連日報道されていましたが、第一幸福丸が消息を絶ってから、4日ぶりに乗組員3人が救出されました。
船長は、お亡くなりになられ、残りの4人の安否が気遣われますが、厳しい状況です。
助かった3人と、転覆後、外に出て行った4人の判断の差が、今となっています。水に濡れて救命ボートの中で亡くなっていた船長、船外に出て未だ不明の4人と、船内にいて助かった3人。偶然に生じた条件の差と体力の消耗度合いが、今を左右しているようです。
昨日の読売新聞の配信記事です。
タイトル「船底たたくとコンコン応答、「歴史に残る救出劇」」
『消息を24日に絶って転覆した漁船から、4日ぶりで乗組員3人が無事救出された。
太平洋の八丈島近海で無線が途絶えていた漁船「第一幸福丸」(8人乗り組み、19トン)。船は台風20号に見舞われたが、3人は船内の空気だまりで救出をじっと待っていた。
乗組員の家族約20人は、船が戻る予定になっていた静岡県下田市の伊豆漁協下田支所で待機していた。3人救助の知らせが家族に伝えられると、家族から歓声が上がり、拍手が巻き起こった。
救出された3人は3管の潜水士が転覆した船底をたたいての呼びかけに、「コンコン」と音を立てて応答した。3人はしっかりした口調で、名前を答えたという。
伊豆漁協の藤井多喜男組合長は、「助かったことは大変喜ばしい。名前の確認は出来ていないが、家族の方々も喜んでいる」と話した。
28日午前10時頃、下田海保の職員が家族のもとを訪れ、船や救命いかだが見つかったとの報告をした。これを受け、藤井組合長らが記者会見した時点では、救命いかだから見つかった船長の写真が家族に示され、心肺停止状態であることなどが説明され、「もうだめだ」などと悲痛な声が上がったという。
その後、廊下で泣きながら携帯電話をかける家族の姿も見られたが、藤井組合長は、転覆した船について、「船内に空気が残っているはず。生存の可能性にかけたい」といちるの望みを捨てなかった。
「3人を救助した。生存の模様」。28日午後1時前、横浜市中区の3管本部総務課内に無線が鳴り響いた瞬間、待機していた約10人の職員の間に、どよめきが起きた。
職員らは電話などで、生存者に関する情報の確認に追われた。男性職員は安堵(あんど)の表情を浮かべ、「何十年に一度の奇跡だ。残り4人の発見に全力を尽くす」と話した。
船舶会社で船長の経験がある池田宗雄・元東海大教授(航海学)は「沖縄の漁師は台風に遭遇した時に漁船をあえて引っ繰り返して『空気だまり』を作り、生存を図るという話を聞いたことがあるが、今回のように何日も、しかも台風が近くを通過しながら生還した例は思い当たらない」と驚き、「推測に過ぎないが、ほかの人を励ますことができる強いリーダーがいたのではないか」と語った。
日本海難防止協会の大貫伸・上席研究員は「転覆した船に空気だまりができ、助かったケースはあるが、今回のように4日間も空気が保たれ、生き延びることができたのは奇跡的。おそらく水も食料もなく、体温が奪われ、精神的にも追いつめられていたに違いないのに、よく頑張った。歴史に残る救出劇だ」と話した。』
船長は、お亡くなりになられ、残りの4人の安否が気遣われますが、厳しい状況です。
助かった3人と、転覆後、外に出て行った4人の判断の差が、今となっています。水に濡れて救命ボートの中で亡くなっていた船長、船外に出て未だ不明の4人と、船内にいて助かった3人。偶然に生じた条件の差と体力の消耗度合いが、今を左右しているようです。
昨日の読売新聞の配信記事です。
タイトル「船底たたくとコンコン応答、「歴史に残る救出劇」」
『消息を24日に絶って転覆した漁船から、4日ぶりで乗組員3人が無事救出された。
太平洋の八丈島近海で無線が途絶えていた漁船「第一幸福丸」(8人乗り組み、19トン)。船は台風20号に見舞われたが、3人は船内の空気だまりで救出をじっと待っていた。
乗組員の家族約20人は、船が戻る予定になっていた静岡県下田市の伊豆漁協下田支所で待機していた。3人救助の知らせが家族に伝えられると、家族から歓声が上がり、拍手が巻き起こった。
救出された3人は3管の潜水士が転覆した船底をたたいての呼びかけに、「コンコン」と音を立てて応答した。3人はしっかりした口調で、名前を答えたという。
伊豆漁協の藤井多喜男組合長は、「助かったことは大変喜ばしい。名前の確認は出来ていないが、家族の方々も喜んでいる」と話した。
28日午前10時頃、下田海保の職員が家族のもとを訪れ、船や救命いかだが見つかったとの報告をした。これを受け、藤井組合長らが記者会見した時点では、救命いかだから見つかった船長の写真が家族に示され、心肺停止状態であることなどが説明され、「もうだめだ」などと悲痛な声が上がったという。
その後、廊下で泣きながら携帯電話をかける家族の姿も見られたが、藤井組合長は、転覆した船について、「船内に空気が残っているはず。生存の可能性にかけたい」といちるの望みを捨てなかった。
「3人を救助した。生存の模様」。28日午後1時前、横浜市中区の3管本部総務課内に無線が鳴り響いた瞬間、待機していた約10人の職員の間に、どよめきが起きた。
職員らは電話などで、生存者に関する情報の確認に追われた。男性職員は安堵(あんど)の表情を浮かべ、「何十年に一度の奇跡だ。残り4人の発見に全力を尽くす」と話した。
船舶会社で船長の経験がある池田宗雄・元東海大教授(航海学)は「沖縄の漁師は台風に遭遇した時に漁船をあえて引っ繰り返して『空気だまり』を作り、生存を図るという話を聞いたことがあるが、今回のように何日も、しかも台風が近くを通過しながら生還した例は思い当たらない」と驚き、「推測に過ぎないが、ほかの人を励ますことができる強いリーダーがいたのではないか」と語った。
日本海難防止協会の大貫伸・上席研究員は「転覆した船に空気だまりができ、助かったケースはあるが、今回のように4日間も空気が保たれ、生き延びることができたのは奇跡的。おそらく水も食料もなく、体温が奪われ、精神的にも追いつめられていたに違いないのに、よく頑張った。歴史に残る救出劇だ」と話した。』











