イースターから急激に春めくのだが、今年は毎日雪、聖金曜日の今日は、本格的に降っている。一昨日雪の庭にアムゼルがいて、八百屋にはシュパーゲルが並んでいた。どちらもそろそろ本格的なシーズンだが、この気候では、あまりピンとこない。宿泊施設は各国の研究者用で、中庭や玄関ではごく普通に会話し、情報を与え合う。また知人と偶然会うこともあり、昨夜は、図らずも夕食をともにした。知人はほとんど飲めないが、話が止まらず、楽しいひとときだった。前日に行った店では、ここの住人もよく訪れるのだ、と気さくなマダムが話してくれた。周りにはなにもないが、環境は静かである。人気があるので、空いていないことも多く、今回も7月までは無理、と言われたが、直前に入れることになった。気に入ったのは、お湯がふんだんに出ることと、テラスルームが大きい。こちらは台所のシンクや家具など原色が多く、ここも赤である。旅行では3週間程度が多く常に、帰りを気にして行動していたが、それともまた違う。イースターの休暇が終わる来週から、本格的な生活に入る。まだまだやることは山積みだが、それもまた大切な経験で何かの役にまた立つのだろう。雪は止みそうにない。まるでクリスマスのようだ。
JRのキャンペーンで、2400円で成田まで行ける。空港便で荷物を送ったら2000円ほど、値段がほとんど変わらない。それでも便利なので、利用するが、前日に送付したものが破損したと連絡が入った。一番信頼がおけると、多少高くてもお願いしたのだが、連絡もあり、同等の代替えも用意したというので、まあそれほどひどくあるまい、とたかをくくっていたが、3時間以上の余裕を見て空港へ向かった。見て驚いた。右側のローラーの部分が陥没し、使い物にならない。荷物を開けリモワの代換えの物に、詰め替えぎりぎりにチェックインできた。旧友と義母が見送りに来てくれたが、話もほとんど出来ずに別れた。いつもはLHを利用しているが、ドイツの税関が厳しいので、同系列のスイス航空にしたが、座席や、車いすのオファーが良くない。機内食は最初は肉か野菜のどちらかのチョイスで、2度目は選択の余地なし、軽食は水とおにぎりというすさまじい内容で、味がまずくて、ほとんど口にしなかった。チーズのプレートもチョコ食べ放題などHP上での売りは全くない。トランジットがまたひどくて、最も乗り継ぎが良い便と会社が選んだ物が、10分でも遅れたら、間に合わなくなると職員にせかされ、混んだ列に横入りし荷物を詰め込みぎりぎりにチェックインした。しかし機内で確認したところ、携帯電話二個とデジカメが見当たらない。空港に着いたら連絡してもらおうと、出てきたトランクを積みピックアップに来た助手と事務所に行ったところ、電話番号を渡され、自分で電話を掛けろ、ただし5時までなので明日だ、とめんどくさそうに言う。タクシーで居所に到着、荷物を下ろしたところ、自分のスーツケースのバランスがおかしいので見るとローラーが根元から割れて紛失している。部屋に入り、代換えのケースを見たら、鈎が引きちぎられていて、機能を果たしていない。かろうじてベルトを二個していたので、大きくは開けられなかったが、手を入れられた気配がある。翌日教えられた番号に電話を掛けたら、アナウンスが流れ別な番号に掛けろ、というので、そちらにかけたが、繋がらない。サービスセンターに掛けてもその番号に掛けろの一点張りでらちが明かない。HPを見たら、自分でアクセスし確認しろと出るので入力していくが、空港の郵便番号を入れろだのわからない項目が山とあり、送信にたどり着けない。バゲッジクレームには一週間以内にフォームと証拠写真を提出しないと保証してくれない。カメラをとられているので、方法がなく、電話も連絡に必要なので、どちらも購入し余分な出費をすることになった。復活祭の休日があるので、仕方なく日本まで時差があるので朝の4時に国際電話をかけた。有料なのだが、いきなり混み合っているから待て、のアナウンスが入る。これはあまりにひどすぎる。ファーストの客にはまさかこんな対応はしないだろうから、明らかに差別である。トラブルがあったときの対応に航空会社の質が出る。この多大なストレスと不愉快さと時間のロスを考えたら、ビジネスクラス以上の運賃を自腹で払っても、と言う気にもなるが、そうも行くわけもなく、二度と利用しない、と思うだけが関の山だ。二度と利用したくないグループは他にいくつかあるが、それの仲間に今回ここも殿堂入りを果たした。付け加えるが、ビールもアイスも日本の某ブランド、溜息物である。
かかりつけの美容師とは長い付き合いで、他の美容室に行った事は殆どない。おしつけもなく、発言も的を得ていて、黙っていても不満なく仕上がるし、余計な事を言わなくて済むので、今後も多分何かない限りは、お世話になると思うが、いかんせん行く回数が多くないので、あまり貢献しているとはいえない。以前は銀座だったので、行きやすかったが、現在は渋谷、人が縦横無尽に歩くので、気を使いどっと疲れが出る。昨日覚悟して出かけたが、意外と街中は空いていて驚いた。時間はかかるが、最寄駅から始発、終点のバスがあり、本数もある為いつもそれを利用する。帰りに何か配布しているので、貰ったところ缶コーヒーかと思ったら栄養ドリンク、ティッシュかと思えばあられせんべい、ところ変わればで妙に感動した。病院の行き帰りにお世話になるマイクロバスの運転手とたまたまあったので、さしあげたところ、大変喜ばれた。どうも高価な商品の試供品らしい。さて、この美容院はおしゃれではあるが、やる事は先を行っていて、曜日と時間を限定して保育士に面倒を見てもらう間、母親が髪をセットするという画期的な試みをしている。予約時に念を押されたが、その日しか時間が取れなかった私は、丁度その時間に予約する事となった。赤ちゃんが来ていて、当初大人しかったが、どうもおしめが汚れたらしく大泣きし出した。何とか泣きやみセットも終了、客は私しかいなくなり、途端に静かになった。店長が、謝りも兼ねてご挨拶にきた。レストランでも、子どもが走り回り大騒ぎして不愉快になり、二度と行きたくなくなる店の方が多い昨今、これだけ気を使われると何とはない気分になる。人の感情というのはこういった気遣いに負うところが少なくない。髪も心もリフレッシュし、ほぼ一日がかりとなったが、とてもさわやかな気分で帰宅した。
年を重ねていくと、一年という時の重さをひしひしと感じるようになる。歩行に困難が出るようになってからは特に顕著で、来年はまだ自分の足で歩けるだろうか、迷惑をかけることなく行動できるだろうか、と。それは月や日ではなく、一年という時の単位で心にのしかかってくる。それも春、桜の咲くころ、なぜなら時分がそれを基準に定められているように思うからである。新学期、新年度、新学年。その中には、旅立ち、別れが多数存在する。前年度にあった事も区切りをつける季節である。昨年父を失った時以来ずっと、父はただ長い旅行に行っているだけ、受話器をとれば、あるいは訪ねていけば間違いなく、そこに存在するように信じて疑わなかったが、一年たった今は、存在の消えた事実を漸く、自然に受け入れられるようになった。先日団十郎の辞世の句を見て、父の姿が重なり、涙が止まらなかった。生きるという事は辛い運命をも受け入れる事だが、喜びもまた追求すること。ただ悲しいのは生命は、いきなり途切れるものである事を常に心に留めておかなくてはならない。若くとも、年老いても。
女性週刊誌がとても不愉快だと感じていて手に取る事もないが、普通の週刊誌のレベルも低下したように思う。報道は売らなくてはいけないのでニーズを読者に合わせるので、これは問題が大きい。芸能、スポーツ、政治が多いが最近は、皇室の問題も多い。妃の弟が離婚するだの関係のない話題にまで飛び火する。金銭感覚なども取りざたされているが、話題の当人は、ダンスができるホールの或る家屋敷で、使用人を使い、部下がかしまずき、欲しいものは何でも手に入るような家庭で生まれ育ったのだから、いまさらこの程度で我慢しろ、といわれてもそれは困難だろう。こういう事態は当初から予測されていたが、それでもと無理じいした結果が精神的病、本人にとっては迷惑千万である。それを報道されれば、また苦痛を与えられるだろう。子供にもかなり影響する。当初は、自分の選択だからと冷静に見ていたが、促した相手に問題があったのだろうと思えるようになった。一人負える大きさの荷物ではないが、どの方向にももはや行く事が出来ない。
ブームとなっているが、なかなか難しい作業である。一番いいのは、ひっこしや、来客の際の掃除で、この時は、不思議とさばさばと片づけられる。困るのはゴミで、大量に出るし、日程によっては、出すのにも苦労し、またl量があるので、気も引ける。大体週に2回が収集の通例で、集合住宅なら常時出せるが、それ以外は出せないので、勤務先まで持って行って無理を言ってお願いしたりする以外方法がない。一時はコンビニに捨てる人が増えたため、現在はお断りの標識があったり、外にゴミ箱が置いていないところも増えた。近くに頼める人がいれば良いが、そうもいかない。しかし大量に洋服があるようでも、片づけてみるとそうでもない事に気づく。ここ数年高価な洋服など購入していないが、滞在する時は待遇が変わるので、それなりの装いを、と夫から釘を刺された。美容院にも出向き、もう長い付き合いのスタイリストにお願いする。一度金髪にしてみたいと少し思うが、勇気がないのでまた同じ髪型で帰ってくる事だろう。
スマホが主流となり従来の携帯電話が下火となっている。タブレットも順調でパソコンにかわる勢いである。しかし価格だまだ高く私も欲しいとは思うが、まだ手に入れていない。病院の帰途、シルバーシートに座っていたら、外国人の妊婦バッチをつけた女性が乗ってきた。私の隣と前の座席は若い女性、斜め前は若い男性だったが、席を譲る気配もない。目立たないとはいえ、気付かないはずはないのだが。隣の女性が私の肩に時折触れるので、何気なく見たら、この席では認められていないにもかかわらず、スマホをいじっている。席を空けない件もあって、何を一体見ているのだろうとじっくり覗くと、落下する物体を撃ち落とすゲームをしていて、ものすごい勢いで指を動かしている。ゲームは好きな人にはこたえられないものなのだろうが、高い機器で電力を使い、通勤途上の混んだ電車のシルバーシートで、やるほどのものなのだろうか。健康上も良くない。夫が言うには、ぼおっとしているとか、何かを観察したり考えるという事が出来ない人が増えているのだという。さりとて現状に満足しているわけでもなく、注意すれば反論してくるし、刃物で切り付けられかねない。吉祥寺でも悲惨な事件があった。いやな世の中になったものだ、と溜息がまた深くなる。
桜餅、というと関東では長命寺、関西では道明寺が一般的で、好みも分かれる。私は道明寺党で、桜の葉まできちんと頂く派である。試し買いで、手作りキットがあり、挑戦してみた。水に粉を浸し数十分、鍋に砂糖を分量入れ、火にかけ糖蜜を作り、先程の粉と合わせる。上にラップをして鍋に蓋をしてまた数十分。均等に丸める。あんも丸めておく。水をつけながら楕円状にして、餡をくるみ形を整える。桜餅の葉を水洗いし、水気をとりくるんで出来上がり。簡単といえば簡単だが、それなりに手間がいる。しかし出来上がるとこれがとてもうれしい。和菓子店で販売している物に比べると、味は雲泥の差だが、とても温かい気持ちになる。今度海外に行く時はこのキットを持参したいが、なかなか手に入りにくい。和菓子だけは海外では入手できず、人にも持参を頼みにくいので、これは「めっけもの」である。ただ、餡が重量があるのが一つの課題である。
以前、住宅ローンを組んで返済している一定期間内に、海外赴任すると、帰国後減税措置が全く受けられなかった。そのため配偶者を国内に残したりする人もかなりいた。額が大きく当然返済は続いているのだからおかしな話である。対象人数が増え、政府は対応せざるを得なくなり、帰国後もうけられるようになった。これで数百万は違うのだから、嬉しく感じたが、まだまだ考えてほしい制度が沢山ある。昨年近くの銀行に換金に行ったら、パッケージしかなくそれも販売数に限りがある、という。専門の子会社を紹介され、手間と時間と金銭をかけて仕方なく出かけた。まだ東京だから良いが、以前千葉市内で行おうとしたら、私が大量に行ったので、後続の人が購入できなかった。後ろめたく感じてしまい、他の支店にはないのか、と聞いたところ、なんとその店と成田しかない、と言われ大変に驚いた。そして今回は民営化された郵便事業。相変わらずの殿様商売で、担当以外の事は知らぬ存ぜぬがまだまだ多い。海外に居住する人間には、たとえ親族を指定しても、転送は行わないという。それなら郵便物はどうするのか、といえば、おくり主に転居先不明で戻るか、万単位で費用がかかるが、自分で業者に依頼し郵便受けから取り出してもらい、転送してもらうほかない。止め置きも一切効かない。どこでもそうなのか、と思えば最大手の宅配は勿論無料で転送手続きをとってくれる。このよう事は昨今珍しい話ではないので、一考を願いたいと思い、メールを送ったところ、なんと「そんなサービスはしていないので引き受けかね、考えるべくもない」という返事。転送が「サービス」とは私には到底思われない。郵政の当然の業務ではないだろうか。その上何らかの方法を考慮すべくもなく「ひきうけかねる」という一語は嘆かわしく、腹立たしい。最後にとってつけたように「これからもよろしくお願いします」と心にもないしめくくりがあり、なおの事不愉快さを増長させた。名前も電話ももちろん書き、再度今後の課題の提起を促したが、なしのつぶてである。どうせ所詮こんなものなのだ、と諦めるほかない。まあ税金でこの会社の職員を面倒見なくなった事だけ、少しは気持ちが楽にはなったが。