神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!

ー神田川水系、支流はもちろん、旧水路、廃水路、全部 「まる歩き」ー

和田堀公園

2017-06-15 06:50:53 | 支流編(善福寺川5)

 和田堀公園は白山前橋から武蔵野橋まで、12の橋にまたがって広がる都立公園で、その総面積は20万㎡を越えています。公園周辺はもともと地盤が低く、川の氾濫で沼地のできやすいところでしたが、昭和8年(1933年)に東京府の和田堀風致地区(983ha)に指定され、大小いくつもの池や釣り堀などからなる大宮八幡園が開園しました。戦後多くの池が埋め立てられ荒廃していましたが、昭和30年代に和田堀池(かっての八幡池あるいは中の池)を中心に整備され、スポーツ施設兼調整池を含む公園へと発展しました。(善福寺川緑地と和田堀公園の境は白山前橋ですが、大成橋付近にある成宗、和田の村境とのずれが気になっていました。どうやら風致地区の指定の際、白山前橋までとしたことの名残のようです。)

 

Wadahori1

    ・ 「段彩陰影図 / 善福寺川3」(1/18000)  善福寺川緑地と和田堀公園の範囲を薄いグレーで重ねました。両者の境は途中に引いた白点線です。

 風致地区指定の翌年、昭和9年に開園した民間経営の遊園地、大宮八幡園には、ボート池、釣り堀、プール以外にも、八幡池の中之島には豆汽車が走り、傍らには豆自動車場も設けられていました。昭和13年ころから19年にかけて営業されていたウォーターシュートについては、「すぎなみ学倶楽部」内の「おじいさんが知る昔(五)」に、当時の写真とともにその詳細が掲載されています。なお、戦後の一時期、戦災などで設備の大半を失った遊園地は競艇場への転換を図りますが、環境の悪化を懸念する周囲の反対にあってとん挫、代替地として平和島に進出したとのエピソードもあります。

 

0307a

    ・ 和田堀池  昔からある湧水池と思い違うほど、周囲の自然に溶け込んでいます。二つの中之島を含む面積はおよそ6500㎡、八幡池当時の広さ3000坪(≒10000㎡)に比べ、一回り小さくなっています。 

0307b

    ・  和田堀池  善福寺池と同様、カワセミが住んでいます。望遠レンズに三脚という重装備の人たちに混じって、コンパクトデジカメでのショットなので、シャープさには欠けますが・・・・。 
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 和田村用水 | トップ | 和田堀公園2 »