加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【雲が厚いせいだった】

2008年05月29日 | 未分類
昨夜は、降り始めた雨の音を聞きながら、眠りに就いた。
けさ目覚めて、何気なく時計を見たときには、確か午前7時ジャストだったような。いつもならそのまま起き出すところだが、けさに限ってついつい、二度寝の世界に堕ちていってしまったようだ。再び目が醒めたときには、8時21分17秒をまわっていた。

ようやく我にかえって、事態が飲み込めてきた。
マズイ! 遅刻じゃんかよ!! ウソだろ!!!
ウソではなかった。

日の出とともに活動を始め、日没とともに眠りに就くという、原始的な生活を信条としているわたしにとっては、太陽の運行によって行動が左右される(ウソ)。
雨の音が窓ガラスを透して聞えてくる。そうか雲が厚くて太陽が覗かず、わたしの意識は朝が来たことを認知できなかったのだ。

会社の駐車場に着いたのは、8時58分42秒だった。





【フィットする】

2008年05月28日 | 未分類
そうは言っても最初の内は、その余りの狭さに戸惑いも覚えた。なんと言っても軽のツーシーターである。広かろう筈がない。

しかし数か月も乗る内に、それにもだんだん馴れてきて、コックピットの狭さが今では、ある種フィット感に変わり、結構気に入っている。乗るというより身に付ける感覚とでもいおうか。

先月、名古屋の姉の処へ行った折りに、
「七月の○之(甥)の法要のときには、オープンカーにして、助手席に八十過ぎたバアさん乗せて高速走ってくるからな」
と約束しておいたのだが、それも叶わぬことと相成った。代わりに形見分けの「大正琴」でも積んでいくことにしよう。






【□□の○○】

2008年05月23日 | 未分類
わたしの母親は長女で、父親は末っ子。したがってわたしから見て、母親の(弟・妹)はすべて(叔父・叔母)であり、父親の(兄・姉)はすべて(伯父・伯母)ということになる。

母親の葬儀の三日後に、母親の末弟の息子(つまりわたしのイトコ)の結婚式があった。わが愚息と同年代なのだが、血縁関係的には、わたしのイトコである。

服喪中ということもあって、息子に名代(みょうだい)として出席して貰ったのだが、息子が持って帰った席次表を見ていたら、新郎側・新婦側ともすべて(伯父・伯母)の表記になっていた。ということは、新郎の両親も新婦の両親も、みんな末っ子ということになる。新婦側のことは解らないが、新郎側においては間違っていない。

結婚式場というのは持ち込まれる席次表の原稿に対して、一応そういった血縁関係上での漢字表記といった点においても、アドバイスなど行っているのだろうか。
それとも原稿どおり印字しているだけなんだろうか。もしそうだとしたら、原稿作成者に知識がなければ、場合によっては誤記のまま配付されることもありうる訳だ。いささか興味のあるところではある。




【左があれば右もある】

2008年05月22日 | 未分類
「左様申し伝えます。」
「左様でございます。」
「左様申しております。」
つまり、左様(さよう)についてなのであるが、
「そう」
「そんな」
「そのとおり」
「そのよう(な・に)」
と言った意味であり、日常的に使用されもしている。

左があれば、右もあるだろうと思うでしょ。
もちろん、あるんですねぇ、「右様」ってのが。
ただし、この場合は「うよう」ではなくて「みぎよう」
「右のとおり」
「右に述べたとおり」
と言った意味で、主として文章に用いられる。

うおうさおう(右往左往)とは言うけど、
うようさよう(右様左様)とは言わないんだ。





【静寂もいいもんだ】

2008年05月20日 | 未分類
得てして年寄りは、テレビの番人になり勝ちである。わたしの母親もご多分に洩れず、家にいるときは、ほとんどテレビつけっ放し状態だった。
わたしは見たい番組以外で、テレビがついていると鬱陶しいと感じるタイプである。
同じ部屋(テレビのある年寄り軟禁用和室)に居るときは、当然のごとく母親がテレビのスイッチを入れる。はじめの内は横になったりして画面を見ていても、しばらくすると目をつむったまま動かない。何度か、こやつ寝てるなと確認してから、わたしはテレビのスイッチを切るのだが…。

「なにい~、見てたのにぃ」
ウソつけ! イビキかいてたくせに。

母親が亡くなってから、ひとりで居る(年寄り軟禁用和室に)ときは、ほとんどテレビをつけなくなった。なにか他所事をしていることもあれば、なにもしていないこともあるが、テレビの音のしない静寂も、なかなかいいもんである。

因みに他の家族は他の部屋(居間)で、テレビつけっ放し状態にしてますけどね。




【いつまでも…】

2008年05月13日 | 未分類
いつまでも あると思うな 親と金

生前、母親がよく口にしていた言葉である。

金の方は年がら年中実感していて言わずもがな、というより、これまでの人生において、金がないと思ったことは枚挙にいとまがないが、あると思ったことなんて一度もないやね。
一度くらい言ってみたいもんである。
「金がありすぎて、リンダ困っちゃうな(古!)」

片や親ともなると両親健在として、亡くすのは(老少不定は別として)一生に二度の機会しかないわけだから、普段からあまり意識などせず、ついつい、いつまでも生きてるような錯覚に陥ったりしてしまう。
親父は随分前に亡くしているが、今回母親に逝かれてみて、理屈では解っていても、できることなら、実践はもう少し先延ばしして欲しかったなぁ、なんて勝手なことを思ってみたりする。





【アラームかっ!】

2008年05月12日 | 未分類
いわゆるルーチン業務というものがある。
毎月決まった日に集計、あるいは提出しなければならない業務があるとした場合、普通は自分のサイクルの中に組み込み、自発的に処理すると思うのだが。
しかし、中にはそれが出来ない人もいる。毎度期限が過ぎて、人から催促されるまで処理しない。
これってつまり、催促されたらやるっていうサイクルで動いてるってことなんだろうか。
わたしら、人間アラームじゃないよなぁ、と娘のM子、M弓に同意を求める父なのであった。






【シネプレックス岡崎8】

2008年05月09日 | 未分類
木曜日は男性デーとやらで、千円で観られるんだねぇ。
で、木曜日の昨日、会社帰りにひとりで「紀元前1万年」を観にいった。

観終わってエンドロールが始まると同時に、退場してしまったんだけど、そこで製本の薔薇さんにバッタリ出くわした。どうやら彼女も仕事帰りにひとりで観に(他の映画を)来ていたらしい。
寂しいオヤジと淋しいオバさんが、夜の映画館で偶然の出会い。そして密かな恋が芽生え、いつしか二人は…、って映画じゃねぇっつうの!

肝心の映画の内容?
う~ん、疲れてて、ついつい居眠りしてた時間の方が多かったみたいで、ほとんどなんにも覚えてない…。
ごめん。






【鴨長明「方丈記」より】

2008年05月08日 | 未分類
ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。
淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、
久しくとどまりたる例(ためし)なし。
世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。

 ……………

母の葬儀の後始末も終え、なんとはなしに今の心境ではあります。