あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

国立劇場で歌舞伎「仮名手本忠臣蔵第2部」をみて

2016-11-20 09:52:35 | Weblog


蝶人物見遊山記第220回

先月に続く忠臣蔵の第2部は、お軽勘平の浄瑠璃「道行旅路の花婿」を40分の前座に5段目「山崎街道鉄砲渡しの場&二つ玉の場」、六段目「与市兵衛内勘平腹切の場」七段目「祇園一力茶屋の場」を朝から夕方近くまでやる。見る方だって疲れるのだから、遣るほうはもっと疲れるだろう。

冒頭のいかにも能天気な舞踏は、第1部の終わりで塩冶判官が切腹させられたちょうどその時に、勘平とお軽は物陰で白昼公然とファックしていた快楽の余波であるとともに、その後に訪れる悲劇を対照的に暗示しているのである。

役者の中で優れていたのは五段目、六段目に登場した尾上菊之助の早野勘平である。この人、歴代の名優に比べればなにかが足らないのだが、いつ見ても演技も発声も水準を大きく越えていて期待を裏切らない。菊之助のお軽、中村東蔵のおかやも熱演でしたね。

これに対して七段目でトリの大任を担うべき中村吉衛門が冴えない。この人は演技はともかく、加齢によるものか年々声量が乏しくなり、ますます声が聴き取りにくくなってきた。

とりわけクライマックスの決め台詞のところでは、もともとの細みの声を懸命に振り絞っはいるものの、その声が舞台から大向こうに向かわず、おのれの胸元から内臓に向かって吸いとられていくために、3階席の最上階ではまったく聴き取れない。他の端役の声が全部聴き取れるにもかかわらず、である。

とはいうても藤十郎ほど酷くはないし、日によって調子が変るのかもしれないが、なんとなく病気をする前のホセ・カレーラスに似てきたので心配である。

それから演出上のことでいうと、七段目で由良之助が盗み聴きしていた斧九太夫を刀で刺し殺すのは、縁の下から水平にではなく、畳の上から垂直、でなければいけないはずである。
やれやれ、んなこたあなーにも言わずに、黙って時々寝ながら見物しておればいいのだが。つい小言幸兵衛になっちまったずら。


   いそいそと太平洋を渡ったポチ公が親玉ブル公のケツの穴を舐める 蝶人

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