加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【踏鞴】

2009年03月31日 | 未分類
読めるだろうか、タイトルの漢字。わたしは読めない。読めもしないものをなんで入力しているのか。問題はそこである。
つまり、はじめに言葉ありきであって、言葉は知っている。なんの脈絡もなくフッとその言葉が浮かんできて、そう言えば最近ほとんど耳にしないなあ、昔はちょくちょく聞いた言葉だけど、などと回顧しつつ、変換してみたらタイトルの漢字が出てきたのである。
その言葉とは「たたらをふむ」つまり「踏鞴を踏む」である。

歳とともに身体の動きも鈍り、血の気も萎えてきて、勢いあまって踏鞴を踏むような状況も生まれ辛いが、仮に踏鞴を踏む場面があるとしたら、歩いてて躓いてコケそうになり「おっとっと」と前に二~三歩進んで辛うじて踏み止まる、と言った事くらいか。


・踏鞴(たたら):鋳物に用いる足で踏み風を送る大きな“ふいご”
・踏鞴を踏む:的が外れて勢い余り、数歩歩んで空足を踏むこと。


【ダダイズム】

2009年03月28日 | 未分類
スーパーなんかのお菓子売り場で「これ、買ってー」なんて駄々をこねて、母親に叱られてたりする子供を見掛けることがある。駄々をこねるのは子供の特質であって、普通大人になると卒業するものであるが、中には大人になってもなお脱皮できなくて、周りの人間に対して駄々(我侭)をこねるタイプの人物がいたりする。「いい歳こいて」と周りはウザったく感じたり相手にしなかったりするが、当の本人は一向に気付かなかったりする。

世間では「駄々をこねること即ち自分の主張」と勘違いすることを「駄々イズム」と定義付けており、そういう人物のことを「駄々イスト」と称している。
なお、1910年代半ばに起こった芸術思想・芸術運動とは、何の関連性もないことを付け加えておく。


【明治は遠く・昭和も遠く】

2009年03月26日 | 未分類
ふと何気なく口を突いて出た「かんらん」という言葉を、周りに居た者は誰も解さなかった。「かんらん」である。もちろん「観覧」ではなく「甘藍」と書く。つまりは「キャベツ」のことなのだが…。

小学校4年生くらいまで「おばあちゃんっ子」だったわたしは、祖母から実生活の中でのあれこれを随分と教わった。
「畑にカンラン取りにいくぞん」
収穫の労苦も喜びも、明治生れの祖母から教わったのである。


【グッピーを狙う猫(2)】

2009年03月24日 | 未分類
こちらはガラス製の猫。トコナメネコと比べて、幾分精悍さは感じられるものの、やはり何となく、すっとぼけた表情ではある。

水槽のヘリに前脚を掛けて、一日中獲物を狙っているが、いまだかつて犠牲になったグッピーは一匹もいない。どころか、逆に自分がヘリから転げ落ちて前脚を骨折し、アロンアルファによる接骨治療を受けるハメになってしまった、ドジネコである。


【グッピーを狙う猫(1)】

2009年03月23日 | 未分類
常滑の「やきもの散歩道」を訪れた際に、陶磁器会館で購入した猫。とうぜん常滑焼きであるから、トコナメネコ。間違ってもナメネコ(古!)ではない。

人(猫)の良さそうな穏かな表情からは、とても魚を捕まえられるような、敏捷さや狡猾さは感じられない。それこそ、炬燵の中でネコろんでた方が似合いそうな風貌である。


【いよよ、吾もホタル族】

2009年03月19日 | 未分類
濡れ縁の老朽化が酷くて、思い切ってデッキに作り直したのを機に、以来、そこがわたしの喫煙スペースとして定着しつつある。それまでは家族の批判に晒されながらも、家のあちこちでプカプカと煙を吐き散らしていたのであるが…。

壁や襖や障子が汚れる、衣服に匂いが染み付く、くさい、けむい、空気が濁る、身体に良くないと、非難轟々の喫煙は確かに、…むべなるかな。

しかし、わたしにしてみれば慰みであり、主食にも等しい喫煙なので、隔絶された空間で誰の非難も受けず、しみじみと紫煙を満喫できるようにと、煙草が吸いたくなったら、ひとり灰皿を抱えてデッキに赴く、といったスタイルに様式替えすることにしたのである(座頭市風に : ああ、嫌な渡世になっちまったなァ)。


【AM/PM】

2009年03月18日 | 未分類
ここんところ、昼飯は出勤途中にコンビニで買ってくる。もともとわたしの弁当は、娘の弁当を作るついでのオマケだったので、娘の弁当を作る必要がなくなったのを境に、作って貰えなくなったのだ(グスッ)。コンビニだとどうしても内容が偏りがちではあるが、昨日はたまたま陳列棚に「焼さば押し寿司」がひとつだけ置いてあった。賞味期限を見ると4時となっていたので即、購入を決断した。

レジでバーコードを読み取っていた店員さんが、なにやら小さな声でモソモソと話し掛けてくる。
「…えっ、なに」
「…限を過ぎて…るので、お売りできないんです」

わたしは4時の文字だけ見て、午後4時と捉えていたのだが、どうやらを午前4時が賞味期限の商品だったらしい。オイオイ、売れないものを置いとくなよ。別にこっちは買ったって構わないけんども。賞味期限を(昼休みまでだと)八時間超過したものを喰って、食中り起すほどヤワな胃袋しちゃいねぇんだから。でも、売って貰えないんなら仕方ないなぁ(…よかった)。
結局、いつものねぎとろ巻を買った。


【百聞は一見に如かず】

2009年03月17日 | 未分類
毎度感じることは同じである。ほとんど混雑することはないとは言え、まれに作品と曜日と時間との兼ね合いによっては、受付けカウンターに人が並ぶこともある。そんな時はその遅々として要領を得ない受付と客との遣り取りに思わず、「モニターをこっちに向けろ!」と指摘したくなる衝動に突き動かされたりする。もっとも、指摘はしないけど…。

コンビニでも銀行でもパチンコ店でも、わたしは店員や行員の対応が悪いと、時としてその場でクレームを付ける口うるさいオヤジを演ずることもあるが、「シネプレックス岡崎」においては、別にカウンター嬢の対応が悪いという訳でもなく、ただ方針に従って仕事してるだけなんだろう。それにしても座席表を見せて、
「席はどこになさいますか」
「Mの12と13で」
「そこは埋まっておりますので」
「どこが空いてるの?」
「後ろの方ですと…ええっと、」
「……」
などと言った遣り取りをせずとも、モニター画面を客に見せるだけで、
「こことここ!」
と一発で決められるのに。「百聞は一見に如かず」である。

そういえば、肝心の映画のことを何も書いていなかった。前から観たかった「オーストラリア」を観てきたのである。


【啓蟄】

2009年03月15日 | 未分類
正に啓蟄である。啓蟄とは冬眠をしていた虫どもが、穴から這い出てくることを指すが、冬眠するのは何も虫に限ったことではない。爬虫類(あっ、虫の字が入ってる)もまた冬眠するのであるが、たまさか気まぐれに花壇の手入れでもしようと、あちこち庭を掘り返していたら、出るわ出るわ。体鱗をキラキラと輝かせたトカゲどもが、あっちからもこっちからも。

スコップで掘り返した土くれとともに、地表に放り出されたトカゲどもは、それでもピクリとも動かない。いきなり掘り起こされたとて、まだ眠りから醒めやらぬのであろう。

それにしても、トカゲは起きてシャカシャカ活動していようが、眠ってグテーッとしていようが、気持ちのいいものではない。流石のわたしも、女性と爬虫類だけは苦手なのである。


【尺度(基準)】

2009年03月13日 | 未分類
長女が小学校の時の同級生に“小比類巻”という姓の女の子がいた。四文字の姓も珍しいと思い親の出身地を訊ねたら、結構遠方だったように記憶しているが、はっきり何処かということは忘れてしまった。
しかし考えてみれば、珍しいというのは自分なり自分の住む地域を基準に考えるからそうなのであって、その当人にしてみれば、珍しくも何ともないのかも知れない。
地域によっては、その戸数の殆どが同じ姓で、辿っていったら血縁的に皆どこかで繋がっていたといったことも、よくある話である。“小比類巻”にしたって、もともとその姓が発生した地域においては、ごく当り前の姓で、ひょっとしたら、戸数の大多数を同じ姓が占めているかも知れないのだ。

それはそうと、尺貫法が廃止になっても、尺度という言葉は使ってもいいんだろうか。

【差別だ!】

2009年03月11日 | 未分類
あやうく「東京ばな奈」と「ごまたまご」でゴマ化されるところだった。娘のやつめ、ダッフィーだかダッフンダだか知らないが、写真の縫いぐるみの他にも、帽子やらチョコレートやら、なにやらかにやら、自分の土産だけはしっかりと、値の張るものを買い込んできたのだ。

チックショウ差別だ! 餞別だってタップリ渡したじゃねえか! と、またまた親父の威厳にかけて異議を申し立てたら、今度は「銀座のいちごケーキ」が出てきた。

よほど食い意地の張った親父と思われているらしい。食いもんなんぞでゴマ化せるとでも思ってるとしたら、オマエ…いいとこ突いてくるじゃねぇか。それにしても「銀座のいちごケーキ」は「東京ばな奈」と同じ味がするなあ…。


【運がいいとか悪いとか】

2009年03月10日 | 未分類
人はときどき口にするけど…。さだまさしの歌の文句ではないが、運が悪いとしか言いようがないではないか。

先週の金曜・土曜と、娘が友達とディズニーランド(二日目はディズニーシー)へ出掛けたのであるが、金曜日は東京は一日中雨で、楽しみにしていた、エレクトリカルパレードは中止だったらしい。娘はディズニーランドは三度目であるが、前回行った時も雨で、エレクトリカルパレードは観られなかったとか。もう一回は修学旅行のため、予定に組み込まれていなかった由。まあ、ついてない時はどこまでもついてないってのが、人生でもあるのだよ。

という訳で、写真は土産のキャンデー。なにいーっ、親父にペロペロキャンデー買ってきてどうする!と、親の威厳を示すべく文句を言ったら、「ごまたまご(東京たまご)」と「東京ばな奈」が出てきた。ほぅ、さすがに親の好みを心得ておるわい。


【ぺっ】

2009年03月09日 | 未分類
「イタチの最後っぺ」とか「カトちゃんぺっ」とか、「ぺっ」と付くものはあまり品がよろしくなかったりするなあ。北海道で「○っぺ」と言ったら放送禁止用語だったりする訳で…。唾を吐くのも「ぺっ」って表現したりするけど、唾を吐くこと自体、あまり好印象じゃないものね。

「言いだしっぺ」ってのもあるけど「言いだしっぺ」は責任負わされたりもするんだよね。「あんたが言いだしっぺなんだから責任とってよ」なんて周りから詰め寄られたりして。

「小倉フラッペ」は好きだったりするんだけどなあ。


【モアイの独白】

2009年03月06日 | 未分類
我輩はモアイ。正しくは「藻埃」と書く。狭い水槽の中が棲家だ。性別は…自分では見られない(首が動かないのだ)。いつも頭の後ろで腕を組み、目の前を泳ぐグッピーの群れを眺めて暮らしている。他にすることがないのだ。

我輩の呼吸方式は、背中のホースから空気を吸い込み、尻から泡を排出する循環方式なのだが、時々突然呼吸が停止することがある。そんな時は主人が吸入器官であるホースに口をつけて息を吹き込んでくれる。そうすると再び生き返る。

このところルームシェアのグッピーが出産ラッシュで、いささか過密ぎみだ。大きいのやら小さいのやら、目の前を自由自在に泳ぎ回るグッピーたちを見ていると、動けない自分が哀れに思えてくるが、石だから仕方がない。

時々主人が水槽の掃除をするついでに、ほんの数ミリ位置を移動させてくれることもあるが、目の前の景色は殆ど何も変わらない。ただひたすら背中から吸って尻から吐くだけの生活ではあるが、文句は言うまい。それが我輩の宿命なのだ。主役はあくまでグッピーたちなのだから。

【スパコン】

2009年03月05日 | 未分類
スポ根ではない。スパコンである。つまりスーパーコンピュータ。

スーパーコンピュータは天気予報や、原子炉の設計などにも用いられ、その性能は家庭用のパソコンとは桁違いで、それこそ百年後の気候も解るということらしいが、ならば差し当たって、週間予報が外れるのはなぜだ? 明日の天気とかも外れるし…。