生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

死は人生の終末ではない。 生涯の完成である。(ルターの言葉)
声楽とヴァイオリン、クラシック音楽、時々ワンコの話。

権利は何のために存在するのか 権利の行使が権利者の利益を害することになる場合だってあります。

2017-05-19 23:11:53 | 思うこと

 最近JASRACや著作権の話題を取り上げることが増えていて、そろそろその話題から離れようかと思っていました。しかしまたまたネット上で話題になっていますね。今年の京都大学の入学式で総長が新入生に送った言葉の中にボブ・ディランの「風に吹かれて」の引用があったことに対して、JASRACが著作権料を請求したわけではないが歌詞の引用があったかどうかの問い合わせをしたというもの。音楽教室からさえ著作権料を取ろうとするなど、最近のJASRACの姿勢は明らかに行き過ぎではないかと思います。

 JASRACはそもそも一般社団法人と言う民間の任意団体でしかなく、仮に何らかの権威がJASRACにあるとすれば、それは契約によって著作権料の徴収をJASRACに委託している著作権者がもともと有している著作権にのみ拠るものと言うべきでしょう。JASRACと個別契約者との間の契約がどの様なものかまでは知りませんが、JASRACは著作権料の徴収を受託する代わりにその中からいくらかの手数料を貰うことで経費その他に当てているはずです。いずれにしてもJASRACに著作権料の徴収を委託している著作権者も徴収を受託しているJASRACにしても、徴収額を最大化することが互いの利益になる筈です。

 本来支払われるべきにもかかわらず支払われていない著作権料を徴収しようという行為は、正当な行為と言えます。しかし、支払う必要のない著作権料まで徴収しようとする姿勢を見せることは、不当な著作権料を徴収されないために著作権が活きている著作物の利用そのものを忌避しようという状況を生みかねません。音楽教室内でのレッスンの際に用いる楽曲にまで著作権料を徴収しようとする現在のJASRACの姿勢はやりすぎだと思います。音楽教室内のレッスンにまで著作権料を支払わなければならないのならその様な楽曲を使用することは止めようという風潮を助長して、逆に著作権者の利益を損なうことにさえなる可能性が高いと思います。

 これまででも既に著作権料を支払うのが面倒だから発表会ではクラシックの作品しか演奏しない、という音楽教室が多数あるように思っています。少なくない作曲家が音楽教室内での自身が著作権を有する楽曲の演奏については著作権料を支払う必要はない、と表明しています。著作権料の徴収が無理筋なところから徴収するよりも、支払うべき著作権料が一曲当たりであれば決して高額ではなくむしろ安いと思われる程度であること、支払い方法も簡単であること等をもっともっとJASRACとして宣伝することこそが現状では最も望ましいのではないかと思います。

 ついでに言えば、音楽著作権の管理については実質的にJASRACが市場をほぼ独占している状況なので、公正取引委員会も問題意識をもっていると表明していることもあり、JASRACの一強という状況を変えることも重要だと思います。その為には音楽著作権を管理団体・企業に委託しようとする人は出来るだけJASRACではなく他の企業に委託するようにして頂きたいと切に願います。

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