える? 「高所得世帯への児童手当廃止案」

2017-04-26 09:29:33 | 政治
新聞報道によれば、
財務省は、財政制度審議会の分科会で、
児童手当のうち高所得世帯向けの給付を廃止するらしい。
それで浮く財源を待機時対策に回し、
社会保障費の抑制と重点化を目指すそうだ。

でた重点化

これまでも、ある予算を削減し重点化と称し他に回すことは良く行われてきたが
それは、いつも社会保障の財源がターゲットであった。
大企業向けの補助金などは削減や重点化はあまり聞いたことが無い。

この重点化は、2018年度予算に反映される予定だという。

児童手当は、2012年に所得制限を導入。
夫婦+子ども二人の世帯主の収入が960万円を対象から外したが、
特例で、子ども一人5千円/月を受け取れる。

これを廃止し、共働きが増えているので夫婦の合算年収で捕捉するという。
その試算は、国自治体合わせて730億円だそうだが、夫婦合算収入となると削減額はもっと増える。
より多くの子育て世帯が対象から外されることになる。
財政制度審議会の委員からは異論は出なかったそうだ。

子育て世代の共働きが増えているのは、
女性の権利として働くことをよしとする考え方もあるが、
今は、不安定雇用が多く、共に働くことで世帯のくらしを守り、子育ての資金を得ている。
その子育て世代に、月5千円の児童手当給付が惜しいというのだ。

共働き世帯は、税金の負担率も高い。
納めた税金が、自分のくらしに還ってくる率が一番低いと感じるのも共働き世帯である。
これを惜しんで、何の子育て支援であろう。
ますます少子化に拍車がかかるだけである。

私は、共働き時代
働く時間との関係で認可園に入れず、無認可で高い保育料を払って預かってもらい、
当時は子ども医療費は有料だったので
結果として、税金は払うだけで何の恩恵も受けなかったと実感していた。
給料は少なくとも私の税金負担率は最高税率だった。

かつてすべての子どもに児童手当をと言った時には、私は待機時対策が先ではないかと考えたものだ。
しかし、制度が始まり、子育て世代がそれを子育ての経費の一部にしている現実がある今、待機児対策も子育て支援の児童手当も同時に継続されるべき制度であると考えるのである。
なぜなら国民は子育て中であろうとなかろうと働き、年金から税金を納めているからだ。
しかも、対象外となる世帯がより多くなることなど以ての外ではなかろうか。
納めた税金の還元率こそ高めるべきであり、社会保障費抑制などとんでもないことである。
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小田原市の『生活保護行政のあり方検討会報告書』を読む

2017-04-24 10:24:10 | 政治


上記写真は生活保護利用者宅の訪問時に
「不正受給してわれわれを欺くのであれば、あえて言う。そのような人はクズだ」
などの趣旨の英文が書かれたジャンパーを着ていたことが問題となった小田原市の、
『生活保護行政のあり方検討会報告書』と、
その検討会の座長を務めた慶応大学教授の井出氏のインタビュー記事である。

この問題が発覚した際、私は憤りに震えた。

この5年間、大学で福祉を学び、様々な困難を抱えた人の相談援助について専門的知識を得て、その証としての社会福祉士国家試験を目指して取り組んできた。
その学びにおいて、
①生活保護利用者や福祉制度の利用者と援助者は対等平等の関係である。
②当事者の生き方、制度利用の決定などは当事者が決めるのであって、支援者はその決定を支援する役割である。
③支援方法は、援助者が押し付けるものではなく、個々人にあった選択ができるよう共に考え支援するべきものである。
等々を幾度も反芻し、あらゆる場面で振り返りつつ自分の思想とすべく努力してきた。

同時に、
ややもすれば自分に権力(制度需給への知識の有無や決定権を持っているという意味で)があることを忘れ、利用者を従わせてしまうこと、
利用者を下に見て、「私が支援をしてあげなければ」という考えに陥ることも往々にしてあるということも、
自分の実践を振り返って分かった。

こうした福祉のあり方を真剣に考えるとき、
小田原市のケースワーカーの姿勢は決して許されない行動である。
同時に、記者会見でその上司が、職員の行動を責めて謝罪する姿に、
あなたたちの姿勢が職員に反映しているのだと腹立たしくなった。

今回提出された報告書は、私のこれらの思いを氷解させてくれるものであった。
自治体行政に携わる方々にはぜひ読んでいただきたい。

報告書は、
現場の当事者たちの行動を厳しく批判しながらも、
なぜそのようなことが起こったか、について市役所全体のこととして分析し、
同時に、市民に生活保護受給者パッシングをさせる背景についても分析をしている。

そして、生活保護行政のこの間の変化にも触れ、
そうしたことへの職員の知識と技術に関する研修が行われていなかったことも背景の一ついあると指摘している。
例えば自立支援策として就労支援などのプログラムがあるが、
それは、参加しなければならないものではなく、利用者が参加できるように支援をすることが求められているのである
そのことを如実に示したのが以下の事例である。

4月23日の東京新聞によれば
立川市で2015年、生活保護利用の40代の男性が、市が求める求職活動を行わなかったとして生活保護を打ち切られ、翌月自宅で自殺していたことが、匿名で共産党市議団にfaxが届き判明したという。
この件は、まさに個々人の状況に応じて就労支援をおこない、徐々に就労への意欲や自信をつけてもらっていくという制度の趣旨を、所管が理解していなかったのではないかと思われる。
担当課長は、「保護の打ちきりは適正であった」と回答しているようであるが、決して適切ではない。生活保護利用者を減らすことを第一命題とする行政の姿勢が明らかである。
まさに、報告書は小田原市だけのことではないと指摘しているが、
当にその指摘どおりの実態がここにあったと痛感した。

東村山市議会厚生委員会は、
就労支援に取組んでいる北海道の釧路市を視察研修で訪れたことがある。
釧路市の担当課長は、
面接の苦手な人、履歴書の書けない人、そもそも人と話すのが苦痛な人など様々。
なので、
まずボランティア、まず企業の見学、まず面接の練習等々、
その人に会った支援プログラムで進めることが肝要であると言っておられた。
また、
数人で一人分の生活保護受給者に見合う減でも良いと考える。利用者が自立に向けて歩みだした成果と考えているとも話しておられた。

こうしたモデルケースを経て就労支援プログラムは制度化されたのである。
生活保護行政に携わる者は、こうした制度の本来の目的を研修などでしっかりと学び、支援技術を向上させるべきだはないだろうか。

現場は行政全体を映す鏡である。
生活保護利用者の多いことを嫌悪する行政も少なくない。
もちろん喜ばしいことではないのは当然である。それは社会現実の鏡だからである。

そもそもジャンパーのきっかけとなった、窓口で職員が刺されたという傷害事件も、
現場に知識、制度の理解があれば事件を防げたかもしれないと報告書は指摘している。

この報告書が、小田原市の問題であって、わが自治体には関係ないと思ってはならない
わが東村山市にも通じる記述が随所にあると、読みながら思った。
検討委員会が指摘しているように、この問題は「対岸の火事」ですましてならないのである。
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「介護の社会化」は遠く(東京新聞4/21社説)に思う

2017-04-21 11:15:36 | 政治
今日の東京新聞朝刊は幾つも注目すべき記事があった。

その一つが表題の社説である。
介護保険法の改悪案が衆議院を通過し、今国会で通過の見通しだとして
「給付カットが繰り返され、保険あってサービスなしの事態が懸念される」
とリードで書いている。

そして、
2015年の1割から2割への利用者負担引き上げで
特別養護老人ホームなどの施設を退所した人が、全国で1600人もいたこと
その退所率は3%で1割負担の人の2倍近くになる
と厚労省が明らかにしたとして、

今後、退所せざるを得ない人はさらに増え、
介護が必要な高齢者と家族にしわ寄せが行くことは必至だと指摘している。

また、3月に東京八王子市の老々介護の過程で
認知症の妻を殺して自殺を図った夫が「疲れた。精神的に追い込まれた」
と供述していることも紹介しつつ、

厚労省の発表として、
2014年度、被介護者への親族による殺人や心中は25件
2015年度、高齢者虐待は15,900件を超え
その要因は「介護疲れ、・介護ストレス」が25%を占め最も多い
という実態があることも報道している。

介護保険は、私が女性団体で仕事をしていたころ
80年代~90年代
すでに、家族の介護が女性に大きく圧し掛かり、
家事負担や仕事との両立が困難となる要因の一つであった。
そこで、多くの女性団体が介護の社会化を求め、国や自治体に働きかけ運動をしていたのである。

介護保険法は、多くの問題を孕みながらも、
こうした女性の要求であった「介護の社会化」を実現するために発足したはずであった。

しかし、高齢化に伴い、費用が嵩むからと
サービスの低下と保険料を含めた負担の引き上げが主流となった「改正」が繰り返された。
そして、サービス費負担の相次ぐ引き上げである。

保険料は年金から否応なく天引きされ、
サービスを受ける権利は確保されるが、2割負担でサービスを受けられない人が出てくる。
そしてその方々にとって介護保険は、「やらずぶったくりの制度」と化してしまうのである。

東京新聞の社説の表題は、「介護の社会化」は遠く であるが、
私には 介護の社会化はますます遠のく ように見える。

我が家には、介護保険の利用を拒否している年寄りがいる。
人の世話にはなりたくないというのである。
「あんたにしてもらわなくても自分でできる」
と来訪した調査員に言い放った。

でも、私がご飯を作り、病院にお供をしているのよね
と、私は胸の内で呟いた。
いま、その介護はそれほどではない。
が、先に紹介され、これまで幾度もニュースになった
介護の悲劇、殺人や心中、虐待は、本当は他人事ではない。
私は、虐待をするのではないか との不安はいつでも胸の内にある。

介護保険法の改悪は、いったい誰のために行われるのであろうか
少なくとも、被保険者のためでないことは明らかである。

高齢化率が高くなっているとはいえ、その少ない年金から税金や保険料を律儀に払っているのもまた高齢者である。
人生の終わりに向かって、年をとっても幸せだったと思ってもらえる高齢者政策が求められている。
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奄美の初夏の風景 山肌に咲くテッポウユリ

2017-04-19 21:42:21 | 
以下の写真は、この4月帰省中に見つけた懐かしい風景だ。

子どものころ、学校の行き帰り、4月~5月山肌にたくさんのユリが咲き
白く見えるほどだった。
近所では、区画整理のために、また道路の拡幅のために山を削ったので
咲かなくなっていた。

この帰省中に、岬の岩肌にユリが1輪咲いているのを見つけ、
ユリだ と叫んで見渡すと そこここに蕾が

ふるさとの山肌でも見つけ嬉しくなった。

高校時代の生物の先生によれば
ユリがさいたら 奄美の春は終わりなのだそう。

20年ぶりくらいに見たユリの群生であった。

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やっと 写せた ウグイス

2017-04-10 08:21:32 | バードウオッチング
おはようございます。

ウグイスです。

朝庭に出ると、どこかでウグイスの囀りが・・・
声を辿って野火止用水へ

声は人家の庭から聞こえる。

不審者と思われることを警戒しながら庭木の梢を見上げるが
中々 見つけられない。

と、先日見つけた杉の木でまた、囀りが
居た!!











いつも 声はすれども 姿は見えず 
今日は 明るい日差しの中で クッキリと写せました。
   
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