加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【まぼろし】

2010年09月30日 | 未分類
店の看板や折込チラシに「幻の○○○○」といった表記を見かけることがある。
それが例えば日本酒だったり、焼酎だったり、あるいはアルコール類だったりした場合(どうしても酒類ということにしたいらしい)、とりもなおさず店側は、その「幻の銘酒○○○○」や「幻の○○○○焼酎」を扱っている、つまり販売しているということになる。
おかしくはないか。現物を目にしたり手にしたりする事ができる時点で、幻でも何でもないと思うのだが。

幻とは実態のないもの。存在しないからこそ幻であって、幻は永遠に幻のままなのだ。生産数に限りがある、即ち入手しにくいということであれば、それは流通の問題であって幻ではない。
ひところ「幻の酒」として話題になった、新潟の「越乃寒梅」にしたところで、一時のブームで、需要と供給のバランスが崩れただけのことである。単に需要過多あるいは供給不足であって、決して幻の酒ということではない。


【信頼できない男のタイプ】

2010年09月29日 | 未分類
これはあくまで、わたしの人生の中で導き出された、わたしの個人的見解かつ個人的基準である。世間一般に通用するかどうかは何の保証もできない。

1.やたらと自分を売り込みたがるタイプ
1.やたらと人に取り入ろうとするタイプ
1.やたらと腰(頭)の低いタイプ
1.やたら返事だけはいいタイプ
1.地位や肩書を価値基準にするタイプ
1.人の受け売りばかりするタイプ
1.やたら自信過剰で人を見下すタイプ
1.とかく目立ちたがり屋で人から注目を浴びたいタイプ
1.お世辞や追従(ついしょう)で人を持ち上げるタイプ
1.自分では実践せずに口だけ出すタイプ
1.人の尻馬に乗るタイプ
1.まず言い訳が口を突いて出てくるタイプ
1.やたら打算的で金勘定に細かいタイプ

まだまだ幾らでも出てくるが、このまま行くと内容が些事にまで及びそうで、考えてみたら信頼できない男のタイプというよりは、わたしの嫌いな男のタイプと訂正した方がよさそうである。


【そう・かも・ね】

2010年09月28日 | 未分類
カルガモといえば、三井物産のプラザ池から皇居のお堀へ向けての「カルガモ親子のお引越し」が毎年マスコミで報道されていたものだが、ここ数年は話題にも上らなくなってしまった。皆飽きたのかそれともプラザ池からカルガモがいなくなってしまったのか。その辺の事情については何も知らないが…。

カルガモなんてものはどこにでもいる訳で、日本ではもともと稲を食害するところから害鳥と目されてきた。事実わたしの散歩コースである安藤川の水面には、いつでも数十羽のカルガモが群れ泳いでおり、しかもカルガモは渡りではないので、一年中その姿が見られるのである。

ふつう鳥類というのは、孔雀に代表されるように、雄の方が派手で綺麗で目立っているものだが、カルガモに関しては見ただけでは雌雄の別がまったく解らない。まあ、雄だろうが雌だろうがカルガモであることには違いないが…、あっ、あれがメスかも!


【表現の自由とはいうものの】

2010年09月27日 | 未分類
「滝」という言葉から想像するものは、やはり大量の水が勢いよく落下する様ではなかろうか。少なくともある程度の落差をもって水が流れ落ちる光景を思い描くのではないか。

しかるに、細い竹が十数本突き出ており、その竹から少量の水が流れ落ちている光景をもってして滝と表現するには、いささか抵抗がある。どうひいき目にみても、筧(かけい)とか雨樋とかいった印象の方が強い。はたしてこれを「滝」と呼んでしまっていいものだろうか、といった疑問は残るにせよ、当事者が「滝」と名乗っているからには、やはり「滝」として認知せざるを得ないのだろう。

当の滝の名誉を傷つけるつもりは毛頭ないので、敢えて所在地や固有名詞は公表しないことにする。どうしても行ってみたいという人がいれば、手懸りとしてはここらあたりか


【なにごとも滞るのは好ましくない】

2010年09月26日 | 未分類
たまには高速道路でも使って、遠方まで足を伸ばしてみようかといった気持ちが、起こらない訳でもない。しかし、日々ラジオから流れる渋滞情報を聞いているだけで、そんな気持ちも萎えてしまう。

便利な筈の乗り物が、渋滞に嵌まった途端に、この上なく不便で始末の悪い物体へと様変わりしてしまうことを考えると、「じっとしてるのが一番だな」と思ってしまうのだ。
ましてや渋滞に嵌まるということは、自分もその渋滞に加担していることに他ならない訳で…。


【ひょっとしてトラップかも知れませんよ!】

2010年09月25日 | 未分類
T社から頂いているデータ納入の仕事。基本的には「納入後三か月経過したら弊社保管のデータは破棄しますから」と宣言してある。したがって三か月以降に、改訂などによる再発注がある場合は、原稿と一緒にデータも支給して貰うことになっている。

それでもたまにT社担当窓口のカゴちゃんから、わたしのところに電話が入ることがある。
「すみませ~ん、以前やって頂いた仕事で、R○○○○-D○○のデータ、ひょっとして御社に残ってないでしょうか。こちらでデータが見当たらなくって。ホントにすみませ~ん、三年ほど前にやって頂いたものなんですけどぉー」

三か月で破棄することになっているデータが、三年も保管してあったらオカシイでしょっ!
「三年前ですかぁ、う~ん、ちょっと調べてみますねぇ。もしあったら送りますから」
実のところデータ保管に関しては、全面的にT社を信用している訳でもないので、保険の意味もあって、そのまま保管しておいたりする。なので電話を受けた時点で「多分あるよっ!」と心の中では呟いているのであるが…。

その話を担当営業であるH井に話したら、
「ひょっとしてトラップかも知れませんよ!本当にデータを破棄してるかどうか確かめるための」
とぬかしおった(勿論冗談めかしてであるが)。そりゃまあ、あり得ない話ではないがな。

「ありません」と答えたところで、別に咎められる訳でもないが、それにしたところで、担当窓口のカゴちゃんの声は、藁にもすがりたいといった感じの切羽詰った口調であるからして、女性の味方であるわたしとしては、ついつい「力になってやろうじゃないの!」という気になってしまうのであるな。


【まだまだ戸数の増える余地あり】

2010年09月24日 | 未分類
30年前に今の土地に引っ越した時には区画整理されてまだ間もなく、建っている家もまばらで、周りは畑の方が多かった。それがこの30年の間にどんどん家が立ち並び、今となっては道路に面した畑も、数か所を残すのみとなってしまった。

道路を隔てたわが家の真向かいはまだ畑なのだが、その畑越しに新しく家が建ち始めた。おそらく残された畑もいずれ、家が立ち並ぶ日が来るのだろう。

ときどき犬の散歩で出会う近所のオヤジから、一緒に畑を借りて野菜でも作ろうかと誘われたりするが、家の周りにある畑のほとんどがそうした貸し畑のようで、地主以外の人たちが借りて作物を作っているのである。


【良薬口に苦しというけれど】

2010年09月23日 | 未分類
昨今薬もカプセルや錠剤が主流となっており、飲んだところで苦いか甘いか味なんて解りゃしない。ということは良薬か悪薬かの判断も付け難いって事になる。

その点わたしが調達してくる魔法の黄色いヤクは、粉薬ゆえはっきりと味が解る。つまり苦いのである。ということは、すなわち良薬ということになるのであるな。

それはそうとカプセルや錠剤を飲み下すのが苦手な人がいる。口に含んで水と一緒に飲み下そうとするんだけど、水だけ飲んで薬は口の中に残ったまま。何度も水を口に含んではリトライするんだけど、一向に喉を通っていかない。そんなドジなやつは…、わたしの血縁だったりするんだけど。

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【大の字の発展形は土の字ということだな】

2010年09月22日 | 未分類
「大の字になって寝る」などと言うが、つまり人の姿態を漢字になぞらえたもの。股割り(股関節を 180度水平に開脚する)のできる人なら、「土の字」というのも可能だろう。
わたしのようにとことん身体が固くなってしまったら最後、もう極めて自然体でもって「I の字で寝る」ってのが一番楽な姿勢ということになる。

他にもバリエーションということで言えば、「十の字」とか「卜の字」とか「七の字」とか。「ナの字」や「⊥の字」、「个の字」ってのもありか。

話は変わるが「个」という漢字は「カ」とか「コ」と読む。よく数を表すときに、「五ケ月」とか「三ケ所」とか表記するが、この場合の「ケ」は、実は漢字の「个(箇の略体)」のことなのである。
「个」の崩し字がカタカナの「ケ」に似ているところから、いつしか「ケ」として定着してしまったもの。漢字の「个」を意識して使っている人は、恐らく殆どいないのではあるまいか。

漢字の「个」の意味については、実は亡くなった先代社長から教わった知識である。


【一夜賢者経】

2010年09月21日 | 未分類
過去を追うな。
未来を願うな。
過去はすでに捨てられた。
未来はまだやってこない。
だから現在のことがらを、
現在においてよく観察し、
揺らぐことなく動ずることなく、
よく見きわめて実践すべし。
ただ今日なすべきことを熱心になせ。
誰か明日の死あることを知らん。

「一夜賢者経」は釈迦の残した言葉であるが、簡単に言ってしまえば、「今現在のことを考え実践する事こそが、最も大切な事なのだ」ということを言っているのだろう。


【跳べっ!】

2010年09月20日 | 未分類
犬は体の大きさに応じた運動量が必要であるが、普段リードで繋いだ状態での散歩だけでは、なかなか充分な運動をさせてやることもできない。おそらく相当にストレスが溜まっているに違いないのだ。

たまには広い場所で思いっきり走り回らせてやろうと、車に乗せて矢作川の河川敷へと連れて行った。人のいない場所でリードを外してやると好き勝手に走り回っていたが、さすがにこちらの姿が見えなくなる範囲までは遠ざかって行かない。常にその視野にこちらの姿を入れながらの自由行動である。

それにしても、のびのびと躍動する動物の肢体を眺めているのは気持ちのいいもんである。つい、馬を調教していた頃が懐かしく思い出されて、思わず障害飛越の練習をさせてしまった。

「跳べっ、ハイシッ!」


【学ぶべきは敗北にあり】

2010年09月19日 | 未分類
「お出掛けですかぁ?」
「うむっ……」
「どちらへ行かれるんでしょうか?」
「ちょっとその、なんだ……」
「お帰りは何時ごろになりますかね?」
「そんなことはだなっ……」
「ひょっとして、手首の運動とかですかねぇ?」
「仕事といえっ!仕事と……」
「お仕事ですか?」
「金を稼ぐことは、つまりは仕事だ……」
「稼げるんですかぁ?」
「そんなこと、解るもんか……」
「稼げなかったら仕事じゃないですよねぇ?」
「その時は勉強だな……」
「勉強ですか?」
「そっ勉強だ。学ぶということは、つまり授業料がだな……」

世の中には、ギャンブルは悪しき事だという認識しか持たない人間も多い。当然負けた時のことを前提として、金が勿体無いといった観念であろうが…。しかしそれこそがギャンブルをやらない人間の偏見なのである。負けを学ぶという意味において、ギャンブルほど適したものはない。

人間にとって、負けを知るということは極めて重要なことなのである。
負けを喫する。敗北感を味わう。徹底的に打ちのめされる。そういった経験をして始めて、世の中自分の思い通りには行かないという事が、実感として理解できるのである。そこで初めて一回り大きくなれる。失敗や敗北なくして進歩や成長もまたないのである。

さてと…。言い訳はこのくらいにして、ちょっくら出掛けてくるとするか。


【自家製一味唐辛子】

2010年09月18日 | 未分類
唐辛子の辛味は結構好きである。うどんを食べる時など表面が真っ赤になるほど、唐辛子を振りかけたりするが、わけても味噌と唐辛子は相性がいい。
同じうどんでも味噌煮込みうどん、あるいはどて煮、味噌汁やとん汁においては、スパイスとして唐辛子が欠かせない。唐辛子をかけるとひときわ味噌の旨味が引き立つのだ。

せっかくプランター栽培で唐辛子が収穫できたので、ここはひとつ自家製一味唐辛子でも作ってみようかと、ただいま天日干し中である。


【剛柔兼備の資材とは】

2010年09月17日 | 未分類
もはや現代人の生活において、段ボール(箱)というのは必要不可欠な(梱包)資材と言ってよい。
個人レベルでの用途の最たるものは引越しであろうが、普段ざっと家の中を見渡してみても、使わない食器類や季節ごとの衣類は、段ボール箱に詰め込んで仕舞ってあるし、買い物をしてきた野菜などの食材も、とりあえずは段ボール箱の中である。
宅配便や小包なども、ちょっとした大きさからは段ボール箱だし、家電製品でもなんでも、何か物品購入すれば、しっかりとした段ボール箱で梱包されている。
不要になった雑誌や書籍も、とり合えずは段ボール箱に放り込んである。他にも段ボールを使ったクラフトなどもあるだろうし、草の斜面では橇代わりにして滑ることだってできてしまう。

便利で役立つ資材であっても、これが一旦不要となって資源回収にでも出そうかという事になると、ガムテープを剥がしたり畳んだり縛ったりと、それはそれで結構手間が掛かったりする。
ところが、乾いている時には固くて丈夫な段ボールも、いったん水に濡らして水分を含ませると、ふにゃふにゃ状態になって、実に脆く破れてしまう。

その昔、一色のさかな広場に買出しに行った折に、買った魚介類を段ボール箱に入れて貰い、鮮度を保つためにビニール袋に氷を入れたものを周りに詰めて貰って、車のトランクに入れて帰ったことがある。
途中ふと魔が差して(?)道草を喰ってる間に、氷が溶けて、しかもビニール袋の口が開いてしまったらしく、家に帰りトランクから段ボール箱を取り出した途端にズボッと底が抜けて、中のものは落下するしトランクは水浸しだし、という酷い目にあったことがある。
かように、濡れた段ボールは一転、情けなく役立たずの存在となってしまう。


【Cである理由】

2010年09月16日 | 未分類
そのむかし、トヨタ自動車に勤めていた連れから聞いた話をふと思い出した。

「トヨタの車はみんなCから始まるんだ」

当時(今もだが)車のことに疎かったわたしには、そう言われても精々3つか4つくらいの名前しか浮かんではこなかったが…。
改めて思い起こしてみれば成る程、すべてではないにせよ確かに主要な車はCから始まっているのである。

 Century (センチュリー)
 Celsior (セルシオ)
 Crown (クラウン)
 Corona (コロナ)
 Celica (セリカ)
 Camry (カムリ)
 Carina (カリーナ)
 Cresta (クレスタ)
 Corolla (カローラ)
 Corsa (コルサ)
 Cynos (サイノス)
 Chaser (チェイサー)
 Curren (カレン)
 Cavalier (キャバリエ)
 Cami (キャミ)

なぜCから始まる車名が多いのかと言った点については単なるゲン担ぎらしく、クラウン、コロナ、カローラと言ったヒット商品が、たまたまCから始まっていたこともあって、Cは縁起の良い頭文字ということになったのだろう。
他の車も売れますようにとの思いから、意図的にCで始まる名前を付けたといったところらしい。

ところで上述した車の中には以前私が乗っていた車も2~3含まれているが、ひとつだけ日本語の車名があるのをご存知だろうか。もちろん、「車買いたいんだけど、お金がなくて」「ほな誰かに、借りぃな(カリーナ)」などという駄洒落レベルの話では断じてないぞ。いや…、似たようなものかも知れんな。