加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【黄胸熊蜂のホバリング 2】

2015年09月30日 | 自然・生物・植物・園芸

前回ブログにアップした後も相も変わらず、ほぼ毎日のようにメドーセージの花に訪れる黄胸熊蜂であるが、すぐ近くで観察していると、やはり相当に大きな蜂である。たしかに熊蜂という名前にも納得がいく。
目にすることがあまりにも日常的になり過ぎてしまって、今ではペットを飼っているような感覚で眺めている。

何とか会心のホバリング写真をモノにしてみたいと、気が向く度にデジカメのレンズを向けてはみるものの、やはり、いっかなジッとしていなくて、とてもその動きについていけない。とにかく直ぐにフレームアウトしてしまうのだ。デカイ図体に比して小さな翅で、よくもそんなに動き回れるものだと感心させられる。


【頃合を見て覗いてみれば、いつの間にやら花茗荷】

2015年09月29日 | 自然・生物・植物・園芸

ご存知夏の香味野菜といえば茗荷だろう。ただし、わが家の茗荷は夏茗荷(7月~8月)ではなくて、秋茗荷(9月~10月)である。汁物、酢漬け、和え物、炒め物、天麩羅、刺身のツマ、サラダなどなど、その用途も多種多様であるが、何といっても、素麺、冷や麦、冷や奴などの薬味として使うのが一番手っ取り早い。

茗荷は手間要らずで、何もしないで放ったらかしておいても、毎年同じところに生えてくる。時節だけ抑えておいて頃合を見て覗いてやれば、いつの間にやら地面からツクツクと花包が姿を現している。ズボラな私には打って付けの野菜といえる。
採りたての茗荷をその場で刻んで薬味にすれば、刺激性の香りと共に、茗荷特有の風味が味わえる。

そういえば昔っから、茗荷を食べると馬鹿になるとか、物忘れがひどくなるとかいわれるけど、こういった類いの言い伝えってのは、そもそも全くもって何の根拠もないんだよなぁ。



【努めてマメに豆菓子を食う】

2015年09月28日 | 行事・行楽・旅行・土産

わたしの豆菓子好きは、つとに有名なのである。まぁ、家族および一部親族の間においてではあるが。
家族の心中を代弁すれば、「何をか言わんや (訳:呆れて物が言えない)」とでも言ったところであろう。

犬山城へ行った折りに、城下町にある「豆吉本舗」で、三種類ほどの豆菓子を土産に買って帰った。もちろん自分への土産である。食べてみて気に入ったら、後日ネット通販で注文するという手もある。
写真は左から、幻のミックス豆(80g、390円)、チーズカシュー(100g、620円)、和三盆豆(76g、580円)。

・ 「幻のミックス豆」は定番中の定番であるが、定番だからこそ食べ比べてみたい一品なのである。
・ 「チーズカシュー」はカシューナッツとチーズパウダーの取り合わせが絶妙で、クセになる逸品だ。
・ 「和三盆豆」は大豆の干菓子と口溶けの良い和三盆糖とが相俟って、食べだしたら止まらない美味さ。


【小牧山頂に登ってみれば、耐震改修工事中】

2015年09月27日 | 行事・行楽・旅行・土産

「かかるついでに見奉り給はむや」、などと大袈裟に、源氏物語を引用するつもりはないが、「せっかく犬山城まで来たんだから、この機会についでに、小牧城にも寄って行こうじゃないか」、と提案してみた。

織田信長が築城し、清須から移った小牧山城とて、清洲城址へも行ったことでもあるし、ことのついでに信長の足跡を辿って、小牧山城へ行ってみるのも悪くはなかろうと、もっともらしい理屈をこねつつ、犬山城からの帰りがけに、小牧山へも足を延ばしてみることにしたのである。
「小牧・長久手の戦い」で、家康が陣を置いたことでも知られる小牧山(小牧山城)ではあるが、現在山頂にあるのは、昭和になってから建てられた、外観が城風(模擬天守)の小牧市歴史館なのだが。

それにしても迂闊であった。もっと下調べしてから行くべきだった。何のことはない、小牧市歴史館(小牧城)は耐震改修工事中とやらで、2015年の10月15日まで休館とのこと。それでも折角来たんだからと頂上まで上ってみたが、やはり歴史館は休館だった。天守閣から濃尾平野を一望したかったが仕方がない。
その代わり、たまたま山頂に居た地元のボランティアガイドのような親父さんが、歴史にまつわる諸々の話を懇切丁寧に説明してくれた。これがまた弁舌さわやかで、楽しいひとときを過ごさせて貰った。






【昼食は「でんがくの松野屋」に決めていた】

2015年09月26日 | 行事・行楽・旅行・土産

歩き回れば腹が減るということで、犬山城下町での昼食は、事前にネットで下調べしておいた「松野屋」で「菜めし田楽」を食することに。松野屋は中心の町並みから外れて、ちょっと離れたところに位置していたが、田楽のためなら歩くことなど、とんと厭わない。

もともと田楽は大好きで、「菜めし田楽が食べたいなぁ」と思う事がたまさかある。以前は岡崎にも西尾にも、ときどき訪れていた菜めし田楽の専門店があったのだが、どちらもかなり以前に閉店してしまったため、普段から菜めし田楽渇望症に陥っているのである。

定番の豆腐の田楽のほかにも、芋でんがく、肉でんがく、田螺でんがくなどを注文し、生ビールと共に久方振りの味噌田楽を堪能した。味噌の味も三河人好みの濃い味だったが、菜めしの乾燥菜だけは残念だった。





【犬山紀行とは、言うもおこがましいが】

2015年09月25日 | 行事・行楽・旅行・土産

たまたま清洲城に立ち寄った話をしたらば、「犬山城に行ってみたい」と娘が言い出した。まさか城に興味があったなんて思ってもみなかったが。こちらの予定表は常に真っ白なので、付き合う分には何の問題もない。
という訳で急遽、現存する日本最古の木造天守閣、「国宝 犬山城」行きを取り決めたのであった。

「言っとくけど、わたしはレキジョだからね」
「レキジョって歴史女子とか言う、あれか?」
「ううん、歴史みたいな難しいことは解らないから、史はいて、犬山城下町で食べ歩きしたいだけ」
「歴女じゃなくて歴除ってか。そんなこったろうと思ったさ。要するにオレと一緒じゃねぇか」

最初から自認していたとおり、肝心の城の見学やら歴史の勉強なんぞはそっちのけで、犬山城下町の古い町並みを、「あれが美味そう」「これも食べたい」と行きつ戻りつしながら、時々は展示館なども見学しつつ、歩き回ること二時間余り。結果的に歩数計は一万歩を超えていた。これだけじっくり見学すれば十分だろう。さすが国宝だけあって、犬山城は素晴らしかったなぁ…って、城なんて殆んど見てなかったくせに。

  
  
  

【野に咲く花の名前は知らない 2】

2015年09月24日 | 自然・生物・植物・園芸
♪ 野に咲く花の名前は知らない~~~。 随分古い曲ではあるが、1960年代後半にヒットした寺山修司の作詞による、「ザ・フォーク・クルセダーズ」の「戦争は知らない」の歌い出しの歌詞である。

朝露にズボンの裾を濡らしながら、川の堤を歩いているとあちらこちらに、生い茂った草に紛れて咲く野の花を視界の端に捉えることができる。ツユクサやマメアサガオなど(サツマイモと思しき花もある)、名前を知っている花もあれば、名前を知らない花もある。考えてみれば身近にある花も含めて、すべての花はもともと野山に自生する花だったわけで、最初から名前があった訳じゃないんだよね(誰かが命名するまでは)。





【シンメトリーな歯科治療】

2015年09月23日 | 健康・病気・見舞・介護
上下左右の親知らず(第三大臼歯)は4本とも、とっくの昔に抜いてしまっている。したがって、一番奥の歯は上下左右とも、第二大臼歯ということになる。ところが下の左右の第二大臼歯も、かなり以前に抜いてしまっていて、今はもうない。つまり、残った歯の数、位置関係においては、シンメトリーなのである。

更には、左上の第一大臼歯も、折れて抜いてしまったので、止む無く第二小臼歯と第二大臼歯にブリッジを架けて処置してある。さても今回、又しても右上の第一大臼歯を抜くことになり、左上と同じくブリッジ処置を施す事になってしまった。これで上の歯の数と位置関係・処置方法も、シンメトリーになる訳だ。

大人の歯の数は親知らずも含めれば、もともと32本であるが、現時点において治療痕のない健康な歯は、前歯と犬歯と第一小臼歯の、計16本くらいのもんである。つまり、まともな歯は、丁度半分になってしまった訳である。まぁ、人は進化して歯の数が減るって言うからねぇ…。減り過ぎだけど。(は抜歯、は橋)



【実るほど頭を垂れる稲穂かな】

2015年09月22日 | 読書・言葉・文字・漢字
みのるほど こうべをたれる いなほかな


人格者ほど謙虚であるという事をたとえた諺ではあるが、現実は中々稲穂のようにはいかないものである。ちょいとばかし実が入った(地位や金を手に入れた)人間ほど、頭を垂れるどころか逆に仰向いて、ふんぞり返ったりするものなんである。「オレは社長だぞっ!」な~んてね。
そんなことより実の入ってない人間は、元々垂れようもないんで、真っ直ぐ突っ立ってりゃいいのかな。

【彼岸花、炎と燃えて悲願花】

2015年09月21日 | 自然・生物・植物・園芸

山口百恵のアルバム「曼珠沙華(マンジュ-シャカ)」以降、マンジュシャゲやマンジュシャカと言った呼び方が定着してきた感もあるが、昔は誰しもヒガンバナと言っていた。秋の彼岸の頃に咲き始めるので彼岸花。

子どもの頃には親から「ヒガンバナには毒があるから絶対に触るな!」とキツく諭されていて、その毒々しく燃えるような赤い花を見るたびに、意味もなく恐れおののいていたことを、ふと思い出した。




(安藤川右岸にて撮影)

【清洲会議ならぬ清洲懐疑】

2015年09月20日 | 行事・行楽・旅行・土産

名古屋の中川区に住む姉の所へ行った折りに、「ついでに清洲城でも見て帰ろうか」と思い立ったのである。姉の家から清洲城までは車で40分ほどの道程であり、大して寄り道にはならないだろうと…。
カーナビで目的地を清洲城に設定し、国道302号を清須市に向けて走行していたところ、突然カーナビ音声が「○○Km先清洲東インター出口です」などと案内を始める。国道302号はその真上を、名古屋第二環状自動車道が平行して通っている。恐らくナビは上の高速道路を走行していると認識してしまっているのだ。
信号で停まる度に何度も一般道に設定し直しても「○○Km先清洲東インター」と、一向に修正が効かない。「なにほざいとんじゃ、このクソナビがぁ!」とナビに対して懐疑心を抱きつつ、案内を無視して走り続けた。

やがて、「目的地周辺です」とのナビの最終音声案内に辺りを見回すと、清洲城の天守が目に入ってきた。とりあえず駐車場を探さねばと、近辺をあちこちグルグルと走り回るも、進入禁止やら案内標識が全然見当たらないやらで、結局、駐車場に辿り着くまでに正味 15分も費やしてしまった。
「積極的に観光客を誘致する気があんのかい」と、清須市に対していささか懐疑的になる。

清洲城といえば織田信長の天下取りの出発地点であり、桶狭間の戦いに出陣したのも清洲城からである。2013年に公開された、三谷幸喜の映画「清須会議」でお馴染みの「清洲会議」もまた、清洲城で行われた。
現在、古城跡はJR東海道線によって二つに分断され、五条川に架かる大手橋を渡った対岸に清洲城模擬天守が築かれており、結局三つのエリアに分かれてしまっている。
JRの所為とはいえ、「まとまり感の無さはちと残念…」と、いろいろ懐疑にまみれた清須行きではあった。

 





【虎の尻っ尾か、キッチンブラシか】

2015年09月19日 | 自然・生物・植物・園芸
実に頑強な花で、少々植栽環境が悪かろうが地下茎で幾らでも増えて行く。放置しておいたら庭の一画を埋め尽くすほどに密生してしまった。その名を「花虎の尾」又は「角虎の尾」と言う。
「虎の尾」の名は、花穂を虎の尻っ尾に見立ててのこと。また、「角虎の尾」との呼び方は、茎が四角張っている(本当に茎が柱みたいに四角柱なのだ)ためである。

それにしても、トラノオと名の付く植物は実に多い。日本人はよほど虎好きなのか、それともただ安易なだけなのか。姿形の似たものに準(なぞら)えて命名するだけなら、別に、「虎の尾」にこだわらなくてもいいような気もする。現代ならさしずめ、キッチンブラシとか。……それはないか。

   


【この道は 行く人もあり 行く犬もある】

2015年09月18日 | 生活・飲食・家族・飼犬

「この道や 行く人なしに 秋の暮れ (松尾 芭蕉)」なんて奥深い句があるけれど、奥の浅いわたしとしては相も変わらず単調な生活に流されているのみ。
毎日犬の散歩で行き来する歩き馴れた土手道にも、秋の気配が漂うようになってきた。川面を渡ってくる風も涼気を帯びて、歩いていても汗を掻かなくなってきたのはなによりである。

秋の夕暮れに、神妙さを装って寂寞感でも語れば、リリカルな趣きを気取ることができるのかも知れないが、あいにくと語りたいのは空腹感である。はびこる草に足をとられながら、歩き疲れて腹も減り、今日の晩飯はなんだろうとか思いつつも、時季的にそろそろ、おでんが恋しくもなってきた。


【朝・昼・夜・真夜中とフルタイム、そして…】

2015年09月17日 | 行事・行楽・旅行・土産

娘が友達数人と、「うなぎパイ」で知られる浜松の「春華堂」へ工場見学に行ってきたらしい。ご存知「夜のお菓子」として有名な、浜名湖名産「うなぎパイ」ではあるが、夜だけではなくて、「朝のお菓子 すっぽんの郷」「昼のお菓子 しらすパイ」「真夜中のお菓子 うなぎパイV.S.O.P」と言うのもあって、「お菓子のフルタイム」と銘打って、セットで販売されていたりする。

それらの菓子類を土産として買ってきたのであるが、もう一品「生しらすのくぎ煮」なる佃煮も一緒に買ってきたのだった。となれば、わたしの目と気持ちは、釘煮の方に釘付けである。しらすも好きだし、佃煮も好きだ。その二つが合体したとあらば、これはもう最強のご飯の供まちがいなしではないか。早く食わせろ、さっさと食わせろ。他には何にもなくていいから、アツアツご飯だけ用意しろっ!


【さてもこの花たますだれ】

2015年09月16日 | 自然・生物・植物・園芸

ゼフィランサス。和名は玉簾(たますだれ)。名前の由来は「白い花を玉に、群がった葉を簾に例えて」と言うことらしい。確かに、密集した葉は簾のように見えなくもないが、花はどう見たって玉には見えないんだけど。ふつう玉って言ったら、丸っこい球形のものをイメージしてしまう。それとも美称としての玉なんだろうか。

それよりも、玉すだれって聞くと、どうしても伝統芸能(大道芸)の「南京玉すだれ」を思い浮かべてしまう。
ァさて、ァさて、ァさて、さて、さて、さて、さては南京玉すだれ、と言うアレである。
お目に止まれば元へと返す、ァさて、ァさて、さては南京玉すだれ。…そしてこの花玉すだれ。