1日1日感動したことを書きたい

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人生の黄昏時だから、なおそう思います。

「黒人霊歌は生きている」(ウェルズ恵子)

2008-07-26 11:58:45 | 
 「黒人霊歌は生きている」(ウェルズ恵子)を読みました。黒人霊歌は、奴隷時代に生まれたアフリカ系アメリカ人の歌です。奴隷としての境遇を憂い、呪い、日々の重労働に対する苦しみの心情を歌った歌でした。彼らにとって平安とは、この世に有るものではなく、永遠の死によってはじめてもたらされるものでした。黒人霊歌は、死によるこの世の苦しみからの救済と神(苦しみながら死んでいたイエス)への忠誠を歌った歌でもありました。
 著者によると、奴隷時代の黒人霊歌は、もうどこにも残っていないそうです。彼らの歌に心を打たれた白人の知識人たちは、天国での救済を歌う<神様の歌>を「黒人霊歌」と名付け、アメリカ社会に紹介しました。黒人霊歌は、白人が聴きに来るコンサート用に編曲され、崇高な宗教性が強調されていきました。この宗教性の流れから、都市の教会であらたにゴスペルも生まれます。そして一方で、奴隷としての境遇を憂い、呪い、日々の苦しみを歌う<悪魔の歌>は、ブルースへの継承されていくのです。
 この本は、奴隷時代の黒人霊歌やゴスペル、ブルースの歌詞の考察を通して、アフリカ系アメリカ人への差別と抑圧を生み育ててきた、アメリカ社会の精神史と集団的な記憶を探ろうとしたものです。黒人霊歌の歌詞と翻訳が豊富に紹介されています。
 高校時代にフォークソングやロックにはまっていたのですが、当時よく歌っていた曲に、「漕げよマイケル」とローリングストーンの「Love in Vain」とベン・E・キングの「Stand by Me」があります。この三曲ともこの本の中で紹介されています。
 「漕げよマイケル」、健康的にボートを漕ぐ歌のように歌っていたけれど、原曲は、黒人霊歌なのですね。この歌で歌われている川とは、ヨルダン川のことです。奴隷の人たちにとって、川とは「生」と「死」を分かつ境界線でした。この川を渡って、神や親兄弟が安らかに暮らす死後の世界に早く行きたいという思いが、この歌にはこめられています。しかし、どの歌詞を調べても、誰も川の向こうに行き着かないそうです。当時のアフリカ系アメリカ人の、死による平安を望む心と死への恐怖が表現されていると、著者は分析しています。なるほどなぁと思わずうなっておりました。
 「Stand by Me」の原曲は、ゴスペルです。それは、「この世の嵐が吹きすさむとき、そばにいてほしい」という言葉から始まり、次の言葉で終わります。
   命が重荷となり 冷え澄むヨルダン川が近づいてきたら
   イエスよ、谷間の百合よ、そばにいてほしい
 
 ベン・E・キングは、イエスではなく、「泣かない、泣かない、あなたにそばにいてほしい」と歌います。

I won't cry, I won't cry, No, I won't stand a tear
Just as long as you stand Stand by me...

 この歌、あまい恋愛の歌だと思いながら、口ずさんでいたけれど、Stand by me には、「立って行動の準備ができている状態でそばにいてほしい」という強いニュアンスが含まれているそうです。愛を語るのにも、将来の不幸や困難立ち向かう準備が必要なのだという、アフリカ系アメリカ人の覚悟と緊張感のようなものが伝わってきます。
 Love in Vainは、ロバート・ジョンソンのブルース=<悪魔の歌>です。アメリカの社会からも、神による救済からさえも疎外されたアフリカ系アメリカ人の、孤独と哀しみと喪失の歌です。信ずればイエスはずっとそばにいてくれるけれど、女性はいつも彼の元を去っていくのです。「俺の愛はみんな無駄だったんだ」

All my love's in vain.

 どの歌も、深いなぁ。アフリカ系アメリカ人の200年にわたる苦しみと哀しさと救済への願いがつまっているもんなぁ。

 

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