the Laughing Gnome

スポーツ・音楽・美術に関する話題。
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美の勝利と敗北~ベルリンオリンピック記録映画「オリンピア」を見る

2006-04-05 | 国内旅行・庭園めぐり/散策・展覧会日記
見に行ってからもう三週間は経つわけですが、なかなかテーマとしては複雑な意味を持つ作品であるだけに、簡単な感想とはいかないのがこの作品の背景にある歴史の重いところです。

ヒトラーは、世界最大10万人収容のスタジアムを建設、国をあげて選手 強化を図り、世界37ヶ国を結ぶ初のラジオ世界同時中継やテレビの試験中継などを通 じて、ドイツの国力をアピールしたこと、またこのオリンピックでは「オリンピック村」として各国のために立派な選手村が作られ、日本のには「風呂ハウス」があったそうです。また「聖火リレー」が行われるなど、現在目にするオリンピックの姿が完成した大会といえると思います。

<第一部 民族の祭典>

まずギリシャと思われる場所から場面は始まるのです。古代ギリシャ美術から想起されたと思われる幻想的な映像がかなり長く続きます。全裸の男性が古代オリンピックを想起させるスタイルでハンマー投げのようなことをしていたり、やはり全裸の女性(インターネットムービーデータベースによるとレニ・リーフェンシュタール監督本人)が古代ギリシャの芸術にあるような感じで踊っていたり(日本公開は1940年、昭和で言うと昭和15年。大丈夫だったのか??)、この辺はダンサー(モダンバレエ?)であったレニ・リーフェンシュタール監督の感性が出まくっているように思いました。




で、ようやく聖火リレーへ。実際の聖火は現在と同様に神殿で巫女によって作られて、それがリレーされたのですが(IOCのベルリン五輪に関するページ参照)、この映画ではまたまた全裸の男性によって火が作られて運ばれています。途中まで全裸の男性と仕込みの沿道の人々が写されているのですが、途中から実際の映像に切り替わります(服は当然着ている)。ここから実際の映像がメインとなるのでリーフェンシュタール(あるいは当時のナチの)の趣味の要素は薄らいできます。開会式で驚くのはどの国も現在とは違い規律正しく行進していること、英米仏あたりの制服の美しさ(ただし男性は軍隊調の敬礼をしている)、イタリアはファシズム時代なのでファシスト党の黒シャツ隊の制服着用、ナチスドイツは言うまでもない。で、日本。上下は普通のフォーマルな制服なのに男子は戦闘帽着用。あちゃー。よくドラマで見るやつだが、あらゆる意味であちゃー。他の国がファシズム国家も含めというかファシストならなおさらあらゆる意味で’Dress To Kill'とばかりに気合入れまくりなのに対し、日本気合入れたつもりだろうが、なんかこう、ちょっと…。日本のオリンピックにおける制服の「あちゃー」さ加減は戦前からだったと分かる。しかしフォローすると日章旗は非常に目を引く。白が白黒映画に映えている。それで充分かもしれない…。

で、各国語のアナウンサーが出てきたり(日本人もいた)して競技開始。この第一部は陸上のみ。このオリンピックの陸上は圧倒的にアメリカが強かったようで、アメリカ人ばかり出てきて、星条旗とアメリカ国歌がたくさん流れるので、ちょっとビックリ。ドイツ人はさほど出てこない。あと日本とフィンランドが強かったようだ。このオリンピックの主役はアメリカのジェシー・オーウェンスだった。この映画でもたくさん見ることが出来る。この映画の印象深いのはジャンプや投擲競技は主要選手のモーションを丹念にスローで見せているので慣れてくると「ああこの人が優勝だな」と分かる。オーウエンスの動きも当然スローでなめるようにカメラが迫っている。


このオーウェンスは黒人だったがベルリン市民は彼に熱狂し、またドイツの走り幅跳び選手ルッツ(銀メダル)との間には友情も芽生えた。それらの出来事に対しヒトラーらが不快感をあらわにしたという話があるらしい。またこの映画では意外にもカナダの黒人選手に対してもひいきめの描写を行っていて、ドイツ人のアナウンサーが何回もオリンピックに出ているがまだ優勝のないこの選手を応援していたりする。

またこの大会のハイライトとして知られるのは長時間の死闘となった棒高跳びで、アメリカと日本の闘いとなった。当時の撮影技術では夜間撮影が困難(同時代のドイツの科学映画では夜間の鳥の動きの撮影に成功していたが、やはり鮮明な画像とは言いがたい)だったので、試合後にアメリカの選手と日本の選手を呼んで再現してもらったというのは有名な話。客も仕込み。ところが実際の試合を撮ったものより妙にリアルさが増した演出になっているのが恐ろしい。
この競技の結果はアメリカ金、日本銀銅、で日本の選手はお互いのメダルを半分に割って銀と銅をつなぎ合わせたので、それは「友情のメダル」として知られることになった。

この第一部の最後はマラソンで、これも日本がらみなのだけれど、あらゆる点で印象的。やはり選手にお願いして、練習中にカメラをぶら下げて走ってもらったりしたそうで、足元の映像、歩道に移る影、そしてなぜかまたまた裸で走る褐色の選手(何人?)が挿入される。実際の競技の映像自体はフラフラの選手や立ち止まってノンビリ水を飲む選手などユーモラスな面もあるのにそれらの別撮りの映像が挿入されることで引き締まり、ドラマティックな効果を出している。優勝者は日本領であった朝鮮半島出身の孫で3位も同じく南(ナン)。日章旗と君が代にうつむく彼らの姿は「祈っている」と思われ、日本公開時には大いに感動の涙を誘ったらしい。

<第二部 美の祭典>

集団でランニングする青年たち。ランニング後彼らはサウナでくつろぎ(またしても全裸)、暑くなると池に飛び込み、またサウナに、また飛び込むの繰り返し。無修正だった。この辺でさすがにレニ・リーフェンシュタールにちょっといらだってくる(笑)。この青年たちはおそらくフィンランド人か?その後は選手村の光景。日本人も出てくるし、オーウェンスらしき人も出てくる。選手たちがバスケットで遊ぶシーンにはジャズのような音楽がかぶさる。当時はバスケットもジャズも今で言う「スノーボード」と「ヒップホップ」ぐらいな位置づけのものだったのだろう。意外なシーン。若さみなぎる感覚が表現されたのかな。当時の各国のジャージは現在とあまり変わらぬデザインなのに驚く。違いは着方(上着はズボンの中に入れる)、カッティング(ズボンがふっくら)ぐらいか?この第二部では体操、ボート、ヨット、自転車、馬術、近代五種、水泳、飛び込みが紹介された。それが競技の全てだったわけではなく他にもたくさんの競技があったし(全部で19)リーフェンシュタール本人が語るようにあまり球技などに興味がなかったことや当時の国や観衆の要求どの高いものが選ばれたのだろうか。サッカーでは日本が優勝候補のスウェーデンを破ったことがNHKの「その時歴史が動いた」で取り上げられた(果たして動いたかどうかは知らんが…。それにこの話も最近取り上げられるようになった気がする。昔は水泳と陸上の話ばかりだった。ベルリンの日本と来れば。他のエピソードはコチラ)。当時の体操はスタジアムで行われていたようだが、例によって「別撮り」が挿入されており、スローな動きや筋肉の躍動のようなものが丹念に撮られている。ボートも競技シーンにやはり別撮りのシーンが挿入され臨場感を増させており、水泳も水のさざなみや選手が見ているような風景、水をかくことによって起きる水泡等の映像が挿入されているが、日本の活躍は伝えているものの男子のみで、有名な前畑秀子は出てこなかった。たぶん。この辺で白黒ゆえにどれがどれだかどれが何人なのかイマイチわからなくなっていたのと、少し眠かったので(苦笑)
ヨットは競技自体よりも風やヨットが起こすさざなみ、風に揺れる帆が映し出されることが多かったように思う。眠くなる。

自転車は銀輪の美しい動き、銀輪が作り出す影、などが挿入されていた。

馬術は案外とおもしろかった。当時は近郊の村のようなところにかなり「村に良くある風景」を作り出し競技を行なっていたと分かった。また出てくる人皆軍人なので各国の軍服がよくわかる。日本の西中尉がロサンゼルス五輪の優勝者と華々しく紹介されるがそれ以降は出てこない。どうやら落馬したらしく日本版ではカットされたらしい。おそらく日本でもDVDで手に入るドイツやアメリカ版ではそれが出ているのだろう。馬術は当時の人気競技で、彼も人気者だったらしい。

近代五種は馬術同様に当時の花形競技だったらしいが今や完全に不人気競技。変換も出来ない。私もそんな競技があるとは知らなかったし、しかも実はまだ正式競技だとは知らなかった。これも出てくる人皆軍人。当時のオリンピックやいわゆる出場国の軍事色・帝国主義色の強さが感じられた(中立のスイス・スウェーデン含め。スウェーデンの選手が有力選手として紹介されていた)。現在はその競技の背景が時代にそぐわなくなって、全く無視されている競技、と言えそうだ。とにかく各国のエリート軍人らしき人々が大量に出てきて、観衆は大喜び。とりわけハイライトは馬術でなかなかの難コース!柵を越えたら深い沼だったりして落伍者続出。しかしドイツとアメリカが勝ち抜いてそれぞれメダルをもらっていた。優勝はドイツ。

近代五種ーウィキペディア

最後は飛び込みと閉会式。飛び込みは体操同様に丹念に撮られていて、閉会式はナチお得意の光の魔術、サーチライトで作る「光の宮殿」が映し出された。




<あまりに素晴らしすぎたレニ・リーフェンシュタール>

(1931年ごろのレニ・リーフェンシュタール)

リーフェンシュタールの不幸はあまりに出来の良い、しかも21世紀まで生き延びてしまった国策映画を撮ってしまったことだろう。彼女は「オリンピア」完成時に「この映画は20年古びない」と語ったそうだけれど、未だにこの映画を越えるオリンピック記録映画は出ていないとIOCもベルリン五輪に関するページで認めている。彼女のより「呪われた作品」であるナチ党大会の記録映画「意志の勝利」。この作品はドイツ・イスラエルでは当然上映禁止。日本でも1942年に上映されたきりその後はせいぜいドキュメンタリーで部分的に紹介される程度でソフト化はされていないが、アメリカではDVD化されていて普通に買うことが出来る。この作品の編集手法は大会の演出法同様に現在も応用されており、コッポラはこの映画の編集方法に感銘を受けわざわざ本人に会いに行って、じきじきにご教示を受けたという。またミック・ジャガーは「意志の勝利」の大ファンで、70年代にレニの友人となった。彼女が政府のために撮った映画群はあまりに傑作であったために、実際に誰が見ても悪質だと分かる映画(例えば裕福で悪辣なユダヤ人が善良で貧しいドイツ人を不幸に追いやる話ばかり撮った監督など)を撮った人物たちよりも糾弾され、ナチの象徴のように扱われることとなった。しかし作品と彼女の強さが結局はそういった中傷を安直で陳腐なものにしている。「オリンピア」は数年に一回はテレビ放映され、上映会があれば満杯になり、そのアイデアは盗用され続けている。現在は当たり前に行われている、ランナーやスイマーなどの動きにあわせて動くカメラもこの時のアイデアであるらしい(発案は「意志の勝利」の時かな?実際の競技中には採用されなかった)。また彼女の出演作・監督作はほぼ全てがDVD化されている。


そうは言ってもこの「オリンピア」にはナチズムを強烈に感じるシーンがある。それは決してヒトラーが映ったり、ナチの軍人が出てくるところでもない。
途中になぜかものすごい数の女性(10万以上?)が集団で体操をしているシーンである。ナチズムというとどうしても大量虐殺に話が行きがちだけれど、なぜにそんなことが?といえば要は「同じような人が皆同じように仲良くやる」のが彼らの理想なので、それに当てはまらなければ…、というわけで…。当てはまらないのは下等とされたユダヤ人やスラブ民族等あるいは自由主義者や共産主義者、同性愛者、「劣性遺伝子を持つもの」で、同じような人とは「健康で健全なアーリア民族(この場合は「ゲルマン民族」のことのようだ。どういうわけかワーグナーが好んだ北欧神話文化圏とは言いきれず、独自の神話文化を持ち、アジアルーツでもあるフィンランド人まで含む)」のことで、やたら集団で行進したがったり、運動したり、なにやらこれまた集団で奉仕活動や勤労にいそしんだりするのが大好きな人達だったのだ。(例:ヒトラーユーゲントやナチス女性団等
だから非常に「社会主義」との親和性も高く、実際初期の綱領は社会主義的(政権奪取後は後退)だったし、例えばゲッベルスは反ブルジョワ・反キリスト教的な人物で初期においてはより顕著に社会主義的傾向が強かった。もっともナチに関してはそのルーツの一つをキリスト教を敵対視するゲルマン異教に見ることが出来るという話もあるのでエライややこしいのだが…。
そういえば民族の祭典の前に「美しき独逸」(リーフェンシュタール映画ではない)という宣伝映画の上映もあったのだけれど、単なる観光フィルムかと思いきや、ミュンヘンの映像から一変。いきなり「国家社会主義の発祥の地である!」という勇ましいナレーションが入ったときは寝かけていた観客に動揺が走った。妙にざわついたのである。そして何やら大量の軍服みたいなのを着た連中が農作業をしだし、ヒトラーがその先頭に立って鍬を振るうという映像にはただただ唖然とするしかなかったのだった。ただ「勤労と秩序」がどうたらこうたらというナレーションに「ああこれがナチの表の姿だったのだなあ」、とも思った。あまりに純粋でマジメな人がこういう連中に利用され、あげくには大量虐殺の共犯となってしまったのかもしれない。リーフェンシュタール含め。リーフェンシュタールもナチの祭典(党大会のほう)に最高の美を見出し、熱狂したのだから。彼女の戦後は「あんなひどいことをやっているとは誰も知らなかった」「ゲッベルスは酷いヤツだった」などのフレーズを何万回と言う事に費やされることになってしまった。それが無残なのか自業自得なのか、判断する側も難しいところだ。























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2 コメント

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あまりにも純粋でまじめな方。 (鳥花月)
2006-04-07 14:44:44
 こんにちわ。記事の「あまりにも純粋でまじめな人」というとこでつい、戦前の日本人を思い出した自分がいます。まじめ、純粋さはよいことだがはひょっとしたら、愚直さに繋がって、自覚なしに、変な事に加担される、あさっての方向にいってしまう・・・という可能性もあるのでしょうね。純粋なまじめな方をあれこれといいくるめて、自分の利益をえたり、勝ち逃げする人も裏にはいっぱいいるのでしょうね。

 上の写真は古さをあんまり感じないなぁ、と思いました。美しいし、今の雑誌の広告写真でこういうのあるかな?と思ったり。戦前の写真とは思えません。

 レニさんも理知的な美人です。目に意思の強さを感じるなぁ。審美眼もセンスもものすごくあったのですね。彼女もまさかこんな事になったとは?と思ったのでしょうか?・・。本当に判断する事は難しいです。
鳥花月さま (kawahara)
2006-04-07 17:54:42
>純粋なまじめな方をあれこれといいくるめて



まあ純粋にスポーツ映画であると思いたいのですが、あまりに背景が暗く大きいので…、という感じですね。ただ10万人以上はいるマスゲームは強烈でした。おまけのドイツ紹介映画もそうですが…。あとナチはスポーツを非常に情操教育面で重視したそうです。



>上の写真は古さをあんまり感じないなぁ



最近、といってもかなりの大物ですが、ブルース・ウェーバーという人の写真は結構影響下にあると思います。ラルフ・ローレンの広告の写真はウェーバーだったと思います。



>彼女もまさかこんな事になったとは



非常に野心的な人だったと思うので、ウッカリ悪いほうについてしまった、という感じだったかもしれませんね。