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神国日本

2017-08-13 21:47:47 | 政治

>戦前、戦後における神国日本について紹介します。
>戦前には、国体の本義という書物が生み出され、第二次世界大戦中の国民を鼓舞する指導原理として利用されていました。

>◆戦前の神国日本リンク
>>明治維新により天皇が政権を奪還すると、国家神道が国教とされ、国家神道を支える理念的思想となるとともに、欧化・近代化路線に対抗する国粋主義と結びついた。日本の帝国主義・軍国主義路線の膨張、植民地の拡大とともに、国内外の民衆を抑圧する思想へと転化して行った。

国粋主義 (超国家主義) は、自己慶賀の内容ですからね。いつの時代にも日本人にとって楽しい話になりますね。米国における、白人至上主義のようなものか。帝国主義・軍国主義路線でどこまでも行けると思ったのでしょうね。その態度も尊大になる。

>日露戦争勝利以後、日中戦争・太平洋戦争でその動きは最高潮に達し、「神州不滅」の主張の元に玉砕・神風特攻隊・本土決戦論などの、“臣民全て滅びようとも天皇家だけは厳然と残らねば・残されねばならない、そして日本が勝つのだ”という思想が横行し、多くの生命が失われた。大戦末期には、敗北が目に見えても、民衆の中には“いずれ神風が吹いて、敵艦隊をまとめて沈めてくれる”と本気で考えていた者がいたという。

我々の得意な神頼みですね。’大吉’ と出れば、良いのですがね。一途の信仰あるのみでしたね。洗脳には抵抗力のない日本人ですからね。ただ、信仰あるのみ。国がひっくり返らなければ、目も覚めないでしょうね。なにしろ、人道主義がなくて、天皇家だけがある。恣意 (私意・我がまま・身勝手) による暴走ですね。

>◆国体の本義は、戦争の指導原理に利用リンク
>>ABCD包囲陣によって「窮鼠猫をかむ」の状況において無謀な日米戦争(1941年12月8日から1945年8月15日)を戦うにあたっても、日本は、天壌無窮の神勅により立てられた天皇を戴く神国だから負けるはずがない。必ず神風が吹き、日本が勝利すると国民を鼓舞する指導原理として「国体の本義」が利用され、神州不滅が喧伝さることとなる。
この自己中心的で偏狭なナショナリズムは、日本の敗北によって否定された。

日本人は、感情的な恣意決定をしますからね。ただただ恣意的な内容に酔いに酔う。恣意は文章内容にならないから、意味が無い。矛盾すらない。塗炭の苦しみを味わわなければ、我々の目も覚めない。また、いつ恣意が盛り上がるかも予測できない。何しろ日本人には意思が無い。意思の内容を文章にすることが出来ない。だから、自分が自分の内容を把握できない。つかみどころのない人間です。そして、平和憲法が唯一の頼りとなっている。この国では、人間が自然の中に埋没しています。’窮鼠猫をかむ’ のは、きわめて自然ということになるのかな。アニマルには責任が無い。だから、日本人にも責任が無いということか。近隣諸国もこの国民性を危険視しています。

>◆国体の本義とはリンク
>>1937年に「日本とはどのような国か」を明らかにしようとするために、当時の文部省が学者たちを結集して編纂されたようで、神勅や万世一系が冒頭で強調されており、国体明徴運動の理論的な意味づけとなっていたと紹介されていました。

‘上とみるか、下とみるか’ を判断すれば、’上’ は ‘神’ となる。上とみるか、下とみるかを考えれば、上下判断に基づく ‘序列’ ができる。だから、’万世一系’ も無理なく考えられます。ただし、これもこの国内だけのこと。日本人には世界観 (world view) が無いので、彼の内容は世界につながっていない。
日本語には、階称 (言葉遣い) がある。言葉遣いも礼儀作法 (序列作法) も序列判断なしには正しく行えない。世俗的な判断がなければ、礼儀正しい日本人にはなれない。序列なきところに礼儀なし。貴方は非国民になりますか。
対人関係において、人を見損なってはいけない。だから、日本人は、無礼講でないときには、いつも対人関係で緊張している。日本人の序列観念は、強迫観念の域にまで達しています。だから、堅苦しくて、肩がこる。世俗の序列メンタリティが問題です。

>◆戦後の神国日本リンク
>>戦前の「神国思想」が多くの生命を奪った経緯から、戦後になると、日本国憲法が制定され、政治の場から神国思想を排除するために、政教分離原則の厳格化と信教の自由の導入が行われ、日本社会の表舞台から神国思想は衰微した。

階称に基づく考え方は、日本語に基づく考え方の基本ですね。こうした国語教育の問題を解決しないと、根本的な神国思想の解決にはなりませんね。

>しかし、2000年5月15日に、時の首相・森喜朗が、「日本は天皇を中心とした神の国」等発言した。

彼は、戦前の生まれです。国民学校 (今の小学校) に入学した生徒でした。洗脳されているのかな。それにしても、日本語が全国に浸透しているように、神の国はこの国の津々浦々に根を下ろしています。人々は、日本の神の意思を求めない。人々は、日本人個人の意思を求めない。人々は、確たる内容の指導者に導かれることもない。我々自身には精神的な持病のあることを常日頃から理解すべきですね。さもないと、また無理をして倒れることになるでしょうね。それは、愚かなことです。


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