努力しなくてもできることと言うのは探してみると嘘のようにある。
ただ、冷静に考えてみると、この内容というのは出来る人間の絶対数が途轍もなく多いモノ
だったりする。例えば、公衆トイレが
【 ミハエル・シューマッハ氏のような伝説的な記録を作らないと使えません 】
と言う状況であったなら、どんなに一般から見るとケタ外れの人でも強制わいせつ罪で逮捕
されてしまいます。当然、自宅に設置してある水道の邪口が
【 魔力か奇術か超能力でしか開かない 】
とかだと既に住むことに挫折します。
ある意味、この事象は通常人を選ばないように作ってあるモノなので能力を必要としませ
んし、ソレを能力とは呼びません。
錯覚と言うのは怖いもので、これを能力に感じる事がある訳です。それは、二つの要因があ
りますが、問題となるのは
【 モノを確認していない 】
事だと思います。確認には、事前と事後があります。
例えば、写真などであれば、よく言われることが
【 いい写真を見ることは勉強になる 】
と言うモノです。これは絵とかでの同じですよね。いい絵画を一度たりとも目にせず、絵を
描けで、物凄い絵がかける人間は 【 既に何かの生まれ変わり 】 でしかありません。
多分に、基礎部分がしっかりしている人が描いたモノだとそれが出ますし、その状況になる
まで基礎の積み重ねもされているはずです。
ただ、その状況でも見ることも一つの勉強になる訳です。つまりそこにある物を見れば多
くの情報があるのでそれを細分化して脳内で処理し昇華する。
すると、基礎が出来ているとそれが上乗せされるという訳です。もう一つの確認が事後確
認です。つまり政策物の確認というモノですね。
これは、自分が作ったものなんで、出来上がり直後には結構舞い上がっているので相当恐
ろしいモノでもあばたもエクボで 【 まともかな? 】 と感じてしまいます。
絵の場合でも写真の場合でも
【 数日置いてもう一度見てから出力サイズ考えてみようか 】
と言うのが自然かも知れません。個人で作ったモノだと商業としてそれを行われている方だ
と別ですが、結構、主観が入るのでしっかりとしたモノが見えません。
なので、数日置く訳です。するとアラなんかが見えてくるので修正点や改善点が好きなだ
け解る訳です。
つまり、前者はソースの蓄積とライブラリの構築に相当し、後者は完全に状況確認と今の
自分の理解です。
写真なんかは、一発勝負的な所があるんで、何をどれだけの時間をかけてやれるのか?で
も変わりますが、ワンショット(連射なども併用する場合もありますけどね。)で納める事
になります。
絵の場合だと、どこが完成なのかと言う終着点がどのあたりであるかで決まります。
つまり、絵にしても写真にしても、
【 いいモノを知らなければそこに近いレベルで物を構築することは出来ない 】
と言う事になりますよね。【 基礎 】 と言う省くことの出来ないモノを確実に積み重
ねておく事が絶対条件で、その上で
■ 事前のソースの構築
■ 事後の自分のレベルの認識と精度の向上
ができていないと、工場の量産工程のように同一レベルのモノを複製するような状態にし
かならないように感じます。
音を扱う場合、音のソースを入力します。これは音感と言うソースでもありますし、曲
調と言う点でもそうだと思います。
ある意味、初心者が一つの事象を始めたとき、壁というのは、その事を行うと言う次元
で存在するのですが、その後はもっと違った部分で壁が出てきます。
例えば、動く映像作品で考えると、
■ 絵
■ 構図
■ カット割り
■ モーション
■ 効果
■ ストーリー
■ 効果音
■ BGM
など、やっていく程に難しい問題が山ほど出てきます。つまり栓だけで難しい状況を
越えると色彩なんかが出てきたり、見え方がどうなのかと言う部分になったりします
し、動かすとなると、コマ数をどう降るかなんかにもなりますし、絵の変化で結構見
え方が変わっちゃうんでこの辺もやってみると結構難しいです...。
音なんかは、本気でどんな音にするかで変わってきます。ピカチュウが走るシーン
でマジンガーZみたいな音がされても嫌ですし、
【 ポケモンバトルの時の音が生々しい...。 】
となると、数日はショックで寝込みトラウマになってしまいます。
音楽もそうで、例えば、ホラー映画なんかそうだと思うんですが、怖いシーンの音の
並びって結構考えてあるんですけど、音楽があってないと厳しいのは間違いないです。
例えば、 【 13日の金曜日 】 でジェイソンが登場し怖さを演出する時に、結構
心理的に不安になるような音が用意されているんですが、あれが
【 スリラー 】 (マイケル・ジャクソン氏)
だと、コントになってしまいます。また、最新作が準備されている 【呪怨】なんかで
一番怖さを表現する時の音楽が
【 スリル 】 (布袋 寅泰氏)
だと、曲が違う意味でのスリルなので方向性が違うのと、 【 江頭2:50 】 のイメ
ージが強いのでやっぱり
【 コントなの?! 】
と言う話になってしまう訳です。
映像というのは絵の集まりでもあるんですが、音も一緒に出ているのでその分出てく
る課題の多さと言うのは多く、初心者の時に感じた壁の数も多く存在します。
ある意味、その壁の手前のレベルが誰でも彼でもサックリできてしまうモノでただの
個人が凡人のままできてしまうモノだったりする訳です。
ある意味、一握りの人間しか出来ないことと言うのは世の中には嘘のように存在し、
驚くような人間が世の中には吐いて捨てる程存在するのも事実ですが、揺るがない基礎
と乗り越えた壁の数が昨日今日始めた凡人では到達できないレベルのモノになるのでは
ないかと思います。
世の中で、一番簡単にできる内容は、ボタン一つ押せば物事が進行すると言うモノな
のですが、コンピューターの処理だとバッチ処理がこれにあたり、作業で言えば製造業
のオートメーションがそれに当たります。
つまり、この内容になった段階で人を選ばないんじゃなくその作業は人を要さないモ
ノでしかない訳です。
となると、オートメーションの補助員だとその行為にその個人でなくてはならないと
言う付加価値は存在しませんし、それが特別であるような認識になった段階でヒトとし
ての能力の上限が来てしまっていると言えるのかも知れません。
つまり情報を短期記憶だけを通過させ数秒後とに消去する作業であれば知識も付きま
せんし、情報の蓄積もしません。そして基礎がなければイメージの具現化も不可能です
し、具現化したそれをまともであるかどうか判断するには比較対象となるまともなモノ
が必要でそれが無い状況下では比較が出来ないので能力の向上にも繋がらないと言う訳
です。











