森かずとしのワイワイ談話室

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第8回大東亜聖戦大碑の撤去を求める全国集会

2008-08-03 00:56:33 | 平和のために
 2000年に当時県の都市公園だった県護国神社の境内に、大東亜聖戦大碑が建立されました。翌2001年5月に撤去を求める会を結成し、以来地域や全国の反戦平和人権運動に取り組む市民のたたかいと連帯しながら、全国集会も積み上げてきたわけです。
 今日8月2日は、午前中、大田さんを野田山の尹奉吉義士暗葬の跡をご案内し、朴仁祚さんの熱い思いにも触れて頂きました。アジア関係の重要な史跡とそれに生涯かけて汗を流してきた在日との出会いにいたく感激されました。
 夕刻から県教育会館で100人の参加のもと、集会が開催されました。前段では、靖国訴訟、不二越強制連行訴訟、七尾の中国人強制連行訴訟、定住外国人の地方参政権獲得運動、さらには来年生誕100年を迎える旧高松町出身の反戦川柳家鶴彬の顕彰映画製作運動、11月に金沢で開催される非核平和条例を考える全国集会の報告アピールが行われました。撤去を求める全国集会が、各地の運動の集約の場としても定着しました。これらの報告に、講師の大田昌秀さんが集会後の交流会で、私自身が励まされたと言われました。継続は力です。
 集会のメインプログラム、大田昌秀さんの講演は、「沖縄から見た聖戦」用意された貴重な資料集は横に置かれて、レジュメなしで沖縄戦末期に少年鉄血勤皇隊に狩り出された体験、戦場の軍隊の指揮命令系統、軍隊は人々を守らないという本質
から、研究者としての沖縄戦関係資料の収集、知事時代の米国政府関係者やキッシンジャーなどの要人とのやりとりまで、驚くほど具体的で鮮明なお話を展開されました。昨日からお供をした私には、二度おいしい機会で、知的好奇心が刺激される90分でした。
 この体験に裏打ちされた膨大な学習量に比べて、自由主義史観研究会や新しい教科書をつくる会の「研究」の何と底浅いことか。それでも、「不都合な真実」を覆い隠すかのような物語のほうが、世間ではもてはやされる現実に、どう立ち向かうのか。聖戦大碑護持会支柱である中田清康さんがご病気療養中で、聖戦祭が延期になると聞きました。戦後生まれ世代が、歴史の真実をめぐって綱を引き合う時代がもうやってきていることを覚悟させられます。そう、二度と体験しないために、体験を正しく継承するという二律背反の課題を引き受けなければならないのです。

 まだまだご壮健な大田さんですが、次の沖縄訪問の際には、研究所に是非お邪魔したと約束を交わし、御礼のお別れをしました。ご参加の皆さん、ありがとうございました。
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大東亜聖戦大碑 新しい教科書をつくる会 不都合な真実 自由主義史観 キッシンジャー 地方参政権 鉄血勤皇隊 知的好奇心
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