風のたより

電子計算機とは一極集中の現象が大であるが、その合間を縫って風の一頁を

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タコ部屋

2017-06-09 14:34:24 | 世評
蛸漁とは蛸壺を海中に沈めて漁をすると。蛸の習性を利用した漁とか。壷の中に入ったら外へ出られない、あるいは出たくないとか。そして蛸とは、足や腕を切られても再生すると

昔はタコ部屋と言われた時があった。劣悪な労働環境で労働者をこき使い、タコのように使えなくなったら切り捨てた。江戸時代の百姓のように生かさず殺さずである。江戸時代の方がまだ良かった。殺したら元も子もない。生かしたら元気が良すぎて逃げられる。労働が継続できるように領主たちは配慮した

飯場ではいつでも取替えは効く。死んだら補充がきいた。昨今では労働条件は劣悪からは良くなったのだろうなと推測される。いやブラック企業と言う言葉も聞くので分からない。飯場と言う言葉も聞かれなくなった

岡林信康はフォ-クの神と言われたが、ブル-スの神でもあるな。「流れ者」、飯場飯場と渡っていく おれは一生流れ者 と

寺山修二が「金の無い時に ブル-スは身に染みる」と言っていたな

世界卓球選手権大会がドイツで行われたと。日本選手の活躍が凄まじい。それも若い選手が恐ろしく伸びている。報道によると、北区に「トップアスリ-ト教室」があると。全国から幼少から才能のある子供を集めて英才教育をするとか

張本少年は中学生とか。将棋の世界も中学生が脚光を浴びている。昔では考えられなかったな。精神分析医のフロイトなどは、3歳までに性格は決まると言っていたが、英才教育とは恐ろしい。人工知能AIの進化も恐ろしく早い

人工知能は、人の論理や習性を数多く接して統計も駆使して作られている。将棋や囲碁はル-ルがあるので、駒を動かす順序は限られてくるのであろう。俳句にしても17文字。その内人工知能でも名作が生まれてくるだろう。人工知能は経験値に基づいているので、新しいことには弱いのだろう

英才教育とは、一種タコ部屋とも言えなくはない。朝から晩まで一芸に没頭する姿は、傍から見るとタコ部屋と言えなくも無い。通称タコ部屋と決定的に違うのは、本人が望むか望まないかであろうな。本人の意思を尊重するかどうかであろうな

亜細亜大学があった。一芸に秀でた者を入学させるとか。一芸が多芸に通じるかどうかだな

映画界に浦山桐郎がいた。相生湾は女の子宮のようだと言っていた浦山桐郎がいた。若くして亡くなったためもあったが、寡作だった。「私の棄てた女」では、公募で選んだ。ぶざまな女は浦山桐郎宅に住み込みで外部との接触も許されなかったと

その弟子の小栗康平も廓舟を描いた「泥の河」の子役も監督の家に泊まり込みで親への連絡も禁じられていたと。どちらも監督の思い描く役者に徹底的にするんだな。そこには民主主義など微塵もない。監督とは映画製作の上では絶対なんだな。これも一時のタコ部屋と言える。ただその子役は「泥の河」を完成させたら、思いっきり監督の小栗康平をぶん殴ったとか。殴る方、殴られる方、どちらにも理がある

黒澤明が「赤ひげ」を描いた。二木てるみが出演したが、どう言う風に演じろとは言わないと。ただ駄目とは言うと。何故駄目なのかは言わないと。二木てるみは演じるが指示がないので、迷う。迷って迷ってしょうがないから自分で色々考えるんだな

「七人の侍」にも仲代達矢は通行人役で出たが、何回も何回もやらされたと。ただ歩くだけなのに、何回も何回もだな。どうやれとは言わないと。結局自分で考えるのだな

ハンマ-投げに室伏広治がいる。父親もハンマ-投げの室伏重信。父親は息子に教えるんだな。こうすれば良いとか喉から出掛かるが、言わないと。言えば、自らで考える力が無くなると

スポ-ツでさえも、そうなんだな。ましてや論理や倫理や理論、挙句の果ては感性までも教えると自分で考える力、習性は喪われることはある。教えることは容易いが、ぐっと堪えることも必要である。しかし教えなければ分からないこともある。難しいものである

一種タコ部屋で徹底的に教えることもあろう。英才教育とはそういうものであろうが、教育とは教え育てることの難しさはある

男はつらいよの渥美清が世を去ったので、家族はつらいよが世に出た。東京物語はゆったりとした流れであるが、家族はつらいよは寅さんばりである。橋爪功の息子が覚醒剤で逮捕されたと。もう成人であるので、親には責任がないとは言え、教えとは難しい

親の背中を見て育つということがあるがな。少なくても橋爪功の場合には意に反したんだろうな。いや教えが届かなかったかな

世に言う教育とは文部省の管轄である。今は文部科学省と言うとか。財務省は官僚の中でもエリ-ト、何瀬国家の予算を司っている。従って籠池劇場では内部告発は無かった。統制が取れている

片や文科省は教育行政を司っている。小中学校でのいじめ問題でも、教育委員会はいじめは無かったと。文科省の指導の元に調査されて、いにめはありましたと

加計学園問題では、「官邸の最高レベルが言っている」文書自体の存在が、官邸では無いと。内部告発ではあると。小泉以降自民党よりも自民党の派閥領主よりも官邸、首相の力が大きくなってきた

諮問委員も首相の顔色を見ながらである。委員の人選も官邸次第である。だから議論する前に結果は想像できる。丁度この国の公職選挙のようであるな。結果の前に予想が当る。一見、八百屋の長さんだな

そして官邸の意向で諮問委員も結果を出して、流れを作ってしまうんだな。何瀬、諮問委員などは、報道機関のトップが喜んで名を連ねるからな。だからマスコミが流れを作ってしまう

今じゃ流れに棹差すなどは遠い昔であるな。足で記事を書かなくても、記事が流れ着いてくる。桃太郎じゃないが、記事の方で流れに沿って、机に座っていてポンと押せば印刷してくれる

忖度などと言う聞きなれない言葉でなく、顔色だな。上司の顔色で判断できる。アベ晋三がアベノミクスとか発表したら日銀の方針も黒田東彦になった途端に円をじゃぶじゃぶ刷り出したな

国家は言うに及ばず、地方自治体も首長の権限は強い。圧倒的に強いんだな。会社でも社長と副社長では段違い。それはトップは一人で人事権を持っているからと

まあ、文科省も前からも後ろからは退職した前事務次官から弾が飛んでくるんだな。まあ宮仕えだから、しょうがないが。民に仕えるのではなく、宮に使えるんだな。公務員とは全体の奉仕者であることになっているのが建前であるがの

海の向うでも大統領の好みで決まるようだな。ただ口では言わないが、顔色で部下は分かってくる。丁度、家庭で夫が妻の顔色で判断する仕草と似ている。今に人工知能も顔色で判断するようになったら、人より上に行くかも知れない

ああ、やんなっちゃうな
ウクレレが聞こえてくる

三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい
三味線の音色の方が色気があるな
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