加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【二人だけの貸切りシアター】

2016年01月30日 | 映画・音楽・芸能・文化

娘と二人でレイトショーに出掛けた。無音小型バギーや軽量飛行機など最新テクノロジーを駆使して、2万年前から現在へと至る地球の歩みを、動物目線で撮影したネイチャー・ドキュメンタリー、「シーズンズ 2万年の地球旅行」を観るために。
座席を決めようとしたら受付嬢が、「どこでも空いてます」「えっ、貸切り状態?」「はいっ!」「それは贅沢な」と言う訳で、二人だけの貸切りシアターと相成った次第である。


【手土産にはいつも悩まされる】

2016年01月29日 | 雑感・思考・追憶・回想

他所の家を訪れるときには当然、手土産持参ということになるのだが、ほとんどの場合、菓子類を買って持って行く。そこで迷うのが、どんな種類のものを持って行ったらいいのかと言うこと。何せ人の好みは解らない。結局は自分が食べてみたいと思うものに落ち着いてしまうんだけど。
もっとも、食べてみたいと思って買って持って行ったところで、先方がその場で開けて、お茶請けとして出してくれるなんてことは、ほとんど有り得ないんだけどね。ハハ…。

【白菜縛り】

2016年01月28日 | 生活・飲食・家族・飼犬

白菜を紐で縛ってある光景は、冬の風物詩だ。白菜を縛る理由は霜枯れを防ぐためで、外側の葉で包むようにして縛ることで、中の葉を霜から守り保温効果もある。
そう言えば年が明けてから、やたら白菜ばかり食べさせられてるような気がするなぁ。白菜は好きだけど…。

【霜の華】

2016年01月26日 | 自然・生物・植物・園芸

朝日に照らされて解けはじめている車のフロントガラスの霜が、薔薇の花のような造形を描いていて面白い。

【雪の朝の来客】

2016年01月25日 | 自然・生物・植物・園芸

今冬二度目の降雪。予報に反して先日より積雪量は少なかった。駐車場にハクセキレイが訪れていた。


【雪は降る】

2016年01月20日 | 自然・生物・植物・園芸

2016年1月20日早朝。当地域における初雪。

【確定申告の落とし穴】

2016年01月15日 | 雑感・思考・追憶・回想
普通サラリーマンは年末調整があるので、余程多額の(年間10万円以上)医療費でも支払っていない限り、確定申告をする人は、そうは居ないのだろう。医療費控除と言うのは、支払った額から10万円を引いた額の1割が戻ってくるとされているが、実は医療費の還付ではなくて、支払った医療費は控除額に合算されるので、既に支払った所得税の一部が返還されると言うことなのだ。

仮に一年間で支払った医療費が 40万円とした場合に、確定申告をすれば、40万-10万×0.1 で、3万円が返ってくると思い勝ちであるが、それは飽くまで、その金額以上の所得税が源泉徴収されている場合であって、納税額の少ない低所得者或いは非課税と言った場合には、納めた分だけの税額が返るか若しくは1円たりとも返ってこないことも有り得るのだ。

過去会社勤めをしていた頃には、毎年の医療費(家内の)が結構高額だったため、律儀に確定申告をして、上述した計算式の額が返ってきていたのだが、年金生活者になって初めての確定申告をしようと、パソコンで国税庁の確定申告書等作成コーナーにて入力し、表示された返還額の差異に首をひねり、初めてその仕組みを知った次第ではある。

極論を言えば、仮に年間の医療費が 100万円掛かったとしても、1円も税金を払っていなければ(非課税)、確定申告をしたところで、1円の金も返ってこないと言うことになる。

【赤と白の豊穣】

2016年01月14日 | 自然・生物・植物・園芸
今年は万両が、おびただしい数の実を付けた。白実万両と赤実万両の二種が、あちらこちらに植えてあるのだが、どちらの色もこれまでにない豊穣さである。株元に目に移せば、これまた大量の鳥の糞が積み重なっていた。実を啄(つい)ばみに、色んな野鳥が訪れるのである。







【随分使い込んだものだ】

2016年01月11日 | 生活・飲食・家族・飼犬

いわゆる庭箒であるが、もう何年使い続けているんだろう。すっかり擦り減ってしまって穂先なんぞ半分ほどの量になってしまっている。それでも手に馴染んでいると言うか、使い勝手が良くて、なかなか捨てられないでいる。他にも箒は幾らでもあると言うのに、何故か使い心地が気に入らなくて、結局ボロボロのこの箒を使い続けているのである。
庭の掃き掃除(主に落ち葉の掃除)はわたしの日課となっているのだが、果たしてあとどれくらい使い続けられるんだろうか。今となっては愛着も一入である。箒であっても放棄できない…なんてね。


【金木犀の木を自分の背丈ほどに切り詰めてしまった】

2016年01月09日 | 自然・生物・植物・園芸

年明け早々に、思い立って金木犀の木を、自分の背丈ほどの高さまで切り詰めてしまった。思い立った時に思い切ってやってしまわないと、またズルズルと先延ばしになってしまいそうで。
脚立に登っての剪定が年々億劫になってきているので、主幹やら枝やらバッサリと切り落として、裸木同然にしてしまった。2~3年掛けて、こじんまりとした玉作り風に樹姿を整えていくつもりである。

【年の始めの例(ためし)とて】

2016年01月06日 | 乗馬・競馬・趣味・道楽
一年の計は金杯にありと言うことで、おみくじ感覚でもって、お賽銭でもあげるつもりで東西の金杯に1,000円ずつ投票してみた。それぞれ軸1頭流しの三連複での初betである。京都金杯は外したが、中山金杯の方がかろうじて的中した。人気サイドでの決着のため、三連複配当は1,850円だった。

東西で2,000円購入して1,850円の配当ならば150円の損失と思われるかも知れないが実はそうではない。中山金杯はスタート直前になって9番の馬が出走除外となったため、9番絡みの買い目は返還される。従って実際の購入額は600円であり、2,000円に対して2,250円が払い戻されて、250円の儲けと言うことになる。年明け早々何ともスケールの小さな話ではあるが、まぁ、これ位が平和と言うことなんであるな。

  


【浮雲】

2016年01月02日 | 雑感・思考・追憶・回想

雲ひとつない晴天の日もあるにせよ、基本的に、空に雲はつきものである。日々雲の姿を目にしてはいても、二度と同じ形の雲に出会うことは無いとすれば、雲とは、一期一会に通ずるものであるのかも知れない。

気象学的に見た雲の種類や呼称はさておいても、浮雲という響きが好きである。読んで字のごとく、空に浮かび、漂う雲と解釈すればいいのだろう。浮雲をして、自由気儘と捉えたい所ではあるが、しかし浮雲には、マイナーなイメージも付き纏ったりするのである。

(うきぐも)と読めば、憂き雲に通じ、(ふうん)と読めば、不運に通じて、不安定さの比喩ともなり得る。勿論「こじつけ」には違いないが、自身を投影しているように思えることも、無きにしも非ずか。

【寿がない、寿ごう、寿ぎます、寿いだ、寿ぐとき、寿げば】

2016年01月01日 | 雑感・思考・追憶・回想
新年を寿ぐなんてことは、ここ何十年来ついぞないことではある。正月が楽しかったのは、お年玉が貰えた子どもの頃だけのことであって、出す側に立場が転じてからは、親戚の子どもの多さに閉口したものである。

いまどきの子どもは恐らく、歌留多取りなんてやらないんだろうけど、そのむかし歌留多取りは正月の風俗だった。正月ともなると親戚の子ども達が集って、小倉百人一首に興じたものである。

つらつらと思い起こしてみるに、今でも幾つかの歌を断片的に覚えているというのは、我ながら驚きである。なんせ日常生活においては、固有名詞は言うに及ばず、思い出せない言葉の数が増す一方なのだから。

今となっては虫食いだらけの記憶で、すべてを諳んじている和歌はほとんど無いのだが、思いつくままに列記してみた。●部分は元々覚えていないか、忘れてしまった部分である。

君がため春の野にいでて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ
いにしへの奈良の都の八重ざくら ●●●●●にほひぬるかな
あしびきの●●●●●●●●●● ながながし夜をひとりかも寝む
田子の浦に●●●●●●●●●●●● 富士のたかねに雪は降りつつ
●●●●●●●●●●●●●●●●● いづこもおなじ秋の夕暮れ
忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ●●●●●●●●●●●●●●
ちはやぶる●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●

こうなるともう、和歌というよりは、ただの単語の寄せ集め以外のなにものでもない。