カヤックと過ごす非日常

大人は水辺で子供に返ります。男は無邪気に、女はおバカに。水辺での出来事を通してそんな非日常を綴っていきます

825.初ハイク ― 見ましょ、見せましょ、三瀬の坂

2017年01月30日 | Weblog

海漕ぎの予定を立てていたが数日来の寒波で ― 断っておくが、雪だから、寒いから、と言ってカヤックを中止することはない ― 道の凍結があるので、出発を遅くした。着くのが昼頃だし昼から漕いでも慌ただしいし、この際、例の店に偵察に行こう。あの店に行くならお誂え向きのハイキングコースが近くにある。これで午後からのメニューは決定。

と言うことになり、いそいそと出かけた三重の古道。そんな日の記録。

 

国道に出れば問題なく走れるし、高速道路に乗れば道は乾いている。それでも山間部の道沿いには除雪した雪がうず高く積もり、田畑は真っ白なシーツを敷いたままだった。その白さも次第にセピア色となり、やがて一片の雪もなくなった。

今回もご一緒下さるのはバルトさん。それにしてもいろんな山道を知っていますね。

集合場所の近くに気になる古民家カフェがある。当然行くでしょ。 旧道沿いに立派な構えの店に入ると、1日6食限定と言うランチにありつける。落ち着いた雰囲気、重厚なテーブル、このロケーションでこの料理でこの値段はずいぶんお得だ。

 

 

 
 コーヒーとデザートが付き
 1,500円 

 数に限りがあるのでお早めに

 

 

 

 

十分なエネルギーを補給し、次はそのエネルギーを使う番。 さっそくに古道ハイキングに出かける。

と、その前に、

神社、お寺、廃屋、旧道、狭道、酷道、に目がない我らはこんな神社にお参りする。

 

 多岐原神社

 小さいけれど由緒ある神社

 

 

 

 

 

 

その由緒が書かれているこんな立て札。少女コミックの1ページのような絵。堅苦しい文字が連なる説明文より理解しやすく記憶に残る。なるほど、そんな起源だったのか。

最近は高校の教科書でもこんなマンガ調の絵で説明が書かれているとか。コミック先駆け世代の一人としては、ついついその光景を想像する。 ちょっと、笑った。

 

その先に昔の渡し場跡がある。川の音も聞こえている。行ってみよう。

 

 三瀬の渡し場跡

 この位の川幅なら
 橋を架けることは
 簡単だったでしょうに

 

 

 

 

 

覚えておいでだろうか、1年以上前の事となるが、対岸のあの渡し場に行ったことを。今は立派な橋が架かる川を、一人六文で渡していたとか。それがこの地方を治める領主の収入源ともなっていたというのだから、ずいぶん大勢がこの渡しを使っていたようだ。

神社も渡し場も、我らが「狭道衆」(マロンも一員)なればこそ行かれた狭道。素人さんは、ここは歩いて行くのが賢明だろう。

 

前座が長くなったがさっそく古道歩きを始めよう。

 

 登り口におはす
 小さなお地蔵様

 ちょっとこの道
 お借りします

 

 

 

 

 

小さな祠の前にミカンの皮が散らばっている。人はこんな散らかし方はしないだろう。もしかしてサルがお供えのミカンを食べたのだろうか。 そう言えば、道端に、「サル除けのパチンコ」なる物が置いてあった。仏様のお供えを盗るとは罰当たりなサルなのか、サルへの施しとして置かれた物なのか。物言わぬ石仏はきっと、「お下がり」としてサルにも分け与えているのだろう。

ここのミカンを食べたサル(サルと決めつけるのは冤罪かもしれないが)には、せめて皮をまとめておく位の礼儀は持ってもらいたいものだ。

 

駐車場からしばらくは舗装された道があるがそれもじきに古道らしい雰囲気の小路となる。

 

杉林の中を続く小道。今は車で何分もかからない距離をいにしえびとは、舟に揺られ、峠を歩いて越えて行った。その緩く流れる時間が神や仏へを身近に感じる心を育んだのだろうか。各地の古道、山道には苔むした地蔵や朽ちた鳥居が点在する。

峠に近づくにつれ、上り坂となり、倒れた木が道を塞ぐ所もあったが、それでも私でも少し息が切れるくらいで歩ける初心者に優しい古道だ。小さなせせらぎに架けられた丸太の橋。いつの時の人が架けたのだろう、その人の手が架けた橋を、今日は私の足が歩む。見えない誰かが、ふと見える一瞬だ。

 

道の要所要所には案内の道しるべがあり、迷うことなく進む。杉林の木漏れ日が開けると峠の幟が迎えてくれる。

 

 熊野古道三瀬坂峠

 整備され過ぎず

 歩きやすいけれど
 山道も楽しめる

 

 

 

 

 

えっ、もう着いたの? と言った続きに、ふっー、やっと着いたと言う。朝はだいぶ増え込んだが日中は風もなく、古道を歩けば心地良い汗をかく。

峠には石積みの祠に小さなお地蔵さま。

傍らに墓石だろうか、「俗名 〇〇・・」と書かれた小さな石が立つ。この地に生まれた人か、この地で逝った人か。人通りの寂しい山道だがお地蔵さまとの話に花を咲かせていることだろう。

近くにこんな休憩所がある。

 並べた丸太に荷づくりテープで編んだシート。飛ばないように石で押さえてある。これはもう、立派な休憩所だ。誰が用意してくれたのだろう、登り口の杖を置いてくれた人か、道案内の表示板を書いてくれた人か。 損得で事が進むことが多い昨今、どこかの誰かのために心してくれる、どこかの誰かに頭が下がる。

 

途中、サルにもクマにも出会わなかった。それは良い事なのだが、せっかくだからクマの後姿位見えても良かったのに、などと思っている内に静かな池に出る。

水を流す川など見当たらなかったのだが、突然に静かな池が現れる。 おや? 水音がする。池の周りを探索してみよう。

しーんとした池。緑の淵に竜神様が居てもおかしくない。

この地に伝わる民話。

     その昔、旅の途中の峠道で病となり、たいそう難儀をしていた琵琶弾きの娘がいた。
     村人が手厚く看病したおかげですっかり元気になり、いつか恩返しをしてから
     旅の続きに出ようと思っていた。

     そんなある時、川が氾濫し、村を救うため、娘は龍となって水を流し、村を救った。
     その娘の魂を慰めるために、村人は竜神様のお社を造り、この池に沈め祀った。
     満月の夜になると羽衣をまとった娘が琵琶を奏でる姿を見ることがあると言う。

                         ~ 三重の民話集 第30話 より ~

なんて、昔話ができそうな池だ。 

 

この池を過ぎると三瀬坂峠の熊野古道は終点。私にはちょうどいいハイキング道だった。

短かったが旅の無事を古道の神様に感謝する。すぐそばを車が走る横においでになる神様。古道しかなかった時代の人が必要として通った道を、遊びとして通る今の人間を、これも又時代の変遷、とご覧になるのだろうか。時代を越えて変わらずにそこにいる神を、時代を次いで変わっていく人間がつないで行く。その繰り返しを歴史と言うのだろう。小さな神の大きな歴史の一コマに、私も入れてもらえただろうか。

 

たいした距離ではなかったが心地よい疲れがまわり、今年の初ハイクは申し分ないスタートを切った。 さて、次は 初漕ぎ をしなくては。

 

 

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