カヤックと過ごす非日常

大人は水辺で子供に返ります。男は無邪気に、女はおバカに。水辺での出来事を通してそんな非日常を綴っていきます

821.いつもの海で初めてのこと ― 古和浦の海辺

2016年12月20日 | Weblog

とあるイベントに、10日ほど前に行った海に、また行くこととなった。 なった、と言うと他動的だがこれも又何某かの御縁のおかげと、喜んで行かせてもらうことにした。

「また行った」海ではあったが、「初めて経験した」事に驚き、楽しんだ海辺だった。どんな海かと言うと・・

 

行ったのは、こんな木が立つ海辺。

何度も見ているこの木。私がこの海辺のランドマークとしていいる木だ。いつもは反対方向から見るが、この方向から見ると別の木に見える。 こう見ると、これがどこの何の木か、見当がつかない。「見る方向」、人との付き合い方、自分の行くべき道、公平な判断・・ そんな事にこそ、「見る方向」が大切なのだと、気づかせてもらう。

 

今回のメンバーは大勢いる。私としては年に一度あるかないかの大所帯だ。それでいて、それぞれが自分の居場所を堪能する御仁達なので、窮屈さも緊張感もない。「個の集団」、とでも言おうか。

 

あの顔、この顔、懐かしい顔。 前回会ったのが1年前だなんて信じられない人、2年ぶりの人、いつ会ったかも思い出せないがどこかで会った人・・

一つの大きな幹から太い枝、細い枝、たくさんの葉が出るように、カヤックマスターの幹に集った人の顔が並ぶ。

         皆さん、こんにちは
         今日もよろしく

 

で、集った後はどうするか。まぁ、とりあえずランチにしましょう。とりあえず、コーヒーでも飲みましょう。で、その後はどうするか。

予報ではないはずの風がちょこっとある。こんな風、(私以外の)このメンバーにとってはへそのゴマほどにも影響ないが、いつの間にやら海行から山行に変わっていた。

         出た! よくある、いつものパターンだな

 

そのパターンに乗って、みんなで山歩きへと出発した。途中栗林が開ける。

山に入る手前の栗林。イガが散乱し、たくさんの実が生ったことがうかがえる。 この栗、人が食べたのか、サルかイノシシか。この辺り、「限界集落」と言われる地域とのこと。山の獣の栗園なのかもしれない。

この先、みんなは山へと進み、私は集落の方へと戻る。

 

 これも猪垣と言うのでしょうか

 きれいに積まれた石垣が
 続きます

 

 

 

 

 

ここに住んだ人達が、何年、何十年、かけて築いた石垣だろう。あの石の途切れた所から、ランドセルを担いだ子供が勢いよく飛び出して駆けて行く。その後ろ姿におばあちゃんが「気ぃ、つけて行きや」と声をかける。 しばらくするとあの石の切れ間から、鍬を担いだ夫婦が手拭いを被って出てきて畑に向かう・・ そんな暮らしを彷彿とさせる光景だ。

道に錆びた荷車が日向ぼっこをしている。

耕運機が引く荷車。息子が引くリヤカー。刈り入れの時にはこの荷台に子供が乗ってワイワイ言いながら畑に行く・・

そんな時代が、あったのだろうか。埋もれたタイヤは、再び動くことは、あるのだろうか・・

錆びた物は長閑さと侘しさとを同居させ、ただ、時が流れ去ったことだけを語る。海に浸かる錆びたエンジンと同じ匂いだ。

ちょっと集落の中に入ってみる。

暖かい日だまりに、老人が3人、集っていた。 話の輪に入れてもらう。ここは一人か多くても二人だけの世帯だけで、家は建っていても空き家が多いとのこと。若い頃は船で出かけていたが、ここに来てから車の免許を取ったというその人は70歳をとっくに過ぎている。運転できない人は移動販売車が頼みの綱とか。 それでも、ここは良い、と声を揃えて言うその人たちの顔は笑顔だった。 暖かかったのは日差しのせいばかりではないようだ。暫く辺りを散策する。

 

 このポンプは
 まだ生きているのでしょうか

 呼び水に応えて
 くれるのでしょうか 

 

 キーコ、キーコ、 
 シャー、シャー

 

 

集落の所々にこんなポンプがある。キーコ、キーコと音を立て、シャーシャーと水を吐いていたのは、どの時代までだったのだろう。暫く使わないと水が上がらなくなるが、そんな時は「呼び水」を注す。「呼び水」なんて言葉、本来の意味で使うことはもう、ないのだろう。

 

車に戻ると辺り一面色づいた落ち葉が降り敷いている。あるはずではなかった風はマロンの上の木から、ハラハラと葉を降らせ、開けたドアからシートにも振り散らす。ちょっとこれは風流が過ぎるのではないか。

それにしても、もう、師走と言うより、年末の声が聞こえるこの頃に、ここはまだ紅葉シーズンだ。いや、これから紅葉するようだ。迫る山、暖かな海、おまけに焚火の温もりが紅葉を遅くしているのかもしれない。いい色だ。

やがて山に行ったメンバーも帰って来た。山でもいい出会いがあったようだ。出会いと言えばこの木、この木は朝、青空に立っていたあの木。今度はいつもの方向から、挨拶する。

 

 センダン

 何度もあっているこの木 
 なぜが実が付く頃に会う

 この姿はこの海辺の紋章です

  落款ともなります

 

 

 

この木を見れば、この木と、岸の桜の木を見れば、ここが古和浦、新桑竈とわかる。

 

まだこんな時間から、と言う頃に、今宵の宴が始まる。薪が勢いよく炎をあげ、まずは海の幸。

 

 本日開店 カキ・スタンド
 後から後から出てくるカキ

 こんなにカキを食べたのは
 初めてでした

 食った、食った!

 

 

 

 

次は山の幸。カキを食べる人の傍らでは猪肉をさばく人。丁寧にスジを取り、きれいに削いで行く。イノシシがこんなにきれいな赤味だったとは初めて知った。料理人の腕が光る。

イノシシも、スペアリブ、と言うのだろうか。骨は、何も身が付いていないようでいて、意外と食べがいがある。ヒレカツになりそうな肉。しっかり焼けば シシ・ジャーキー。日持ちがするし、キャンプに持って行くのにいいだろう。ビールに合いそうだ。

 

 牡丹鍋は何度も食べたけれど

 こんな風に食べたのは初めて

 こんなに食べたのも初めて

 食った、食った!

 

 

 

 

その猪肉が焼ける横で大鍋の湯気が立つ。 威勢よく、惜しげもなく投入されるおでんの具。食べきれるだろうかと心配するが、この鍋が上がれば第2弾が投入される。 まぁ、みんな、よく飲み、よく食べること。

 

 おでんもよく食べるけど

 こんなに食べたのは初めて

 

 食った、食った!

 

 

 

 

宴もたけなわの頃、冒険男子とチャレンジ女子の、それぞれのカヤックのスライドショーが始まる。

           ん~ん、 どちらもすごい、としか言えない

 

誰かが言っていたが「夢は見るものじゃない。叶えるものだ」と。 夢をかなえて行く彼ら。私には雲上人の彼らだが、カヤックの夢を叶えている、と言う点では、私も同じだ。と言うことは、私も、かなり低い所ではあるが、意外な雲上人なのかもしれない。雲上人にさせてくれる人たちに感謝する。

 

もうこんな時間、と気が付いて、シュラフに潜り込む。今日のお宿はもみじ降り積もったマロンの車中泊。

          今日も、良い日だった・・

           シュラフが、あったかい・・

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 820.湾の始まりと終わり ―... | トップ | 822.海を漕いで山を食す ―... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。