生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

死は人生の終末ではない。 生涯の完成である。(ルターの言葉)
声楽とヴァイオリン、クラシック音楽、時々ワンコの話。

第60回NHKニューイヤーオペラコンサート

2017-01-03 23:03:38 | TV番組など

 正月三日の夜は毎年NHK教育TVで「ニューイヤーオペラコンサート」を見ています。今年が60回目だったんですね。始まりはラジオ放送だったらしいですが。

 今年も録画しつつ酒を飲みながら観ておりました。何れ録画を何度か見て細かいことについて取り上げる可能性もありますが、今日は全体からの大まかな印象についてまとめておきます。モーツァルトとヴェルディと、バロックオペラの代表としてヘンデルを、それからワーグナーの作品を取り上げていました。ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」からイゾルデの「愛の死」が歌われていましたが、演奏時間からはおそらく抜粋されたものであろうと思います。番組上の時間の制約があったとは思いますが、抜粋して端折っているにも関わらずテンポが早めで、おそらくは作曲家の意図を十分に反映した演奏にはなっていなかったのではないかと思わざるを得なかったところが残念ではありました。しかし、それでもワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」が音楽史上で果たした役割・功績・存在感については揺るぎのないものと思います。それだけのものが伝わってくる演奏ではありました。

 さて、今回の「ニューイヤーオペラコンサート」で一番印象に残ったのは、バロックオペラの扱いが存在感を増してきたことですね。鈴木雅明氏率いるバッハ・コレギウム・ジャパンが登場してヘンデルのバロック・オペラを演奏しておりました。テノールとカウンターテナーと、ソプラノは森麻季女史でした。放送ではマスター音量の調整がされていた様で、古典派・ロマン派・ヴェリズモ・ワーグナーの演奏と変わらないヴォリュームで放送されていましたが、実際には古典派以降のオーケストラとのオペラ演奏に比べればバロックオーケストラの音量は数段小さく歌い手に無理な声量をもとめなかったはずです。ベル=カント唱法以前の古典唱法では無理な声量を求められないからこそロッシーニの言う軽やかで伸びやかな歌唱が出来ていたのかなと思います。

 古典派からロマン派へと音楽語法が発展する中でオペラに求められる唱法も軽やかで技巧的な唱法よりもドラマチックかつ声量が求められる唱法へと急速に変わっていったのであれば、ロッシーニが言ったようにベル=カント(実際には現在言われているベル=カント唱法ではなくむしろ古典唱法と言うべきか?)唱法は失われてしまい、よりドラマチックな表現とより豊かな声量を求める現代的なベル=カント唱法にとって代わられている現実がさもありなん、というように思えて来ました。

 というようなことを、今年のNHK「ニューイヤーオペラコンサート」を聞きながら考えていました。

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