かふぇ めらんじぇ

und SchwarzwaelderKirschtorte mit Sahne

2016-11-05 16:23:00 | 日記

どんなに否定しようとしても、運とかツキはなんだかんだいってもあるように思う。たとえば一日東京に帰るのが遅ければ、昨日止まった新幹線で身動きとれなくなっていただろう。といった具合だ。もっと極端だと特攻隊で2度出撃したがどちらも飛行機故障で生存した、など。今話題のアイドルグループの衣装、欧州を仕事拠点とする我々にとっては恐ろしいほど無知で恥ずかしい行為である。それが伝わらない日本国民がかなりいる。いなければこのようなグループにおもしろ半分に衣装を着せよう、などとは絶対に考えないだろう。強制収容所の内部を知らないまでも事実を認識しているだろうか。その前の沖縄問題もそうだ。人間は特に差別や人権の複雑な問題には慎重すぎるほどに気を配る必要がある。人の気持ちの深淵は計り知れず、人間はその苦しみと常に闘っていることを肝に命じるべきだ、と思う。強制収容所で一発の弾丸の無駄の為に子を抱いて共に殺された母親、記録も無くいつどこで亡くなったのかもわからない膨大な囚人。部屋や別途やトイレ、ガス室そうその地面にさえどれだけの流血があったか。そこには未だに死体を焼く匂いが残る。当事者ではない我々にすら言葉が失せるような情景が蘇る。アンネの自筆の手紙がオークション出された、と言う。収容所でなくてもその隠れ家には彼女の存在した息吹を感じることが出来る。人の感情は肉体が無くなっても消えることは無い。とくにそれが悲劇で心残りが大きければ大きいほど。当のドイツ人でさえ計り知れない罪の重さを自覚し、ユダヤの気持ちを尊重しているのに、遠く離れた日本でおもしろおかしい行事の一環としてこのような事をされたのでは耐えられないだろう。私はそれよりも無知の恥ずかしさを同国民として感じる。それを容認しようとする人も。この写真は抹殺して出さないで欲しいのだが、常に出てくる。衣装もそうだがこのコスチュームでへらへらと笑っている少女と共に、提供した洋服の会社も、着せるように指示したプロデューサーにも怒りを覚える。欧州の在留者はさぞ、肩身が狭かろう。まだまだ日本は国際化とはほど遠い。

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