あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

片渕須直監督・脚本「この世界の片隅で」をみて

2017-08-12 09:44:01 | Weblog


闇にまぎれて tyojin cine-archives vol.1219



昭和の戦争と庶民の暮らしを、美しく端正な映像で描いた長編アニメーション映画である。

「この世界の片隅で」それなり幸せな生活を送っていたヒロインは戦争に「巻き込まれて」、召集で彼女を愛していた青年を、米軍戦闘機の爆撃で親族の娘と自分の右手を喪うという悲劇に見舞われる。彼女はもう裁縫もできないし、大好きだった絵筆も握れない。気の毒で可哀想で涙が出る。

だが、これはどういう映画なのだろう? 昭和を懐かしく再現した映画? それとも反戦映画? 
我が国の「反戦映画」というと、たとえば「二十四の瞳」とか数多くの特攻隊物がそうであるように、平穏無事な日常を送り迎えていた「無辜の民」の身の上に、ある日突然湧き起った「戦争」が悪魔のように襲いかかって地獄の底に叩きこんでしまう。

それから、「ああ、なんと惨たらしいことだろう。もう二度と戦争などを引き起こしてはいけない。みんなでよく気をつけようね」というお約束のパターンで終わるのだが、本作も例外ではない。
戦争を知らない世代の勉強にもなるし、いうならば安心して泣ける「被害者視点の反戦映画」というところだろうか。

でも、この国の片隅から旅立った普通の日本人が、アジアの民衆に対してどのような被害を与えたかについては、これまたお約束のようにして口を噤んでいる。

個人的には、こういう被害者のみの視点ではなく、加害者としての視点をも複合した「現代史を踏まえた反戦映画」を生きているうちにみたいものである。

なおこの映画では、画面の左上に8年10月というような年月のテロップが出るのだが、思わず1908年なのか昭和8年なのか考えてしまった。もちろん正解は後者なのだが、元号なしの洋数字だけで表現する意図は奈辺にありや、と戸惑っているうちに物語はどんどん進んで終わってしまった。

    トランプと金正恩の2人だけで死ぬまでやりなよ場外プロレス 蝶人


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