生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

死は人生の終末ではない。 生涯の完成である。(ルターの言葉)
声楽とヴァイオリン、クラシック音楽、時々ワンコの話。

曲、演奏がそれ自体で持っている空間感

2017-03-07 22:23:59 | 思うこと

 ”空間感”という言葉はあまり聞いたことがないかも知れません。以前から使われているかも知れませんが、私の造語かもしれません。曲、あるいは演奏がそれ自体で持っている”空間感”とは、オペラや交響曲等、特にマーラーの第8番「千人」やブルックナーの作品などは大規模なホールで演奏することを前提に作られていると思います。ということでこれらの作品や演奏がもつ”空間感”は大きいものです。一方で弦楽四重奏やピアノ伴奏による独唱等では数百人規模の中ホールで演奏されることもありますが、数十人か百数十人規模以下、あるいは聞くだけの聴衆の存在しない、演奏する仲間が交互に演奏を披露して聞きあう、サロン音楽の様な集まりもありますね。その様な状況に似あう曲や演奏は小さい”空間感”をもった曲なり演奏だと思います。

 その”空間感”の大小ですが、大きければパブリック=公衆的で、小さければプライベート=個人的と言い換えることも可能かと思います。交響曲などの大規模な曲、演奏はパブリックで儀式的・儀礼的な側面がいつの間にか忍び込んで来ることがあるのではないかとの危惧も感じてしまいます。プライベートな曲、演奏では間違えたら途中からやり直しても良いかもしれないし、必ずしも本番ではないような合わせの場が本番よりも良かったという経験は、アマチュアなら枚挙にいとまがないくらいではないでしょうか。

 大曲を演奏するとなると奏者の人数も増えて、他の奏者に迷惑をかけるわけにはいかないというプレッシャーも増えますね。その様な緊張感も悪いものではありませんが、音楽教室の発表会ではないおさらい会と言われるような、無理に聴衆を集めたりしない、演奏する者同士が互いに聞きあう程度のプライベートなアンサンブルが何とも心良さそうな気がしています。フルートはどうやら短期間でそれなりに曲を吹ける様になれるのではないかという感触を持っています。J.S.バッハのBWV1030~1034のフルートソナタが正にプライベートな”空間感”を持っているようで、レッスン室程度の空間でピアノとフルートだけの時空間を一時占有するのにピッタリだと思うんですね。出来ればモダンピアノではなくチェンバロと合わせたいと思いますが、始めたばかりのフルート初心者にとっては贅沢すぎると思います。

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