この本の著者、藤原ていさんが亡くなったと、新聞で知りました。
夫は新田次郎だという。初耳でした。
昨年、『孤高の人』を読み、明晰な文章に感銘を受けていたので、その奥さんの書いたものはどんなだろうと興味を持ちました。
前々からこの本の存在は知っていました。書店に長くいれば、定番の一冊として記憶に残ります。
しかし、内容は知らなかった。過酷な戦後の引き上げの話だとも。
命からがら故郷の長野県諏訪に戻ることができた。が、その後は長い病で療養しなければならなかった。
その中で、遺書として、この本を書いた。書き終えたら、病は癒えていた。
そして今年の11月15日までご存命でした。98歳。
本の内容は、戦後の混乱を満州で迎え、気象台に勤める夫とも別れなければならず、小さな子3人を連れて、故郷の長野に帰るまで。
とても明瞭で、手に取るように描写が浮かびます。それは夫に通じるものがあるなあと思わされました。
引き上げの話を、ほんとにおばあちゃんから聞いたような感じ。子供に伝えるためという意思の表れでもあるのでしょう。
貧しい中、いかにお金を稼ぐか。いかにお金を隠すか。
ロシア人や朝鮮人やアメリカ人は、貧しい一家に対して、おおむね寛大です。食事や医療を分け与えている。
一方で、日本人同士のだまし合い、潰し合いがひどい。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、自己保身に走るのはわかります。あからさまな想像力の欠如に対して、著者は怒りをあらわにし、震え、泣きます。
そのまっすぐな気持ちに打たれる。
故郷に帰りつき、家族と再会して「これでいいんだ、もう死んでもいいんだ」というくだり、涙が出ました。
ああ、こんな悲惨な体験は二度と起こらないでほしい。でも、世界では、殺し合いが止まない。
この本を読むことで、戦争の抑止と、個人の生きる力を呼び起こすことが、少しでもできるのではないか、と思います。
やはり、定番です。本屋になくてはなりません。
藤原てい著/中公文庫/2002