水瓶

ファンタジーや日々のこと

ワンダランドの迂回する道のり

2016-09-18 20:56:28 | 雑記

オレはこんなところで生まれた筈はない、どこか遠いところ、たとえば他の天体からむりに連れてこられたのだと、
幼年のわたしが固く信じて、その故郷へ戻るための呪文を日夜唱え続けていたのは、むしろ当然だったかも知れない。

(中井英夫「虚無への供物」あとがきより)


十代の頃に読んだきり、五十近くなった今読んだらどうだろうかと思ったら、やっぱり面白くて一気に読んでしまった「虚無への供物」。
以前はわからなかったことも大分理解できたように思います。全部とはいえないけど。
この犯人の動機は、十代の自分にはわからなくても無理はないかな。。
これと同じような犯行動機で描かれたミステリ、他にはおぼえがないです。
アンチミステリと作者本人が言うゆえんもそこにあるのかも知れませんね。

ワンダランドとは後半辺りからよく出て来る言葉で、「不思議の国のアリス」のwonderlandのことです。
この話の中では、想像の世界というよりももう少し強い、妄想の世界といったような意味で使われているようです。
結末では、一時期ワンダランドに耽溺したけれど無事に、そして少し成長して帰って来た人と、おそらくはより理知的で強い性格であったためにワンダランドにのめり込むことができず、ワンダランドであればこそ許されるような出来事を現実に実現しようとして、逆にワンダランドに、現実世界に侵入されてしまう人とが描かれています。
何かに耽溺することの危険はよく言われるけれど、この小説ではあえてそうした危険も含むワンダランドの効を描いているように思います。
このワンダランドはフィクションと置き換えてもいいかも。虚構だからこそ許される世界。

1954年に起きた洞爺丸沈没事故を重要なモチーフとして取り上げていて、たとえばそうした沢山の人が亡くなるような大事故や大災害の、あまりにも個人に対して無頓着で無意味なむごさ、残された人にとっては堪えがたい空しさに、直面するのでなく迂回する道筋をつけて、なんとか日常に復帰させることの大切な役目の一端が、フィクション・虚構の物語にも与えられているんだと思います。
しばらくの間、ワンダランドの暖かくやわらかい羽毛にくるまれて、いつかいい時期に、もと歩いていた道に戻るのを助けてあげるんですね。

・・・えー、これ、コッパードの「ポリー・モーガン」や、幽霊についた書いたのと同じようなことだな。。。
はい、私はフィクションだのの創作物は、極力自由に描くのを許すべき派であります。
悪徳も背徳も許されるからこそのフィクションの存在価値ではありませんか。にゃーんて。



作中にしばらく前に行った目黒不動尊が出て来るんですが、ご存知でしたか?
目黒不動尊のほかに、目白不動尊、目赤不動尊、目青不動尊、目黄不動尊と、都内に五色五カ所あることを。
あと、ここへ引っ越して来る前に住んでいたアパートの近くにあった、国府台のバラ園のあるS病院も出て来て。
こういう昭和の、当時流行の最先端の風俗を描いた文章好きで。横溝正史の短編中編とかでもよく描かれる感じ。
なんかこの後、けっこう変わるんですよね。風俗も文章も。



冒頭の写真は大さん橋に寄港していた豪華客船ダイヤモンド・プリンセス。まさに浮かぶマンション、でかかった・・!
二番目の写真は象の鼻近くの大通り。最後の写真は横浜開港資料館の中庭にある玉楠(たまくす)の木です。
この木は江戸時代からあるそうで、関東大震災も横浜大空襲も生き残った剛の木なんですよ。

ところで、昔読んだ時には肩すかしをくらったように感じた結末、今読んでみると、おそらく正統派ミステリのようにトリックから動機から通常のミステリ的に納得できる結末になっていたら、もちろんそれでも面白い!傑作だ!と思ったと思うけれど、こうも後々まで心に残って、よし今度はどれぐらいわかるだろうと思ってもう一度読む気にはならなかったかも知れません。
つまり大いに満足してますが、でもこの長さでこの牽引ドライブ感だと、私は頭が興奮してしまって、読み終わるまでよく寝られないんですよね。。。この年になるとこたえるぞい。

「謎ときの本格ものだと思って、暖炉の傍や緑の木陰でのんびりページをくっていると、いきなり犯人は読者のあなただなんて、悪趣味だな。」

最終章に書かれた登場人物の一人のセリフです。
まあ私も基本的にはやっぱりミステリのルールにのっとった正統派ミステリが好きなので、これに同じ気分ですが、でも傑作ですよ、やっぱり。
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