神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!

ー神田川水系、支流はもちろん、旧水路、廃水路、全部 「まる歩き」ー

山下の堰

2017-07-15 07:24:53 | 支流編(善福寺川6)

 → 「堀之内村絵図」で、村境を越えてすぐ右岸に分岐する用水があります。「新編武蔵風土記稿」が「村の南の方を流る、長さ二十町許、流末は是も和田村に至」と記述するものです。「杉並の通称地名」(平成4年 杉並区教育委員会)にある山下の堰も、その場所からいってこの用水にかかわるものと思われます。「山下の堰 堀之内2-37 武蔵野橋付近。昭和10年ころまで使用。対岸が向山であり、その下にあったのでこの名があった」 ただ、「村絵図」は右岸への分岐を一ヶ所から、→ 「東京近傍図」では二ヶ所から描いていますが、現在確認できるのは三ケ所となっています。

 

Horinos22

    ・ 「昭和22年米軍撮影の空中写真」  直線的に改修された現行の善福寺川の流路をブルーで、済美公園をグリーンで重ねています。

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    ・ 済美公園  武蔵野橋から右岸方向のショットです。最初に分岐した用水は、済美公園の段丘の際を流れ、次の用水は公園の東縁に沿う道路となっています。

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    ・ 善福寺川  武蔵野橋から下流方向です。平成17年の集中豪雨後の護岸工事に際し、済美公園と一体化した親水施設が設けられました。

 <広町>  山下の堰から右岸に分岐した用水が灌漑していた田圃は、昭和30年代まで広町と呼ばれ、「村絵図」にも「字広町」の書き込みがあります。「大水が出ると一面の水となり池のように真白く見えるからこの名ができた。一説にこのあたりの水田が付近でもっとも面積が大きいからともいう。」 「杉並の通称地名」はさらに続けて、前者は「ヒロ」を「シロ」と発音することからくる誤解としています。なお、広町の「マチ」は区画の意で、天保新堀用水の分岐点がある荻窪団地付近も、やはり広町と呼ばれていました。

 

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