生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

死は人生の終末ではない。 生涯の完成である。(ルターの言葉)
声楽とヴァイオリン、クラシック音楽、時々ワンコの話。

茨城はイバラギではなくイバラキだったんですね

2017-06-22 22:41:12 | 思うこと

 大阪府下の茨木市は「イバラキ」で、北関東の茨城県は「イバラギ」だと何十年も思っていました。ところが今年の4月から始まったNHKの朝ドラを見ていたら、北関東の茨城県も「イバラキ」県だったんですね。ところが北関東の茨城弁ではキをギと訛り勝ちということで、関東ではほとんどの人がイバラキ県ではなくイバラギ県だと認知していると思います。

 訛りと言えば民謡ですね。日本には全国に豊かな民謡の集積があります。男声合唱曲にも編曲されている山形民謡の「最上川舟歌」は名曲だと思いますし、合唱曲に対する向き不向きはあろうかと思いますが、日本民謡はクラシックの声楽のコンサートピースとしても十分に評価されるだけの完成度があると思っています。

 ヨーロッパ各国・各地域の歌についても、全国区的な標準語で歌われる歌と、特定の地域で歌われることにより価値を見出している方言版での曲もあると思います。主に男声が歌う曲としては、トスティの「マレキアーレ」が真っ先に思い浮かびます。全音楽譜出版の「トスティ歌曲集」に収録されている「マレキアーレ」は全国区の標準語イタリア語バージョンですね。ところがCDや動画サイト等で紹介されている音源の殆どは全国区の標準イタリア語バージョンではなく、ナポリ方言バージョンがほぼ全てを制圧する勢いです。日本民謡を標準語で歌うか現地の方言で歌うかの違いと同じように、カンツォーネであっても、全国区の標準イタリア語で歌うよりもナポリ民謡ならナポリ方言で歌う方が良いことは、殆どすべての人たちが自然に自分自身の認識として身に着けていることだと思います。

 「マレキアーレ」以外には全国区標準語バージョンと地方区方言バージョンがある歌曲というものは知りません。しかしオリジナルの言語以外に他の言語でも歌われるという曲は多数ありますね。マルティーニの「Piacer d'amor(愛の喜び)」もイタリア語で歌われていますが、オリジナルはフランス語の様ですね。近代市民革命以前のヨーロッパでは王侯貴族社会では外交用語としてはフランス語、音楽についてはイタリア語が標準的に使われていた、という時代背景があった様です。耳に馴染んだ曲であっても、何語で歌われるのが自然なのか?何語で歌うべきなのか、そういったことにも思いを馳せて曲を味わい直したいと思う次第です。

 

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