日々是好日?かささぎなくらし

筑紫平野→新潟平野→関東平野と旅を続けるかささぎが,「よく暮らす」に焦点を当てて 鳴いてみる。らしい。

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執着と未練と

2005-11-01 14:24:08 | へんなこと(ジブンについて)
わたしには未練があるのかもしれない


いや きっとあるに違いない。



以前「究極の二択」についての記事を挙げたことがあった。
 (かささぎなくらし コトノハ別館:泣いたコミック 2005/08/01付)

当該記事では

もしも
「この世が見えぬ」と「この世が聞こえぬ」 どちらかになるとしたら
どちらを選ぶ方が よりつらいだろうか


という前提での考えを書いてみた。

このとき寄せて頂いたコメントとの遣り取りの中で気付いた。
わたしは,未練がましい。 と。

この世に未練があるから 何かを言っている。
何かが伝わるのではないかと
何かを判って貰えるのではないかと

欲があるから
未練があるから
わたしは いろいろと手放せないのだ と。



そのことを今も折に触れ,思い出しては考えている。


記事から丁度三ヶ月経った。
季節はこれから冬を迎える。
わたしは まだ手放せないでいる
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11 コメント

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Unknown (kayo)
2005-11-02 17:18:13
こんにちは。ご訪問ありがとうございました。

TBさせていただきますね。



私は比較的欲がないほうだと自分で思っているのですが、未練は多少ありますね。

でもそれは人間の業ですから(苦笑)。

欲も未練もない無味無臭な人間なんていないですものね。



ちなみに私も聞こえないほうが辛いような気がします。
Unknown (介護人たま)
2005-11-02 19:39:35
あたしなんていつでも、未練がんがんですよ、もう(笑)



究極の未練の先に、たぶん、その、

…例えば鷗外が言うところの「諦観」みたいなものがあるんじゃないかなぁ。



未練と、それをペンディングしつつ前進すること

…上手くいえないのですが

そういった「存在のありかた」に耐え続けること



言葉がふと思い浮かんだので、書き残しておきます。
秋の形見に (雪月花)
2005-11-03 08:55:09
かささぎさん、おはようございます。お元気ですか。



今日はお願いがあってうかがいました。以前、「雪月花」をこちらで紹介してくださった折にいただいた歌二首と、あの十三夜の六番の歌を、かささぎさんのお名まえを添えて来週の当方の記事に掲載させてください。もちろん著作権はすべてかささぎさんにありますので、支障がありましたらご連絡くださいね。



この秋の形見に、みなさんからいただいた美しい言の葉を束ねてお届けしたいと思います。これもまた、すぎゆくときへの執着、未練‥ かしら。
冷雨 (うさと)
2005-11-03 14:36:09
こんにちは、かささぎさん。

こちらに書かせていただいたいくつかに、新しい歌を添えて記事といたしました。TB送らせていただきます。

この記事の中にも載せましたが、私の未練と執着を、歌ってみました。自記事と重複しますが、書かせてくださいね。



死にいくと 死に後れると ねえ君よ どっちが怖い? どっちを選ぶ?
まとめてのお返事で失礼致します (かささぎです)
2005-11-04 17:32:00
皆様 呟きのような小さな記事へのコメント,まことに有難うございます。更に深く話を続けられることが嬉しいです。こころから感謝申し上げます。

ひとつの欄にまとめて表記する失礼を どうかお許し下さい。





◆kayoさん 改めて初めまして。ようこそおいで下さいました。



人間の業 ですか。確かにそうですね… 

欲が有無で言うならば,私は物への執着は余りないので,比較的少ない方ではないかと自分では思っているのです。けれども,何というか未練は…多少どころかかなり有りますね。「折角だから」とか「勿体ない」とか考えてしまうことが多いです。

もっとすっきりシンプルに生きていこう と思いながら うだうだ進んでいるような感じです。情けないですが^^;



追伸;kayoさんのコトバ 私にとっては「刺さ」りますよ^^(「宣言」拝読しました。) ありがとうございます。これからも宜敷お願いします。





◆たまさん いやいやいやいや。未練組です私も。



究極の未練の先の諦観。うむむ。成程。先へ行き着かないと,きわめないとみえないものかもしれませんね。未練がましいままではとても理解できないのかも……



それにしても「存在の在り方に耐え続ける」こちらは,解るような気がします。 さすがたまさん。

素晴らしい視点,ありがとうございます^^

 



◆雪月花さん ようこそいらっしゃいませ。ありがとうございます^^ 元気です。ぐんと寒くなりましたね。



雪月花さんのこのようなお申し出は初めてなので,何かお恥ずかしいです…

六番と言うとあの「口惜し」ですね。本当に勿体なくも有り難いお言葉です。どうぞご遠慮なくお使い下さいませ。雪月花さんがどんな腕を奮って下さるのでしょうか。料理される側の,違った趣がみえるのでしょうねぇ…。ふふ。とても楽しみです^^ 有難うございます。



未練や執着は「形見」の様な変化を経ることで成就するのかもしれない と,ふと思いました。





◆うさとさん 今日は^^ 有難うございます。頂いた記事,早速拝読致しました。

うーーーむむむ。うさとさんの未練と執着。潔いですね。脱帽です。



私は「死に後れる・死に損なう」の方が怖いです。死ぬことそのものは,いつでもそこにあるから怖くはありません。でも,自分の死期を誤ってだらだら無様に生き続けるのは,なにか怖いです。藻掻いている今この最中が,もしかしたら無様な生き残りの真っ最中なのかも,と考えるのも恐怖です。だから尚更足掻いているのかもしれない…  こんなこと考えていくと,どつぼにはまります。



もっと時間が経つと別の答えになるかもしれませんが,取り敢えずこの20年はずっとこう考えています…… 

考えてしまいました・・・ (ei)
2005-11-04 21:06:09
触覚がなくなるのだけはどうしても嫌なのですが。



視覚と聴覚・・・。



大好きな人と、このことについて会話をしたんです。彼女は、見えなくなるのだけは嫌だ、すべてこの目で見ていたい、といいます。わたしは、やはり、音が奪われると・・・つらいかも、と思いましたが。



でも、やはり、どちらも失くしたくはありません。初めからなければいいのでしょうが、一度でも持ってしまったものを手放すことはつらいです。



未練だらけですね・・・。
放すのは… (かささぎ)
2005-11-05 15:24:54
◆えいさん 私も聴覚を残して欲しいクチなので,同様に触覚ははずせませんね。



わたし達が情報源を視覚と聴覚に殆ど全て頼っているという現実は,余りにも当然過ぎています。目と耳の役割がいかに大きいのか・・・ともすると忘れてしまいそうです。そもそも「初めからなければ」忘れることもなく,執着もないのに。

本当に「一度でも持ってしまったものを手放すことはつらい」と私も思います。



生きること即ち生命への執着。生きるものとしての性。生きているからこそなくならない未練なのかもしれません。

生きているあいだに未練と執着のくびきをいかに上手に放せるか。ここに生の質と死の尊さがかかってくるような気がしています。わたしの今生の課題かもしれないな…
見えないこと,聴こえないこと (blog194)
2005-11-05 18:09:02
“見猿・聴か猿・言わ猿” とヘレン・ケラー



多分,私たちは五体満足であるからこそ,未練を感じるのかしら。

私は、失明しそうになったこともあり,音の世界に閉ざされそうになったこともある。持って生まれたものが、なくなるのはイヤですね。



しかし、音のない世界、見えない世界で、現実を生き抜いている人の話を聞くとよく言われるのが

「今の世界を幸せに思う、、、」ということです。



星野富弘氏もそのようなことを言っていました。

もし、私がその境地に立たされたら、人生をそのように

体験してみたいな。



でも、今は不自由を感じないので、感謝の中で生活

させてもらっています。



これからも、よろしくお願いします。



読者登録がないようなので、ブックマークさせて頂きます。
みえる,きこえるシアワセ (かささぎ)
2005-11-08 17:52:07
◆blog194さん ごめんなさい。お返事遅くなりました(しかも一度間違って投稿してしまい,大変失礼致しました)。



コメントを有難うございます。拝読して思いました。失って初めて気付くこと…「シアワセ」のカタチなども,そうではないかしら。無く(なりそうに)なって初めて要るか要らないか 未練があるかないかがわかるなんて,なかなか厳しいですよね。

でもその厳しさの中にジブンが居るということは,忘れたくありません(これも一種の執着?)。



「ある」と「ない」。有るセカイと無いセカイ どちらで暮らそうとも,それぞれのなかで精一杯暮らすこと。それがシアワセを掴む生き方なのでしょうね。

私も今あるかたちの暮らしに感謝して暮らすことを続けます。時に,生かされていることへの感謝 今在ることへの感謝を忘れてしまいがちになるので反省 精進あるのみです。ありがとうございます



追伸:blog194さんのurlリンクが繋がらない?ようなのでこちらに。

微粒子って、な~に?→ http://ameblo.jp/blog194/

なんだかまとまりのない記事ですが (ei)
2005-11-08 19:24:05
この記事を読んでいろいろと考えたので、TBさせていただきました。
えいさん (かささぎ)
2005-11-09 17:26:19
記事を拝読しました。まだまとまらないのですが,わたしもえいさんの記事から書きたいことが出ましたので,書きますね。少しお待ち頂けると嬉しいです。ありがとう えいさん

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