風まかせ放浪記

バイクといろいろ日記帳

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松江道草日記

2012年11月29日 21時47分39秒 | 読書感想文
今朝は、早朝に広島を出発して、松江に向かった。車窓から、どんよりとした、山陰の空を見ながら、うとうとしているうちに到着。1件のご挨拶を済ませたあと、お昼タイムはいつもの「出張道草」だ。前回は、山口方面出張のついでに、笠戸島で美しい海を見た。今回は、宍道湖のしじみ漁船を横目にみながら、松江城から小泉八雲記念館を案内してもらった。小泉八雲といえば、ギリシャから日本に帰化した、新聞記者であり、随筆家、小説家、日本研究家だ。東洋と西洋の両方に生きたのだとか。現地で知ったのは、俳優の佐野史郎さんが、松江が故郷だそうで、彼のHPに書かれていた「拝啓、小泉八雲様」 http://www.kisseido.co.jp/column/yakumo.html という手紙には八雲の作品「日本人の微笑」や「神国の首都―松江」にも言及されたいた。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は1890年に来日、その後1896年日本に帰化し、小泉八雲の名で『怪談』などを著した。『日本の面影』とは海外の雑誌に発表された文章をまとめたものである。つまりラフカディオ・ハーンが目にした日本人とは、今から百年前の日本人のことなのだ。『日本人の微笑』の中で彼は、欧米人にとって不可解な日本人の微笑について、いくつかの例を引いている。以下は引用だが、我々、日本人が失ってしまった大切なものを垣間見た気がした

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「自分の夫が亡くなったので1日ひまをいただきたい」と微笑みながら雇い主の英国夫人に告げ、その晩骨壺を持って戻ってきて「これが私の夫です」と笑い声を立てすらしながら話す日本人の女中。また、走ってくる馬に気づかず、道を遮るように車を止めてしまった人力車の車夫が、梶棒が馬の肩に当たってしまったため逆上した騎乗の英国人に、鞭でしたたかに殴りつけられたとき見せた礼儀正しい微笑。あげくは雇い主の英国人から不当な怒りをぶつけられた老侍が、ののしられ、殴られながらも終始くずさず見せ続けた微笑とその後の彼の自刃。

これらの事例を読んでいるうちから、私は瞼の奥に熱いものがこみあげてきてこらえることができなかった。理由は明快、この事例の日本人たちの心中があまりにもリアルに迫ってきたからである。とくに夫の死を告げる女中の心中やあまりある。自分の身内のこと、とくに身内の不幸などを公にしなければならないとき、きまって微笑む人たちがいる。これは伝える内容が深刻であればあるほどその度合いは強くなる。これは『相手に不快感を与えまい』とする最大限の努力の表れだ。できるなら言わずに済ませたい身内の不幸をどうしても伝えねばならない。身を切られる思いで微笑しただろう女中の心中を思うと今でも目頭が熱くなる。日本人はこんなにまで相手を慮る民族なのだ。

そして私にもその日本人の血が流れているのだとも強く思った。人力車の車夫についてもそうだ。全面的に自分に非があると認めたとき、相手の態度に対して全く無抵抗であるばかりでなく、さらにその相手の心証を害さぬよう痛みをこらえて微笑む人たちがいたはずだ。老侍にしてもそうだ。例の中では述べなかったが、彼は以前に雇い主に対して借りがあった。むろん借りは返したものの、いったんは恩義を受けた相手に対して手を挙げる、ましてや刀を使うなどということは言語道断だったはず。しかし理不尽な恥辱を受けてはおめおめと生きてはゆけぬ、そういう意味での自刃であったのだろう。

こうして考えてゆくと百年前の日本人は『お互いを察しあう』ということに優れた人たちだったのだと思う。目上の人間は下の者の状況を思いやり、目下の人間は相手の心証を害さぬように努める。俗に『人様に迷惑をかけないように』という教えは、その字句通り相手を害さぬことだけでなく、相手の立場や心証までを慮るというところまで行き届いていたのだと思う。私の子供の頃まではこういう感じが身の周りにあった。深刻な話をするときでも、感情を露わにせず友好的に接する術を心得ている大人たちがいた。

翻って今の日本の風景を見ると、自分以外の人間はいないも同然、というより自分にとって都合のいい人間以外はいないほうがいい、と思っているふうな言動をしている、自己主張ばかり強い若者の姿が浮かぶ。あの、お互い同士が相手の立場を思いやって、ときに自分の感情を押し殺してまで見せた微笑はもう存在しないのだろうか 確かに今の世の中では、自己犠牲がすぎると嫌みであるばかりでなく、本人にとっても決していいことではないとは思う。しかし周りの人の感情を推し量りつつ、軋轢が生じないように察しあって生きることも必要なのではないか そういう精神性を持ち続けたいと願った一日であった。
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2 コメント

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Unknown (nihao)
2012-12-01 15:46:25
どのような苦境にあっても自分の感情を押し殺すことができる資質を、日本人は美徳と考えていますが、これは外国人にとっては非常に理解しがたいものだと思います。
小泉八雲は、繊細な日本の精神風土を理解できた非常に稀な外国人です。
だからこそ優れた日本研究家として後世に名を残したのでしょうね。
小泉八雲といえば、私の記憶の中の一番は『怪談』です。
中でも『耳なし芳一』はとても怖かった。
映画『怪談』もよく覚えています。中学生か高校生の頃に見ました。
『雪女』の壮絶な美しさが記憶に残っています。
当時にしては、かなりの費用をかけて丁寧に作られた映画だったと思います。

又三郎さん、出張道草はビジネスマンの役得ですね。
私もいつか松江に行って記念館をたずねてみたいと思います。
nihaoさん (管理人)
2012-12-01 20:02:47
そうです。耳無しほういち、雪女など何故か怪談話なのですよね

ハーンが暮らした小さいけれど庭園つきの武家屋敷は素敵でしたよ。機会があれば是非ともお運び下さい

そうなんです。僕が地方に出かけるときは必ず出先で道草を食うという事がすっかり定着してしまい

運転手さんがスケジュールを掌握するついでに行き先の名所旧跡を案内して下さるので

お礼のお返しにお昼をそこの名物を案内して頂きご馳走するというのが定着して喜んでいます

そのうちに帰りの時間を早めに切り上げて立ち寄り温泉なんかいいなあ(^^)なんて思ってますが、そこまでは流石に不謹慎かなあ~!(⌒~⌒)

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