神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!

ー神田川水系、支流はもちろん、旧水路、廃水路、全部 「まる歩き」ー

区画整理2

2017-08-08 06:02:28 | 支流編(善福寺川6)

 第二土地区画整理組合は昭和16年(1941年)に発足、総面積8万6千余坪の区画整理に着手しましたが、第二次大戦と引き続く戦後の混乱期に中断、昭和28年に規模を3万5千余坪に縮小して再開しました。「杉並風土記(下巻)」(平成元年 森泰樹)によると、再開の契機となったのは「組合地内で、立正佼成会が1万坪、都住宅協会が3千坪を買収したこと」でした。特に、地内に占める立正佼成会関連用地の割合は大きく、環七通りを越えてから駒ヶ坂橋までの迂回する旧水路と、ショートカットした新水路によって囲まれた区画の大半にあたります。

 

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    ・ 「地理調査所発行の1/10000地形図(昭和33年第五回修正) / 中野」  同一場所、同一縮尺の「昭和12年第四回修正」は→ こちらです。

 上掲「地形図」の時点では、旧本流やそこから分岐した左岸流も一部残っていて、光明橋で新本流に戻るように付替えられていますが、数年後の→ 「昭和38年空中写真」では埋立てられ、新本流のみとなっています。また、「地形図」では、立正佼成会関連の施設は交成学園(佼成学園)のみですが、「空中写真」には建設中の大聖堂が写り、これは翌年には完成しています。さらに、区画整理事業の進捗に伴い、中野方面から伸長してきた本郷通りも、環七通りに達して全線開通しており、第二区画整理事業の成果を見ることができます。

 

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    ・ 本郷通り  環七通りとT字を形成している大聖堂入口交差点からのショットです。幅員17mのこの道路も区画整理事業の成果の一つで、事業対象区域の中央を横断しています。 

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    ・ 光明橋左岸  本郷通りに向かう通りの左手に、付替えの水路が並行していました。左手が昭和45年完成の普門館、右手は冒頭にあった都住宅協会の用地で、現在はコーシャハイム杉並和田の敷地です。 
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