神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!

ー神田川水系、支流はもちろん、旧水路、廃水路、全部 「まる歩き」ー

道角橋

2017-05-17 06:41:31 | 支流編(善福寺川4)

 → 「成宗村絵図」を見ると、五日市街道と右岸流が交差するところに橋が描かれています。当時の名前は不明ですが、のちに道角橋と呼ばれたもので、前回の宝昌寺境内にあった石橋供養塔は、この橋の傍らにありました。なお、日本地形社の「昭和11年測図同22年補修(1/3000)」は、五日市街道(新道)と用水路がクロスするところに道角橋と書込んでおり、新道が開削された後、そちらを改めて道角橋とした可能性もあります。

 

0211a

    ・ 道角橋  左手を並行していた旧道は右折し、直進する左岸流とクロスしていました。そこに架かっていたのが道角橋です。 

0212b

    ・ 旧道  右折後上り坂になります。その後新道の北側に出、左カーブで南に戻り、最後に右カーブで七曲りを終えていました。 

0213c

    ・ 道角橋遺構  熊野神社の参道に道角橋の欄干が保存されています。「すぎなみ学倶楽部」によると、橋の撤去後、善福寺緑地に放置されていたものだそうです。 

 <道角>  明治22年(1889年)の町村制施行により杉並村が成立した際、大字成宗に幾つかの小字が誕生しましたが、道角(どうかく)もその一つです。五日市街道の屈曲(いわゆる尾崎の七曲り)のうち、前回UPの→ 「明治42年測図」に見られるように、三年橋・道角橋前後は直角に近い屈曲ですが、それが一帯の字や橋名の由来となりました。字が先か橋名が先かはよく分かりません。なお、この屈曲は桝形とも呼ばれ、城門などのものと同様、外敵の侵入を妨害するためともいわれていますが、真偽のほどは定かではありません。

 

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 五日市街道 | トップ | 成宗右岸3 »