山はしろがね

ロシア文学/スキー

よそ見をしない

2016-10-18 23:59:59 | 日記

 今日、1年生の授業中にふと気づいたのだが……。

 体育の授業で1500m走をやる場合、速い子は遅い子に何分も差を付けてゴールする。ゴールした後は、まだ走っているクラスメートに声援を送ったりすることだろう。

 ところが、授業で練習問題を解く場合は、そうはならない。速く解ける子と遅く解ける子とでは、1500m走と同じように数分の差がつく。だが、速い子が遅い子に声援を送ることはない。私の授業の場合、なんだか退屈そうにボンヤリしていることが多い。

 どうして、そうなってしまうのかと思ったのだが、たぶん小学校のうちから「よそ見をするな」とか「私語をするな」とか言われ続けているからだろう。中学生や高校生の時の私はそういう場に置かれても、教科書や問題集の問題を先の方まで解いてしまうとか、そうでなければドストエフスキイとか原始仏典とかレーニンとか読んでいたので、まるで退屈はしなかったのだが、私の学生たちの場合、授業に関係のない本を教室に持ち込んだり、スマホをいじったりしたら、やはり叱られたのだろう。

 それぞれが個の世界にこもってしまう様を見るのは、何だか寂しいよね。そんな話を学生にしたら、皆、笑っていたけれどね。

 しかし、さっさと問題を解いてしまったら、隣近所とおしゃべりをすることだってできるだろうに、今年の1年生は小中高校のしつけが良すぎるのだろうか?あるいは、大学で誰か怖い先生に叱られたのか?

 ところで、私が大学生だった時には予習が必須だったから、練習問題を教室で解くことはなかった。私の授業でもそんな設計はもちろんできるのだけれども、一部の学生を除いて、学習の習得度が上がるようには思えないので、文法的な説明の直後に問題を解かせるようにしている。

ジャンル:
学校
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