神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!

ー神田川水系、支流はもちろん、旧水路、廃水路、全部 「まる歩き」ー

青梅街道

2016-10-12 06:51:29 | 支流編(桃園川2)

 新堀用水の最大のハイライト、青梅街道越えです。天保11年(1840年)2月21日に中野、高円寺、馬橋三ヶ村から、中野筋の鷹場を管理していた鳥見役に提出した書面には、「馬橋村境より成宗村庚申塚迄長延百八十間之義者、高下平均壱丈七八尺程土下繰抜候ニ付明り取土揚井戸数拾二程出来仕候」と、その工事の概要が見積もられています。トンネル工事は2月26日から5月中頃まで行われ、完成後提出された「中野村外弐ヶ村用水路新規自普請諸入用取調書上帳」の記載によると、「高下平均二丈余土下長延二百四十間之間敷三尺高六尺」となっています。地下平均6mのところに、幅90cm高さ180cm延長430mほどのトンネルが完成したわけです。

 

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    ・ 「迅速測図 / 東多摩郡高圓寺村」(参謀本部測量課 明治13年測量)の一部を加工したものです。→「東京近傍図」の左下隅にあたり、成宗弁天池から桃園川支流の谷頭に向かって、青梅街道越えのトンネル部分が点線で描かれています。 

 当初は明取り兼土揚げ用の縦抗を12ヶ所掘るとしていましたが、最終的にはほぼ等間隔に21ヶ所となり、うち6ヶ所は石蓋、14ヶ所は材木で蓋をし、その上を土で覆って埋戻しています。埋め戻すのは地上を損なわないためのものですが、注目は代官中村八大夫に提出した天保11年6月8日の文書で、「他領之義ニ付往還畑中之分者繰貫明り取井戸石蓋ニ仕、其余之分伐木を以埋立」とあります。関係する村の中で唯一他領(日枝神社領)だった阿佐ヶ谷村に配慮したものと思われます。なお、こうした縦抗は定期的に行われたトンネル内の泥浚いの時、再び開けられ利用されていました。

 

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    ・ 青梅街道  新宿方向のショットで、左手は杉並区役所、その裏が→ パールセンターです。なお、区庁舎建設の際の基礎工事では、トンネルの痕跡はみつからなかったそうです。

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    ・ 成宗口付近  150mほど先に成宗村本村の鎮守だった須賀神社があり、その西隣りが弁天池になります。途中で道幅が広くなっているのは、青梅街道からの水路がかかわっています。
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