
6月30日の午後、もとえちゃんが旅立ちました。91歳でした。
長い間、レオンのブログを通じて励ましてくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。
またわざわざご会葬くださった皆さまも温かいお見送りをありがとうございました。もとえちゃんにも、レオンにも長い長い4年間でしたが、多くのことを学ぶ4年間でもありました。やっぱり人生はずっと修業ですね。
今頃もとえちゃんは、ホッと一息ついて、あー、しんどかった。これからゆっくりしよう、と思っていることでしょう。遺影のおだやかな笑顔を見ているとそんな気がします。生きてきた間に、何事も一生懸命つとめてきたもとえちゃんだからこそでしょう。レオンも一息ついて、あとの仕事をかたづけます。
皆さん、本当にありがとうございました。
長い間、レオンのブログを通じて励ましてくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。
またわざわざご会葬くださった皆さまも温かいお見送りをありがとうございました。もとえちゃんにも、レオンにも長い長い4年間でしたが、多くのことを学ぶ4年間でもありました。やっぱり人生はずっと修業ですね。
今頃もとえちゃんは、ホッと一息ついて、あー、しんどかった。これからゆっくりしよう、と思っていることでしょう。遺影のおだやかな笑顔を見ているとそんな気がします。生きてきた間に、何事も一生懸命つとめてきたもとえちゃんだからこそでしょう。レオンも一息ついて、あとの仕事をかたづけます。
皆さん、本当にありがとうございました。












よくがんばられましたね。
もとえちゃんもレオンさんも・・・。
楽しい思い出をいっぱい持って旅立たれたことと思います。
これからもレオンさんたちを見守っていてくださることと思います。
レオンさん、ご家族のみなさん、お疲れを出されませんように・・・。
充分がんばった母は、もう思い残すことなく穏やかに旅だったことと思います。
たぬきさんには、いつもこのブログを通じて励ましのコメントをいただきほんとうにありがとうございました。
母の介護で自分の足りないところがたくさん見えました。大変でしたが本当にいい勉強になりました。応援してくださってありがとうございました。
しばらくは諸事あって忙しくされると思いますが、お疲れの出ませんように。
ありがとうございます。とても良いお葬式ができたので、すてきなフィナーレの主人公になれ、きっと喜んで逝ったと思います。
また山に復帰できるようになったらニアミス楽しみにしています。
レオンさんのブログから元気をいっぱい頂いてきました。
お母様のご冥福をお祈りしております。
知らない間に見てくださっていてありがとうございます。
お母様、さくらさんの工夫で幸せな老後をプレゼントしてあげてくださいね。
肺炎の抗生剤が母の体力には強すぎたようで、一晩で喉、唇、舌が真っ赤にただれてしまいました。
お水も飲み込むことが出来ない状態です。
どうしてやることも出来ず、おろおろするばかりです。
母の自然治癒力を信じて好転することを願っています。
レオンさんならどうするかなって考える毎日です。
お母様かわいそうですね・・・。どうもしてあげられないのもほんとにつらくておろおろしますよね。レオンもオロオロして悲劇的になるばっかりでしたよ。
私がそんな時に自分に言い聞かせていたのは、何かに書いてあった「苦しみを取り込んではいけない」ということでした。
苦痛は苦痛として対応しても、心は平和でいなければならない、ということのようです。
そんな難しいこと、すぐにはできませんけれど、練習を重ねたら少しはやれるかも。よく「地獄で観音様を見た」というあの観音様状態のmiyokoちゃんがいてあげたらどうかなあ・・・。おろおろしながら少しずつやってみてね。がんばれmiyokoちゃん。
せっかく環境を変えてこれからという時だったのに、でも91歳ならもういいじゃないですか。
私にも92歳になる母が、施設でお世話になっており、私達の事は何も分からないようですが、食事もたくましく食べ、元気に過ごしております。
この年に成りますと、いつ何が起きても不思議でなく、気を許す事は出来ませんが、苦しまずにこの世を去れれば良いな〜と思っています。
気持ちの整理を済ませ、早く明るいレオンさんに
戻ってください。
驚きました。
そうですか・・。逝っちゃった・・・。
形が無くなる、手に触れる事が出来ない・・、
悲しいですね。寂しいですね。
私の母上が逝っちゃった時に強く感じた事です。
職業柄、多くの死に出会ってきましたが、時間が癒してくれます。無理に思い出を忘れないで、まだ、お傍にいらっしょると思います。お話して下さい。
私なんか、母上のお骨を持ってよく山歩きしました。
いずこも同じですね〜。私も母が亡くなった時、悲しいより先に母がこれで楽になったなあと思いました。いけないのかもしれませんが、何だかほっとしました。母もきっとホッとしているはずです。
これからはいつも思い出してあげることですよね。
はい、こういうことになりました。
旅だったとはいえ、まだ近くにいます。これから時空を超えてもっと近くに、いつもいるようになるはずです。
そのためにはいつも思い出してあげることですね。
お母様はいっぱい愛されて、ご家族や周りの人たちからもいっぱい感謝されて、旅立たれたことでしょう。
レオンさん、親孝行されてましたね。介護は苦しかったと思います。
レオンさんのブログを拝見して、私も学ばせて頂きました。
レオンさん、有難うございます。元気出して下さいな。
私は数日後に母の四十九日を迎えます。まだまだ母のことを思い出しては、涙が溢れてきます。
母の思いを引き継ぎ、これからも私らしく幸せな日々を過ごしたいと思っています。
またお山にご一緒して下さい。宜しくです。
知りませんでした。あかげらさんのお母様の方が先に行かれたのですね。うちの母の四十九日は8月16日です。あかげらさんのお母様はきっと優しい方だったでしょうね。あかげらさんをみていると分ります。
お葬式では、喪主だったのと、次から次に用事があってとても泣いてはいられませんでした。これからじわじわとくるのでしょうね。
ところで今明石公園にはりっぱなアオバズクの夫婦が子育てに帰ってきており、大きな木の枝の上で、毎日哲学的にこちらを見下ろしています。野鳥の会や鳥好きな人たちが観察に来ています。10月になるとまた南へ帰っていくそうです。
御母堂様安らかに天に召されたのですね
きっとレオンさんの心からのお世話をとても喜んでおられたと思います
私の88才になる母、10年近く入院しておりまして、今は食事も出来ない状態です
3ヶ月前にも主治医から覚悟するように言われておりましたが、奇跡的に持ち直しました
この間の時は生まれたばかりの曾孫の写真を良く見えるように印刷して見せたところ、ずっと笑顔で喜んでくれました
お疲れの出ませんように、暫くゆっくり休養されますように、ってレオンさんのことだから、少し元気になると、じっとしていられないでしょうね
もぐさんのお母様もですか。ほんとに皆さんそれぞれ心配をされているのですね。子供が年をとった親のことを心配するというのは人の歴史の中でずっ〜〜っと繰り返されてきたことなんですね〜。私も人並みに心配をして、人並みに親を送れてよかったです。
49日を終えたらなんか楽しいことをしよう!と思っています。さすが、もぐさんよく読んでおられましたね。
大きな目がとっても印象的
激しい雨風の後だったので疲れたのか、良く目を閉じていました
私も今朝犬の散歩がてらまた見に行きました。
正面からは見えにくいですが、木の裏側にヒナの入っている巣箱があります。気が付きましたか?
お母様、レオンさんのような娘がいてしあわせだったんだろうなと思います。私も親思いの娘がほしいな(もう無理ですが)。後からどっと疲れがやってくるのでくれぐれもお体大切になさってください。
おひさしぶりです。苦しい時期を乗り越えて遺影の母はとても晴れやかでしたよ。
もうすぐ帰国ですね。日本生まれの女の子もいいかもですね〜。あと一息がんばってみますぅ?
書き込みの言葉もみつからず、
今日にいたっています。
”風と生きよう”の ブログが
戻ってくることを、
ただただ楽しみにまっている
そんなファンの一人です。
千の風のように、飛び回るのは
生き残った私達もかも、しれませんもんネ
ぞうさんのお父様がなくなったとき、ぞうさんがすごく落胆されておられたのを覚えています。
私は喪主でもあったので泣いたりしているひまもないままでした。ただ、お葬式の間ずっと遺影の母がが「いいお葬式してくれてありがとう。これですっきり気持ちよく逝けるわ」と言っている気がしてしかたがありませんでした。
カラダという囲いの中にいる間はそれが分らないけれど、この世とあの世の境界なんてもともとないように思います。いったん解き放たれたら、「死」なんてない・・・そんな気がします。
お悔やみが遅れてしまい、申し訳ありません。
もとえちゃんがここまでこれたのも、レオンさんの支えがあったからこそですね。
きっと幸せな旅立ちだったとおもいます。
わたしの近い人が亡くなったとき、いなくなってしまったというよりは、
亡くなったあとの世界が身近にかんじられるような不思議な気持ちでした。
きっともとえちゃんも見守ってくれてるとおもいます。
レオンさんお体に気を付けてくださいね。
ほんとに不思議だけどそうですよね。主人が亡くなる前のことですが、「あ、今ぼく体外離脱してた・・・・」と言ったことがありました。「境界」がふと消えるのでしょうね。