加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【ダービーという響きがギャンブル魂を刺激する】

2014年05月29日 | 乗馬・競馬・趣味・道楽
春競馬もいよいよ佳境を迎える。今週はダービーウィークである。一生に一度のチャンスを制して3歳馬の頂点に立つのは果たしてどの馬なのか。皐月賞1、2着馬のイスラボニータとトゥザワールドが人気を背負うのは必然として、桜花賞2着から参戦するただ一頭の牝馬、レッドリヴェールにも注目の集まるところであろう。
そんなに荒れるとも思えないが、密かに狙ってみたいのがワールドインパクトとワンアンドオンリーである。要はどう買うかが思案のしどころではある。

たまたま去年の暮れから今年の2、3月にかけての絶好調期に、パチンコや競馬で儲け続けてストックしておいた資金を、ここで一気に放出するつもりである。もし負ければ秋競馬まで死んだフリを決め込むしかない覚悟で、男の勝負に賭けるのだ。
おっと…、あと、安田記念と宝塚記念の分を、チョッピリ残しておかねばであるな。



【オリーブの花咲けど】

2014年05月27日 | 自然・生物・植物・園芸
去年は剪定をせずに、ほったらかしにしておいたせいか、今年はオリーブが花を沢山つけた。ただ、花は咲けども実を付けるかとなると、そう簡単には行かないのがオリーブの厄介なところ。
つまり、自身の花粉では受精困難な、自家不和合性という特徴の故、違う品種のものを2本以上植えてやる必要があるのだ。一応2本植えてはあるものの、残念ながらもう一本の方は全然花を付けていない。こちらはうっかり花芽の付く枝を中途半端な時期に剪定してしまった所為と思われる。オイルやピクルスを目的としている訳でもないし、まぁ、いいか。





【アボカド発芽後の経過】

2014年05月26日 | 自然・生物・植物・園芸
種を植え、細い茎が一本伸びただけの状態から、数枚の葉が大きく成長してきたのが見て取れる。樹そのものの成長度合いがどれほどのものかは皆目わからないが、結実を目標に気長に観察を続けていきたい。




【諸説紛紛、甘茶でかっぽれ】

2014年05月25日 | 自然・生物・植物・園芸

裏庭の甘茶紫陽花(アマチャアジサイ=俗に甘茶)の満開が近い。思えば長い付き合いで三十数年前に通販で買った苗木を植えたものなのだが、以来成長とともに毎年梅雨時になると多くの花を咲かせてくれる。
甘茶は山紫陽花(ヤマアジサイ)の変種と言われるが、わが家には山紫陽花も植わっていて、確かに葉も花もよく似ている。甘茶紫陽花(ユキノシタ科)はウリ科の甘茶蔓(アマチャヅル)と混同し易いが(どちらも甘茶として飲用される)、本来の甘茶はアマチャアジサイの方である。

甘茶と言って直ぐに脳裡に浮かぶのが「かっぽれ、かっぽれ、甘茶でかっぽれ」という、はやし言葉。昔は映画やドラマの中のお座敷場面などで、芸者や太鼓持ちが「かっぽれ、かっぽれ、甘茶でかっぽれ」と歌い囃すシーンをよく目にしたものである。

そもそも「かっぽれ」とは何ぞやであるが、一番有力な説となっているのが「岡っ惚れ(片想い)」が詰ったと言うもの(鳥羽節のはやし言葉が語源という説)。
他方、新渡戸稲造の説ではギリシャ語のカルポーレ(収穫)が語源であり、かっぽれ踊りは収穫祭の踊りであり、或いは江戸初期に江戸城周辺のお堀をつくるために集められた人足が「かっ掘れ、かっ掘れ」と囃したところから来ているというものもある。

他にも、韓国語のカッポレ(帰りなさい)が語源だとする説や、イタリア語のアンマチャ・デ・カプリオーレ(酒を飲んで踊ろう)が語源だとする説などがある。甘茶紫陽花から随分話が逸れてしまった。



【穴は雪の女王】

2014年05月22日 | 乗馬・競馬・趣味・道楽
巷じゃ話題らしいがな。「穴は雪の女王」ってのが。なに、それを言うなら「アナと雪の女王」ってか。ふん、どっちだっていいやな。どのみちアニメなんぞに興味はねぇしな。

なんだ? オークスは「アナと雪の女王」が怪しいだと。7枠14番のブランネージュは「白くきらめく雪」って意味で、1枠1番のベッラレジーナのレジーナは「女王」って意味だから、二頭合わせて「雪の女王」になる? これぞ社会現象馬券ってやつで、「穴は雪の女王」かも知れないって…、あほくさ! 勝手に買ってろ!

ってぇか、もともと穴で狙ってた馬なのに、買いづらくなるじゃねぇか、そういうこと聞いちゃうとよぉ~!
なにっ、自分から言いだしたくせにだと? あれっ、そうだっけ?


【右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃ…】

2014年05月17日 | 乗馬・競馬・趣味・道楽
右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃチューイン・ガム、と歌ったのは美空ひばり。ご存知、いやご存知じゃないかも知れませんが、東京キッドという歌の歌詞であります。幾らなんでも古過ぎますな。わたしだって、まだ生まれちゃいない。ウソです。本当は、わたしの生まれた年の大ヒット曲です。当然のことながら生まれたばかりのわたしにはそんな事は解りませんので、後に知るところとなったのでありますが。

初夏の陽気に誘われて、久し振りに中京競馬場へと足を運んでみたのであります。吉川英治に倣って、右のポッケに夢を、いや、夢(大儲け)を買うための購入資金を入れて。そして左のポッケにゃ、たんまりと払い戻し金を詰め込んで意気揚々と凱旋する予定だったのであります。しかしながら、予定は未定で確定ではないとはよく言ったものです。予定のままで終わりました。そもそも一貫して、予定どおりに事が運ばないのが競馬の常ですから。

そんな訳で、右のポッケにゃ夢があった筈なんですが、どうした訳か左のポッケにゃ、外れ馬券ばかりが蓄積されていったのでありました。小さな投票券が特大有価証券に化けるか、タダの紙クズと化すかは、運否天賦の馬任せと言ったところでありますが、なにせ当方の内なる熱き声援も、当の馬にしてみたら、どこ吹く風の馬耳東風。かと言って馬には何の罪もありゃしません。夢を乗せて走ってくれるだけで、もぅ、それだけで充分でございますとも。



【もみくちゃにして楽しむのだ】

2014年05月09日 | 自然・生物・植物・園芸
そっと摘まんで揉むなんぞは手緩い。両手でグッと掴んでグシャグシャのグニュグニュのゴリゴリのムニュムニュにしてやるのだ。そうすると、それまで何ともなかった鼻腔まわりに仄かな芳香が漂いはじめる。そう、言わずと知れた、甘~いリンゴの香りである。

葉と言わず、茎と言わず、花と言わず、とにかく全体をひと掴みにして、ひねり倒して、もみくちゃにしてから鼻先に近付けてやると、それはそれは馨(かぐわ)しいリンゴの香の世界にいざなわれるのだ。見た目はどうってことない花だと思うのだが、この香りだけは嫌いではない。

「お父さんっ、なんでカモミール抜いちゃうのぉーーーーっ !!!!! 」



【恐るべし放尿の威力】

2014年05月07日 | 自然・生物・植物・園芸
家の外で庭仕事をしていたりする時に、突如として尿意をもよおしたりすることがある。じわじわと徐々に押し寄せてくる場合ならまだしも、時には急激な尿意に襲われることもある。こうなると一刻の猶予もならない。家の中に入ってトイレに駆け込むような余裕もあらばこそ、慌てて裏庭の定位置へと急ぎ歩を進める。

物置の横の一本の山茶花の木の根元に向けてそそくさと立ち小便をする。爽快である。男の特権である。自分ちの裏庭で立ち小便をする分には誰に咎められることもない。ましてや軽犯罪法違反で警察に通報される心配もない。気楽なもんである。どんなもんだ。別に威張るほどのことでもないが。

定位置と暴露したからには、もちろん一回だけのことではない。外に居て尿意をもよおす度に、足は自ずとそちらに向かう。人というものは度重なると常習化するのだ。昔は人糞尿を(実は発酵させたものでなければならないのだが)作物栽培の肥料としていたではないか。別に害は無かろうと自身に言い訳しつつ。

そんな不謹慎な行為を繰り返すようになって幾月ぞ。例によって立ち小便をしつつ、ふと目の前の山茶花の木を見遣れば、葉っぱが一枚残らず枯れ落ちて丸裸になっているではないか。そもそも山茶花は常緑広葉樹であって年中青々と葉を付けているものなのだ。それが見事に一枚の葉も無くなっているとは。

えぇええ~っ! これってひょとして、オレが頻繁に小便を掛け続けたせい? うっそ~、信じられなぁ~い!などとすっとぼけたことを言っている場合じゃない。枯れさせてしまったのか? 山茶花は死んでしまったのか? 実に済まんことをした。これからは場所を変えてするからなと反省しつつ、よくよく細枝の先を見れば、そこかしこに小さな葉芽が認められる。おっ、生きていたのか。そうかそうか。よかったよかった。



【アボカドを食べた後は】

2014年05月05日 | 自然・生物・植物・園芸
当然のことながら種が残るのであります。普通種までは食べないので捨てることになる訳ですが、別に捨てなくてもいいのです。捨てなくてどうするのかと言えば、栽培する以外にありません。
種の上の方を上にして、上の方を上ってのも変な表現ですが、アボカドの種には上下があるので、つまり根が出る方が下、芽が出る方が上なので、間違えないようにして鉢かなにかに植えてやります。
あとは水遣りの管理を怠らなければ、勝手に発芽してくるという訳であります。目指すはアボカドの自家収穫です。などと簡単に言ってはおりますが、実は実を付けさせるのは簡単なことではないのですが。
本来アボカドの木は 20 mほどにもなる常緑高木なのですが、そんなにでかくなる木を植えるスペースは確保できません。なので鉢植えにして1~2 mほどの観葉植物として楽しむのがよろしかろうという訳です。
あっ、つい言い忘れましたが、わたしはアボカドが食べられません。ひたすら種を植えるのみです。