生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

死は人生の終末ではない。 生涯の完成である。(ルターの言葉)
声楽とヴァイオリン、クラシック音楽、時々ワンコの話。

地上波で放送された「藁の楯」を見てしまいました。

2017-06-30 23:22:20 | TV番組など

 どのような作品かは全く知らずに、金曜ロードショーで放送されていたのでつまらなければ他の番組を見れば良いとの軽い気持ちで見始めましたが、最後まで見てしまいました。オリジナルは映画をTV放送に編集したものと思いますが、オリジナルの映画版にせよ編集されたTV版にせよ、舞台に比べれば細部の情報量はけた違いに多いと思います。なので微に入り細を穿つディテールの演出が生きてくるわけですが、前半は犯人を護送する側のSPや刑事の間での相互不信に基づく緊張感がたまりませんね。この様な細かいストーリー展開はオペラでは全く望むべくもありません。とはいえ全体を見終わった印象としては、主要な登場人物が次々に死んでいくプッチーニの「トスカ」に似ているようなストーリー展開の様にも感じました。

 電気・電子・映像技術的なサポートで、オペラに比べればミュージカルにしろ映画にしろTV放送にしろ、聴衆に伝わる情報量には大きな違いがあるのは否定できません。それはそれとして、限りある情報量の中で昔ながらのやり方で感動を如何に伝えるかに腐心しているのがオペラではないかと考えています。ミュージカルも音響的に電気的な増幅の支援を受けているとはいえ、舞台芸術ですから映画やTVに比べればやはり情報量には差があると思います。映画やTV等の映像コンテンツになれば、オペラやミュージカルに比べて遥かに大量の情報を映像を手段として聴衆(観衆)に送り届けることが出来ると思います。それでも、ストーリーが重要だと思う訳です。ストーリーに深みがないときれいな映像だけしか印象に残りません。「藁の楯」では映像的に極めて魅力的な「絵」というものはあまり無い様に思いますが、ストーリーの展開に伴う緊張感の高まりに伴う緊迫した良い「絵」がそこかしこにあったと思います。

 何事もバランスが重要だと思いますし、聴衆の立場になってみてもストーリーの展開に伴って、次はこの様な展開になって行くのではないか?という期待も当然ある訳ですよね。その期待に応えて盛り上げていってクライマックスの直前で聴衆の予想を超えた展開を見せつけると、聴衆はさらなる驚きをもって興奮も頂点に舞い上がろうか・・・、等となって行くわけですね。

 ということで、オペラにしろミュージカルにしろ、舞台演劇にしろ、映画にしろTVにしろ、演じる芸術にとってはやはり物語=ストーリーが基本であって、ストーリーがしっかりしていればこその音楽の展開があり、芝居があり・・・ということだと思います。

 「藁の楯」を見終わった感想としては、やはりこれだけ大掛かりな映像を作るだけのコアとしてのしっかりとしたストーリーがあったと思います。そして現代的に難しい内容を描いていながら原作者の視点は、日本は法治国家でありどれほど悲惨な犯罪被害者の家族であっても、法に乗っ取った加害者への罰を求めるべきだ、との確固としたメッセージを受け止めました。

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