生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

死は人生の終末ではない。 生涯の完成である。(ルターの言葉)
声楽とヴァイオリン、クラシック音楽、時々ワンコの話。

私だってJASRACの主張を支持することはあります。

2017-06-13 22:31:19 | 思うこと

 今日のネット上のニュースに、JASRACがBGMとして流されている楽曲に対する著作権料の支払いを求める調停を申し立てているとの情報が伝えられました。私自身はJASRACの社会的影響力の行使に関しては、批判的立場に入ると認識しています。しかし、今回のJASRACのBGMに対する著作権料の徴収について言えば、JASRACの主張を支持します。

 様々な業種・業態の店舗で流されるBGMに関して、当該BGMの楽曲に著作権・著作隣接権がある場合には、当該著作権料・著作隣接権料を利用者が支払うのは当然のことだと思います。著作権が有効な楽曲に対しては、例外的に個人で楽しむ場合のみについて著作権料の支払いが免除されているにすぎません。営利目的の企業活動を行う上でなにがしかの貢献度合いが認められる楽曲の演奏については、私としても著作権料を支払うことが音楽文化産業の発展に資すると思います。

 もう一つは、楽曲の著作権が作曲家の死亡後50年という我が国の場合の著作権の有効期間を尊重していたとしても、音楽作品としても演奏家の演奏に関する著作隣接権を侵害する可能性があるということで、CDの演奏などをBGMとして個人的な営利事業のBGMとして流すことには、著作権上、あるいは著作隣接権上、問題がある可能性がないとは言えないと思います。

 たとえ著作権が切れているベートーヴェンの交響曲第5番「運命」であったとしても、それを演奏した指揮者、演奏家、プロデューサー、そのCDを販売する出版社等に著作隣接権がある場合には、当該著作隣接権を利用するために支払うべき金額は支払うべきだと思います。BGMとして音楽を流している(個人、あるいは零細企業者)企業主体がBGMを流すのであれば、支払うべき著作権料を支払う必要があると思います。作曲家の著作権料だけでなく、演奏家の著作隣接権料を個別に支払うのが面倒であれば、有料の有線(ラジオ)放送を流すという選択肢があります。私の勝手な想像では有線放送では聴取量の中に著作権料も含まれているとして、有線放送聴取に対する利用料金の中に著作権料の支払いも含まれているという抗弁が成り立つと思っています。

 BGMの問題についてはフランスのサティが活躍したころに、サティ等の作曲家が提起した問題に遡ることが出来ます。音楽表現の多様性に関するだけでなく、音楽に関する著作権についてはフランスのベル・エポック期に活躍した作曲家が重要な存在感を示しています。音楽家ではありませんが作家のヴィクトル・ユゴーとエリック・サティは著作権通史のなかでもっと評価されるべき存在だと思いますし、少なくとも現状の様にほとんど無視されている評価で良い訳がないと思っています。

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