風に誘われて

あの山から、あの海から、私を呼ぶ声が聞こえます。
風が「行こう!」と誘います。
風に誘われて、さあ立ち上がろう!!

裏磐梯 ≪会津若松≫

2017-07-16 | 小さな旅
雨でも行こうと、ホテルから出発する「雄国沼」行きのアクティビティー・ツアーに申し込んでいた。
が、出発の前夜
「現地までの道路に崩壊の危険があり通行止めになりました」と連絡があった。

今回の第1目的のニッコウキスゲの群落を見られないなんて~
それはないよ~
と、憤っても、所詮相手は自然。
どうしようもない
歩いて行くことも考えたが、相当の距離があるようだし、雨の天候では諦めるしかない。

さて、どうしよう・・・と考えていたら、
ホテルから1日に数回、猪苗代駅までの送迎バスが出ることが分かった
時刻表を調べたら、夕方までにホテル⇔猪苗代⇔会津若松との往復ができ、市内見物も5時間程できそうなので
急遽、会津若松へ予定変更

      


9時過ぎ、会津若松に到着。
駅前には白虎隊の若き剣士の銅像が迎えてくれた。



駅前から出る、30分おきに市内を循環する「ハイカラさん号」バス
一日乗車券は500円



まず訪れたのは「鶴が城」
戊辰戦争でも何とか残った鶴が城だったが、明治にすべて撤去されてしまった。
が、市民の願いが叶い昭和40年に復元されたそうだ。



ボランティアガイドさんにお城の説明をお願いした。
会津若松の方の、お城に対する誇り・愛情をひしひしと感じた1時間。
(30分でお願いした案内だったが、倍の1時間にオーバー・・

      

 
お城ガイドさんから「歴史がお好きなようだから、是非に!」と勧められた武家屋敷
当時の武家屋敷は戊辰戦争のために残っていないので、
郊外に家老屋敷(西郷頼母の屋敷)を復元したとのこと。

中で印象に残ったのは、西郷家老一族が自刃した様子を再現した部屋。
奥方はともかく、小さな子供達まで一緒に・・・
無念と悲しみが伝わってくる・・・
いつの時代も、戦争は悲しみを生むだけだと強い憤りを感じた。

      

次にどうしても行きたかったのは「飯盛山(いいもりやま)」
あの白虎隊が壮絶な死を迎えた場所だ。


飯盛山の入口には左の長い階段と、右のエスカレーターがある。
若い人は階段を上るのだろうが、私達は当然エスカレーターで。


階段状のエスカレーターではなくスロープ状になっているので、脇の手すりをしっかり持って楽々乗車
(確か250円也)


まず最初に、白虎隊19士のお墓に手を合わせる。
戊辰戦争で16~17歳の若い命を散らした悲しい出来事に胸が痛む。
(中には13歳の子もいたとか)


白虎隊が最後に眺めた会津の町。
今では高いビルなどに囲まれて探しにくいが、当時はお城がすぐに目に入るはず。
白虎隊の20人は、この場所から、城下が火に包まれる様をどんな思いで見たのだろう。
(辛うじて1人だけが助かったが亡くなるまで当時のことを話すことはなく、
 その死後に当時の様子を書き残したものが見つかったらしい)


 
飯盛山から下りる途中にあった「さざえ堂」(正面と横からの写真)

江戸時代中期の仏堂で、上り下りが螺旋状になっていて同じところを通らずにすむ珍しい造りになっている。
横から見ると確かに「さざえ」のような巻貝形状で面白い。


急に決めて行った「会津若松」
以前から気になっていた白虎隊の最期の地に立つことも、お墓に手を合わせることもできた。

ニッコウキスゲの群生を見る旅から、会津若松への旅に替わってしまったけれど、
期せずして心に残る旅となった
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