加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【きっと充実してるんだろうと思う】

2013年07月30日 | 仕事・社会・地域・交通
以前会社にいたDaru女史(実は男だけど)。現在はフリーランスのデザイナーとして頑張っているようである。そのDaru女史からのコメントが書き込まれていたのであるが、一か月も前の記事に対してのコメントだったので、うっかり見過ごしていた。
人のブログにコメント入れてる割には、当のDaru女史自身は、ここんところ、ひと月以上もブログの更新をしていなくて、スポンサーサイトが表示されていた。
別にブログの更新なんかしなくても生活に支障はきたさないけど、仕事はないと即生活に影響してくる。そういった意味では、恐らく忙しい思いをしているのであろうと、逆に安心はしているのであるが。



【上映案内が新聞から消えた】

2013年07月29日 | 映画・音楽・芸能・文化
久し振りに映画でも観ようかなと思い、どんな作品を上映してるんだろうと、新聞の映画案内のページを開いてみたら、???、ない、ない、無い!  いくら探しても、シネプレックス岡崎の上映案内だけが、掲載されていないのだ。どゆうこと?
不審に思いネットで調べてみたらば、諸般の事情により2013年6月30日(日)をもちまして、中日新聞への当劇場の上映スケジュールの掲載を終了いたします。とあった。
諸般の事情ってなんだろとか思いながらも、一方で不便だなとの思いも拭いきれない。なんせ半世紀もの間、映画を観るときは先ずもって、中日新聞の映画案内欄で上映館や上映時間を確認してというスタイルを続けてきたのだ。長年の崇高な習慣を、今更ネットに切り換えろというのか。アナログ人間のこのわたしに。でもって、諸般の事情ってなんなのよ。



【朝顔を裏から見る】

2013年07月28日 | 自然・生物・植物・園芸
ふつう花は正面から見る。わざわざ裏側を覗く物好きはそうそういない。
今年はデッキの前のプランターに朝顔を植えたのだが、デッキは南向きである。そして朝顔も南に向けて花を開く。したがってデッキに出て煙草を吸うたびに朝顔の花を裏から眺めることになる。ほとんど花の裏しか見ていないのである。

ところで、金管楽器類の音量を増大させるためのベル部分のことを朝顔という。トランペットやトロンボーンを演奏するときは、必然朝顔の裏側を見ることになる。そういう意味からいえば、わたしは正しい朝顔の見方をしているともいえる。



【釈然としない気分であるな】

2013年07月27日 | 雑感・思考・追憶・回想
何かこう割り切れないというか、釈然としないというか。
テレビで夕方の報道番組を見ていたところ、女子アナ(それもベテランの)が笑顔でもって、「このあとは、今日の出来事です」と言ったのである。そう、実に爽やかな笑顔で。
ところが、その直後に流れたのは、高速道路における悲惨な死傷事故のニュース。それも、無残な事故現場の映像とともに。

見ている側としては、たとえコマーシャルを挟んだとしても、女子アナの笑顔と悲惨な死傷事故のニュースとは、時間軸で繋がっているのである。当然、女子アナにしたところで、次に流れるニュースの内容くらいは把握しているであろうに、と思うのであるが。

「何なの、アナタのさっきの笑顔は?」みたいな、なんかこう、ってぇか、つまり、ねぇ…。


【一体どういう了見なんだろう】

2013年07月26日 | 生活・飲食・家族・飼犬
わが家の固定電話はナンバーディスプレイ契約になっている。でもって固定電話に電話が掛かってくると、わたしの携帯電話に受信履歴が転送されるようにセットしてある。
登録してないところからの電話だと、電話番号が表示されるだけだが、登録してある番号からだと名称が表示されるので、どこから電話があったのかが解る仕組みだ。

これで4回目である。つまり公衆衛生センターから、わたし宛の電話らしいのだが、公衆衛生センターからわざわざ電話してくるとなれば、恐らく人間ドックの結果から鑑みて、精密検査を受けたかどうかと言ったような、確認の電話なんだろう。あくまでも、恐らくではあるが。と言うのも、わたしは一度も電話に出ていないのだから解らない。

1回目は、女房が電話に出て「はい、○○です」と応じると同時に、ガチャッと切れたらしい。数度の呼び出し音を聞いた後、先方が受話器を置くのと、女房が受話器を取り上げたタイミングが丁度同じだったのであろう。多分。
2回目は翌日の午後、留守番電話に設定してある時に掛かってきた履歴があるものの、特に留守録には何も残されていない。ただ2日続けて掛けてくるということは、とりあえず何か話したいことがあるんだろうくらいの想像はつく。あくまで想像である。
3回目は女房が出たらしい。わたし宛ということなので、会社に行っていて居ないと告げると、差し当たって直ぐに命に係わるといったようなことではないので、いいですモゴモゴ…とか言いながら電話を切ったらしい。
そして4回目の電話。今度はディスプレイを見た時点で、女房もわざと出なかったらしい。どうせ家に居ないわたし宛の電話と解っているからである。

それにしても一体どういう了見なんだろ。ちゃんと仕事してんのかオイッ! 誰だか知らねえけんどヨオッ、と思う次第なのである。毎回々々、午後の同じような時刻に掛かってきている訳であるが、女房は会社に行っていると答えているのである。
普通だったらそこで、平日のその時間帯には当人は不在なんだと気付かないか? だって会社へ行ってんだから。でもっていつなら、或いは何時頃なら電話に出られそうか確認のひとつもしないか? 用事があるから何度も何度も電話してきてんじゃないのか?


【今更ながらスーパーフライを聴きまくっている】

2013年07月25日 | 映画・音楽・芸能・文化
ここんところ毎日、会社の往き帰りにスーパーフライのCDを聴いている。
今時のアーティスト(ミュージシャン)なんてものは、顔も名前も曲目も皆目わからない。なんせオヤジにとっての音楽シーンなんてものは、20年以上前から止まったままなのだ。

それでも、スーパーフライこと越智志帆の歌声を耳にしたときには、ドクンドクンとハートが打ち震えたのであった。素晴らしい声量感。伸びのある歌声は、今時のAKBやらSKEやらの学芸会もどきの小娘どもの比ではない。これぞ歌姫というもんである。とまぁ、誉めちぎりたくなるほど気に入っているのである。


【お馬さんが見た~~い】

2013年07月22日 | 乗馬・競馬・趣味・道楽

な~んてことを突然、下の娘が言い出したのである。そうやってオマエ、人をそそのかすようなこと言うんじゃねぇよ、ったくよう。それでなくても今月は要りかが多くて、遣り繰りが大変なんだから。
まぁ、中京開催も最終週であることだし、ちょっとだけ行ってみるか、ちょっとだけ。しょうがねえなぁ、ったく。

てなわけで、土曜日に娘を伴って、半日だけ中京競馬場まで出向いてきた。本当に午前中だけ居て帰ってきたのであるが、その間に4レース分購入して、当てたのは4レース目の障害レースのみ。結局3レース分の負けを取り戻してチャラである。ま、いいか。目的はあくまで、お馬さんを見ることだった訳だから。



【口座残高 609円からの巻き返しを試みる】

2013年07月15日 | 乗馬・競馬・趣味・道楽
JRA専用口座(ロック口座)の残高が 609円と底をついている。これも偏に春のGI 戦線大惨敗によるものであるが、逆に原点回帰を反省させられた二か月間でもあった。
それでも懲りないのがロクデナシのギャンブル親父たる所以であって、気持ちは既に秋のGI 戦線に向けて虎視眈々と待機中である。ただし次は三連単は封印してみようかしらんと、弱気になってみたりもする。

思えば、わたしが競馬を始めた頃の馬券の種類は、単勝、複勝、枠連複、馬連複の四種類しかなかった。それがその後、ワイド、三連複、馬連単、三連単、WIN5と増えて、より射幸心を煽るものへと変わってきた。つまり高配当を狙う程、的中させるのも又難しいということなのである。

ところで馬券は100円から買える。とりあえず 600円を転がしてみようかと目を付けたのが、土曜日・福島のメイン「安達太良ステークス」。 ダート 1700 m の条件戦である。
安達太良山(あだたらやま)とか阿武隈川(あぶくまがわ)と聞くと、つい高村光太郎の智恵子抄を思い浮かべるが、そういえば福島競馬場と上山競馬場(山形県の地方競馬・今はもうない)へ行ったのは、もう何年前のことだろうか。福島は小倉と並んで、機会があればまた訪れてみたい競馬場である。

さて、肝心の安達太良ステークスであるが、手堅くワイドの1点勝負に賭けたところ、これが2着・3着で決まって720円付けた。とりあえず600円を4300円に増やすことができた訳である。この4300円を、来週日曜日の中京メイン「中京記念」あたりに転がしてみたい。もちろん三連単は封印で。



【戦い負けて日が暮れて】

2013年07月10日 | 健康・病気・見舞・介護
「戦いすんで日が暮れて」は佐藤愛子の自讃ユーモア短篇集のタイトルであるが、「戦いすんで…」だけでは、果たして勝ったのか負けたのかはっきりしない。しかるに、わたしの場合ははっきりと負けたのである。手痛い傷を負ったあげくに、いつしか日も暮れた。

夕方7時頃。散歩から帰って、ふとマーガレットの剪定を思い立ち、剪定鋏を手に葉の刈り込みをしていたところへ、突然葉陰から一匹の蜂が飛び出てきた。次の瞬間、あろうことか、激しい旋回飛行をしながら猛烈な勢いでわたしに襲い掛かってきたのである。
身をよじって交わそうとするものの敵の動きは実に素早く、いきなり左肩に鋭い痛みを覚えた。「しまった、刺された!」と思うのも束の間、蜂はなおも執拗にわたしの周りを飛び続けて攻撃を仕掛けてくる。

そのまま黙って引き下がっている訳にはいかない。かくなる上は一矢報いんと庭箒を手に取り、シッチャカメッチャカに振り回して応戦を試みたのだが、今度は左腿にチクリと痛みを感じた。「おのれ蜂めっ、なめんなよっ!」と、箒をブンブン振り回し、なんとか追い払うことができた。
再び剪定を再開したところ、またしても一匹の蜂が飛び出てくる。??と思い葉の奥深いところをよくよく覗いてみれば、なんとそこには蜂の巣がくっついており、他にも数匹の蜂が蠢いているではないか。

かくなる上はと殺虫スプレーを持ってきて吹き付け、敵がひるんだところを鋏で巣を切り落とし、剪定した葉と一緒にゴミ袋に放り込んだものの、その間にも足を1か所刺され、都合3か所も刺されてしまった。
恐らく刺されたのはアシナガバチである。敗戦の痛みを噛みしめながら家に入って肩を鏡に写してみれば、刺されて血の出ている部分を中心として、プクッと周りが腫れ上がっていた。シャワーを浴びて虫刺され薬でも塗っておこう。それにしても、黒い服装だったことも災いしたかも知れない。




【喪服がピチピチで体が収まらない】

2013年07月02日 | 健康・病気・見舞・介護
危篤の報せを受けて病院に赴いた日から、何とか三か月間持ちこたえていた義父であったが、ついに命尽きる時を迎えて逝ってしまった。家内も義父が生きている間は出来る限りの面倒を見てやっていたようなので、これで気持ちの区切りがつけられることだろう。

通夜や葬儀に参列するために喪服を引っ張り出してきて着ようとしたところ、ズボンも上着もキュウキュウで体が収まらない。前回着たのは確か3年前で、その時もかなりキツかったのだが、何とか無理して着られなくもなかったので、キツいままで押し通した。
その時に、いよいよ新調しなくてはと思いつつも、結局買わずに来てしまったのだが、訃報は突然訪れるものであって、今更ジタバタしても間に合わない。

かくなる上は、体を洋服に合わせるしかないと、思いっきり腹を凹ませ、無理やりボタンを止めファスナーを上げベルトで締め付けてと、まるで拷問である。それにしても知らず知らずの内に、またメタボが進行していたとは、すっかり油断していたとしか言いようがない。
今度こそ体に合わせて新しい礼服を購入せねば(若しくは痩せねば)。



【モノの道理が解らぬ阿呆はどこのどいつだ】

2013年07月01日 | 雑感・思考・追憶・回想
最近怒らなくなったと自分でも思う。家でも会社でも。大声で怒声を放つなんてことは久しく忘れている。一番の原因は、怒ると自身が疲れるのである。かと言って、怒りの材料が周りから消えて無くなった訳では決してない。相も変わらず腹立たしいネタは幾らでも転がっている。

自販機でコーヒーでも買おうと階段で一階へ降りてみると、通用口のドアが開け放たれていた。作業場との間仕切りともなっている内部のドアも開けっ放しである。つまり外から屋内の作業場までは、ツーツーの素通しである。辺りを眺めてみても、外を覗いてみても、人の居る気配はない。

屋内は冷房がガンガンに入れてある。その上であちこちのドアを開けっ放しにしておけば、冷気をみな外へ逃がすことになり、冷房の意味がない。たかだか社内の冷房器具で、外気までをも冷やそうなどと無謀なことは、よもや考えてはいないだろうが。それにしても世の中、自分で後始末のできない輩が多すぎる。