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「ホロコースト」ナチスによるユダヤ人大量虐殺の全貌 芝健介 

2017-04-20 | 読書

新書ながら、ホロコーストの概説書としてわかりやすく、また大変読み応えのある本だった。

情緒的、感情的表現は全くないけれど、淡々とわかっていることだけが記述された行間から、歴史上かつてなかった民族差別と無差別殺人の実態が立ち昇ってきて、戦慄を覚えた。

ユダヤ人への偏見と差別はこの大虐殺以前から長くヨーロッパ社会にくすぶっていたのだろうけれど、肌感覚として日本人にはわかりにくい。

第一次大戦後のドイツ社会の経済的な破たんと社会の行き詰まりが、スケープゴートとして、ユダヤ人を迫害することになったのはよく言われていることだけど、ヒットラーの極端な言説をなぜドイツ人はやすやすと受け入れてしまったのか、そこのところが私には最大の疑問。

何かの集団を自分たちより劣る人間として差別する。これって、いくら差別をやめましょうと言っても大小取り混ぜて、私がニュースで知る範囲の日本の国でだって、全然なくなってないばかりか、ネット社会になって無責任でとっつきやすい極端な話が噴出してきているようにも思う。

人を差別するのは人間が社会を営み始めた、ごく初期からの悪弊かなと私は思う。それを防ぐには知性を磨き、人の弱みを想像し、自分の権利は守り主張し、差別しない、差別されない強い心を持つしかないのではと思う。

私の狭い知見から、社会の底辺にいる年寄りが却って差別意識が強かったりする。人間として、その人たちも大切にされてこなかったのでしょう。

この国全体で、人を大切にする取り組みが一層大切と思います。

2012年、ドイツへ行ったとき、ブランデンブルグ門の傍にナチスの格好した若者数人がいたのでぎょっとした。観光客に写真撮らせてお金を稼ぐらしいが、ドイツも今はネオナチが生まれ、ホロコーストの反省が本当に社会全体にいきわたっているのかと、疑問に思った。


ユダヤ人はずるがしこく劣った民族。混血をして民族がけがれるのを防ぐため、ソ連との戦いに勝利した暁にはユダヤ人を東方へ追い払う。それが思わしくなくなると、マダガスカルに全員移住とか、考えていることが荒唐無稽である。そこにも住んでいる人はいるし、いきなり行った大勢の人の生活なんて全然考えてませんね。

こんな粗雑な考えで、一つの国の政策が動いていくなんて、本当に信じられない。早晩行き詰まると、占領下のポーランドを中心にしてゲットー(特別居住区)に押し込め、最低限の食物だけ与えて、軍需産業で強制労働。

社会の役に立たない障碍者、精神病患者、同性愛者、極度の近視のものまで銃殺されるのがホロコーストの始まり。それはポーランド侵攻の1939年に始まり、1942年からはユダヤ人を根絶やしのするための大量虐殺が始まる。

日本では強制収容所と呼ばれることが多いけど、この本では絶滅収容所と名付け、現在のポーランドの範囲に6つあった。1942年1月の最初の殺戮から45年1月までの三年間、殺されたユダヤ人は500万人台前半から600万人を超えるかもしれないとのこと。

これはもう、収容所ではなく、いかに効率よく人を殺すかに特化した殺人工場と呼ぶしかない。

人間が人間に対してこんなことができるのだろうかと、人間の心の奥の闇に戦慄するしかない。殺される人の一人一人、子供も年よりもどんなにか恐怖だったことだろう。ユダヤ人に生まれたのは本人の責任でもないし、落ち度でもない。

ある民族全体がある民族より劣るなんてことがあるはずがない。豊かな国、貧しい国、地球上にはいろいろあるけど、それは地理的条件や歴史的な流れに規定されていて、そのことで差別したり、されたりはよくないと私は思う。

なんか熱くなってしまったけど、人より自分が優れていると思いたいのは人間の悲しい性。猿から人間になる時にもう身に着けた習性かもしれない。誇りは大切だけど、やっぱり民族差別はよくない。

ホロコーストはいつまでも記憶され、そこから学ばねばならない歴史の一大汚点だと思う。

 

 

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