加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【菊地 寛に学ぶ馬券哲学】

2012年04月20日 | Weblog
古今、文化人には競馬好きが多いが、中でも「菊地 寛」はつとに有名である。氏の著わした馬券哲学には、現在でも納得できる部分が多々鏤められている。ここにその一部を引用してみたい。

一、堅き本命を取り、不確かなる本命を避け、確かなる穴を取る。これ名人の域なれども、容易に達しがたし。

これぞまさに、わたしの目指す馬券道そのものなのである。普段からわたしは穴党を自認してはいるものの、なんでもかんでも高配当の穴目を狙って買っている訳では決してない。(そもそも、そんな買い方をして的中などする筈もないのだから)

「堅き本命」と「不確かなる本命」とはどういうことか。つまり「堅き本命」とは当該レースにおいて勝ってなんら不思議のない実力(実績)を備えた人気馬であり、「不確かなる本命」とは実力以上に過剰人気している馬と捉えればよいだろう。
(ただし馬とて生き物である以上、調教過程や体調・メンタル面などの要因による、好・不調の波があったりすることは否めない)

一、実力に人気相当する場合、実力よりも人気の上走る場合、実力よりも人気下走る場合、最後の場合は絶対に買うべきである。

対して「確かなる穴」とは如何なるものか。穴とは即ち人気薄の馬を指すのであるが、なぜ人気がないかと言えば、凡走を繰り返し能力的(又は調子的)に劣ると見られているからである。
裏を返せば、勝てる能力を持ちながら(過去のレースにおいて)何らかの要因で成績が振るわなかった穴馬を探し出すことができれば、僥倖を手中に収める可能性も膨らむということになる。

一、しかれども、実力なき馬の穴となりしことかつてなし。

では、どうやってその穴馬を探し出すのか。結論からいえば、いつでもどのレースでも確固たる穴馬が存在する訳ではない。仮にいたとしても、常に展開のアヤというものが付き纏う以上、何の保証もない。
それでも数々のレースにおいて、例え外れたとしても、その穴馬を探し出して票を投ずることが、楽しく充実した一瞬であることに変わりはないのだ。

一、損を怖れ、本命々々と買う人あり、しかし損がそれ程恐しいなら、馬券などやらざるに如かず。

今週はGI レースがないので、いささか手持ち無沙汰ではある。ここはひとつ来週の天皇賞(春)に向けてじっくりと、鋭い洞察力に磨きをかけておくことにしようではないか。

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【わが感性の豊かさ?】

2012年04月19日 | Weblog
多年草球根類は放っておいても季節が巡ってくれば、毎年発芽して花を咲かせてくれる。きっちり管理しようと思えば、球根を掘り上げたり、それなりの手間をかける必要もあるのだろうが、わが家の場合は自然に任せてほったらかしである。それでも今年も色とりどりのチューリップの花が目を楽しませてくれている。

チューリップの名前は、トルコ語で「頭巾」を意味する Tulipan に由来するということであるらしいが、生憎と普段のわたしは、そんなアカデミックな思考回路は一切持ち合わせていない。

「チューリップかあ、ふーん、なるほどなあ。確かにチューは、リップでするわなあ…」

などと、極めて低俗かつ下劣な思考回路に支配されつつ、ただひたすらボケーッと鼻の下を伸ばして、チューリップの花を眺めいるのみ。


写真まちがえた。 ま、チューリップに変わりはないから、いっか。
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【ふくら】

2012年04月17日 | Weblog
朝ゴミ出しをしようとして表にでると、やたらチュンチュンと雀の鳴き声がする。見ればフェンスの上に、全身の羽毛を膨らませ、まるまると太ってみえる雀が一羽とまっている。

確かこういう状態の雀のことを、膨ら雀(ふくらすずめ)って言うんだっけな。膨ら雀の季語は冬。春とは言っても、まだまだ早朝の空気は冷たいのである。

確か女性の髪の結い方で「膨ら雀」ってのがあったような気がするが、「ふくら」と言えば、どうしてもわたしなんかは「アワビの脹ら煮」といった方向に気持ちが飛んでいってしまう。
食べてみたい。いや雀じゃなくて、アワビの脹ら煮の方。


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【枠順決定後に若干の方針変更】

2012年04月15日 | Weblog


事前予想の段階においては、天候(馬場状態)も不確定なら、枠順も決定していない。したがって幾つかのファクターにおいては、飽くまで仮定として予想を立てているのである。
実際に枠順が決ってみると展開など、より具体的なイメージが湧いてくる。加えて人気の度合なども解ってくるので、そこで改めてじっくりと再検討することとなるのだ。

前日の雨の影響で、当日の馬場状態は稍重発表。当初の予想においては、◎ ディープブリランテ、○ ワールドエース、▲ グランデッツァの順に有力候補を挙げていたのであるが、鞍上のM・デムーロ人気も手伝ってか、一時はグランデッツァが1番人気に推されており、わたしはそれを嫌ってグランデッツァは △ に降格。

実際に枠順を見ながら考えている内に、折り合い不安を払拭しきれない ◎ ディープブリランテも ▲ に格下げして、急遽ゴールドシップを ◎ に抜擢した。○ ワールドエースは勝ち負けを演じる1頭に間違いないとみて ○ のまま。最終的には事前予想どおり、ワールドエースが1番人気に推されたのであるが。

有力どころは五指に余り迷いだすと際限がなくなるので、思い切って決断するしかない。今年はそんなに荒れそうもないなとテンションの低いまま、3連単フォーメーションで勝負に出たのだった。



終わってみれば上位5頭以内での決着。まあ順当な結果に落ち着いた皐月賞であったといえる。順当な結果なので配当のほうもそれなり( 12,620 円 )であるが、いちおう獲っただけましと思わねばなるまいて。
なんにしても、わたしの ◎ ○ はドンピシャだった訳で…。




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【見る楽しみもあっていい】

2012年04月14日 | Weblog
明日の皐月賞(GI )の陰に霞んでしまって、いまひとつ盛り上がらないが、実は今日もうひとつの GI 競争があったのである。それは中山競馬場における中山グランドジャンプ(J・GI )であり、その名が示すとおりのジャンプ(障害)競争である。

ジャ〜〜ンプ !!  じつのところ、わたしは見るだけなら障害レースの方が好きだったりする。
ただ障害レースは番組数も少なく、それなりにリスク(落馬など)も大きいので、ほとんど馬券購入はしないのだ。

単勝 1.5 倍のダントツ1番人気のマジェスティバイオが、その名のとおり圧倒的強さで威厳(マジェスティ)を誇示したレースであった。


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【ここに公表してしまおう】

2012年04月09日 | Weblog


桜(桜花賞)も終わり、いよいよ今週は牡馬クラシック第1弾の皐月賞。いうまでもなく3歳牡馬にとっての、三冠に向けた第1関門となるレースだ。ここで勝ったただ1頭の馬のみが、2冠目(ダービー)を目指すことができる。

そもそも競馬予想の基本は、ズブの素人でもない限り、自分なりの本命馬(◎)と対抗馬(○)をピックアップすることにある。そこから更に単穴(▲)連下(△)と幅を広げて行くのであるが、別に1頭だけでも馬券購入(単勝・複勝)は成立する。

ちなみに、春のGI におけるわたしの予想とレース結果は、高松宮記念が、◎サンカルロ(2着)、○カレンチャン(1着)であり、桜花賞では、◎ジェンティルドンナ(1着)、○ヴィルシーナ(2着)というものである。



現在のところ連対予想的中率は、100 % といっていい。そこで今回は、わたしの皐月賞の1週間前予想をここに公表してしまおうではないか。乗っかりたい人はご随意にどうぞ。ただし責任は一切とらないけどね。

《皐月賞予想》
 ◎ディープブリランテ
 ○ワールドエース

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【とかく貧乏人は一攫千金を狙いすぎる】

2012年04月08日 | Weblog
要するに、わたしのことなんだけどね。
少ない資金で如何にデカい配当を手中に収めようかと胸算用するあまり、つい無理をして買い目を絞り込みすぎて、結果、予想で当てて馬券で外すという愚を犯す。まあ、毎度の失敗ではあるのだけれど。

先々週の高松宮記念はまさにその典型で、17番サンカルロを1着固定。10番カレンチャンを2着固定。3着候補に1番ロードカナロアと15番ダッシャーゴーゴーを据えての三連単2点買いが、見事に嵌まって、つまり悪い方の意味で嵌まってしまって、勝ったのは10番カレンチャンの方で、17番サンカルロは2着だった。
3着は1番ロードカナロアで、15番ダッシャーゴーゴーが4着。
う〜むぅ、これほど見事な外し方があるだろうか、って自慢にも何にもなりゃしないが。

反省しきりの桜花賞では、元金+α なら良しとすべえと、買い目を数点に絞りたいのをぐっと堪え、とにかく1〜3着までに入線さえすれば、着順は関係ないマルチ買いを敢行してみた。
譬えていえば、仮に今1万円を一年ものの定期預金に預けたとして、一年後の利息はといえば、50円にも満たない(だよね?)。それに比すれば、たかだか2分足らずで投資額の1万円が2倍の2万円にでもなれば、これはもうとてつもない数字ではないかと考え方を改めてみたのである。

結果は3連単(24,020円)が 100円分当たって、本当に投資額の1万円が2万4千円になって返ってきた。
なんのこっちゃと思わなくもないが、まあ外すよりはよかんべ。


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【いつか真実を語らねばと】

2012年04月05日 | Weblog
まだ子どもが小さかったころ、アルバム写真を見ながらふと漏らした言葉がある。

「どうしてお父さんがいないの?」

その時は曖昧にして、なにも答えてやらなかったのだが、もうそろそろ本当のことを教えてやってもいいだろう。いいか、取り乱さずに冷静になって聞くんだぞ。

「つまりお父さんは、いつもカメラマンだったんだよ。驚いたかっ!」

世の中には二通りの人種がいる。写真に撮られるのが好きな人種と、写真を撮るのが好きな人種である。(なかには折衷型の人種もいたりするが)

当然わたしは後者であるがゆえに、わたしが写っている写真というのは極めて少ない。ことに家族写真に至っては、一緒にどこかへ出かけても、わたしはひたすら撮る一方で、自身がフレームの中に納まるなどということは滅多にないのだ。


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【土曜の朝はサワコの朝】

2012年04月04日 | Weblog
土曜の朝7時30分からは、TBSテレビの「サワコの朝」という、30分間のトーク番組を見るのが習慣となっている。何を隠そう、わたしは阿川佐和子女史のファンなのだ。

もともと父君であるところの小説家・阿川弘之氏はその著書を通じて知っていたのであるが、阿川弘之の娘であるところの阿川佐和子が著したエッセイを本屋で見かけ、購入して読んだのがそもそもの始まりである。以来、サワコ女史の著書を見かけるたび、購入しては読んでいる。
テレビで本人の容姿を目にするようになってからは、「なんと可愛らしい女性ではあるまいか」と、ますますもって好ましさが増幅していったのである。

なんといっても、サワコ女史のあの明るい“明け透け”さが好きである。明け透けという言葉には、ある種の無遠慮さや無神経さや馬鹿っぽさといったイメージを伴ったりするものだが、サワコ女史の場合は、無邪気で知的な明け透けさとでも言おうか。
勿論“ビートたけしのTVタックル”も、サワコ女史が出ているという理由だけで毎週見ている。




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【咲くか散るかは時の運】

2012年04月03日 | Weblog
今週の日曜日の午後に、皆でお花見をするので、ぜひご家族でご一緒にと、ある筋からお誘いがあった。場所は矢作古川沿いにある河川敷公園とのこと。
随分むかしに一度、古川公園の桜は見に行ったことがある。確かに、のんびり花見と洒落込むには、うってつけの場所かもしれない。人もそんなに居ないだろうし。
当然家族は乗り気である。早速もって弁当は何を作ろうかなどと検討に入っている。

「オレはまぁ、行っても行かなくても、どっちでもいいけんど」とお茶を濁しつつも、ふと、とっても重要な事柄に思いが至った。
今週の日曜日ってことは、つまり4月8日の日曜日ってことだよな。4月8日の日曜日の午後っていったら、桜の日であるぞ。そいつはとんでもねぇこった。

「オレは家で桜を見るから行かないぞ」
「家に桜なんかないじゃん。駐車場作るときに切っちゃったし」
「だから家のテレビで見るんだよ桜を。今週の日曜日は桜花賞なんだから!」
「そっちの桜かいな。どうせあっけなく散るだけでしょ」
「敷島の大和心を人問はば、朝日に匂ふ山桜花」
「なに、それ」


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【切なくもあり、ほろ苦くもあり】

2012年04月02日 | Weblog
昭和30年代後半に、小学校1年生〜4年生までの間を東京・府中で過した惟朔少年の日常を描いた作品で、花村萬月の少年期における自伝的作品ともいわれる「少年曲馬団(上・下巻)」を読み終えた。

貧困、母子寮、不登校、思慕、リンチ、などを軸に、惟朔少年の心のありようを中心に描かれる時代背景は、まさに昭和を色濃く甦らせる。
はたしてノスタルジーといっていいかどうか解らないが、自身の少年期と重ね合わせる部分も多く、しみじみと作品の中に埋没していったのであった。


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【たとえ犬だろうと聞き分けが肝要なのだぞ】

2012年03月29日 | Weblog
すべての農道を分断する形で、かなり幅広な道路建設工事が進められている。家からはほんの 100 メートルほどの距離である。昨年からずっと工事中で、果たして予定工期内に終わるかどうかは定かではない。
別に新しい道路が出来ようが出来なかろうがさしたる興味はない。ただ問題なのは毎日の犬の散歩コースである安藤川の堤防へと繋がる農道の入り口が、あちこちで通行止めになってしまっているため、迂回を余儀なくされることである。

ここ最近は体力が衰退してきているのか、以前のように散歩に時間を費やすことが負担に感じられることもあって、短時間でさっさと済ませてしまうこともしばしばである。当の犬達にしてみれば、運動不足でストレスが溜まるやも知れぬが、そこはとりあえず人間中心に考えることとする。

しかしわたしとていささかの動物愛護精神は持ち合わせているので、運動不足と食べ過ぎの取り合わせはマズかろうと、散歩量の少ないときはバランスを考慮して食餌の量も減らしてやるのだ。
犬達は別に文句を言ったりはしないが、ただ幾分哀しげで物欲しそうな眼差しをわたしに向けてくる。勿論わたしは見て見ぬふりだ。

いいかお前たち考えてもみろ。そもそもエネルギー消費が足りてない状態で、食うことだけは目一杯食べていたら、それこそメタボになるやも知れんではないか。犬が成人病に掛かったとあってはシャレにもならんだろうが。ここはひとつ腹が減っても、じっと我慢するのだ。それがお前たち飼い犬のご主人さまに対する忠誠というものであるぞよ。

そうだ、お前たちの食餌を減らして浮いた分は、いっそ馬の方に回してやるというのはどうだ。なに、馬なんか飼ってないじゃないかって。別に飼ってなくたって、馬のために金を使ってやることはできるのだよ。そんなことは納得できんだと? だから、馬は運動量が多いんだってば。イテッ、噛んだなテメェ!








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【半径10キロ圏内】

2012年03月28日 | Weblog
日々の暮しにおいて一番メインとなる自宅から会社への通勤距離は片道 9キロ弱。道路の混雑状況にもよるが、時間にしておよそ20分前後か。

その他の行動範囲を見渡してみても、半径10キロ圏内でほとんどの日常の用事は間に合っている。便利といえば便利なんだろうが、生活のほとんどが、たかだか10キロ圏内で事足りているというのも、なんともこじんまりとした人生ではある。

かと言って、今さら遠くへ出かけたいとも思わないが。だって、面倒だし…。
その昔ジェリー藤尾が歌っていた、「遠くへ行きたい」って曲は、結構好きだったけどね。


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【黄色はやすらぎの色】

2012年03月27日 | Weblog
まだ花の少ないこの時季にあって、質素に自己主張して咲くヒイラギナンテン。
決して派手さはないが、わたしはヒイラギナンテンの、目立ち過ぎない黄色い花が好きである。
わたしにとって、黄色はやすらぎの色でもある。


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【口で言うほど容易(たやす)くはない?】

2012年03月26日 | Weblog
昨年の 3.11 東日本大震災以来、テレビなどのマスコミにおいては、ニュースキャスターやコメンテーターをはじめ、政治家、芸能人、スポーツ選手、インタビューを受ける一般人まで、実に多くの人々がこぞって「絆」という言葉を口にするようになった。

まるで流行り言葉のように、猫も杓子も判で押したように「絆」という言葉を口の端に乗せるのを見るにつけ、「絆」そのものが薄っぺらで安っぽく思えて、ある種のおぞましささえ感じてしまうのは、単にわたしがへそ曲がりだからなのだろうか。

省みて、普段一緒に生活したり、一緒に仕事をしたりしている自己を取り巻く周りの人たちとの間に、強くて深い「絆」が築けている人が、果たして一体どれほどいるのであろうか、と鑑みてみたりもする。

人との「絆」は大切には違いないが、口にしたからといって簡単に築けるほど安易なものでもなかろうと、つい穿った見方になってしまうのは、やはりわたしがへそ曲がりだからに違いない。

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