日産自動車の建て直しにルノーから来た、カルロス・ゴーン社長は、「日本人が簡略化と団結をする文化で素晴しい」と、言っている。
縄文時代の日本人が、簡略化と、誇張をして、芸術的な土偶を残した。
昨日、多くの顔に、一行の感想を書いたが、書いた後で、四つ口に付いて考えていて、気付いた事がある。
三つ口は、時折見かけるが、四つ口は、知らない。何故、四つ口にしたのかを考えていて、「そうか、横の動きと、縦の動きの表現ではないか」と気が付いた。つまり、口を動きしている(話している)事を、示していると気が付いた。
絵画に、「未来派(?)」と言うのがあり、犬の足や尻尾を幾つも書いている。静止画像に、動きを入れたものだ。これを思い出して、縄文人は土偶によって、近代絵画に近い発想を持った人がいたらしいと判る。
縄文土偶は、ピカソや岡本太郎の顔と変わらぬ土偶を作っている。縄文人は2000年の時間も飛び越えて、余り変わらぬ芸術性を残したのだ。逆に言えば、縄文人の感性が如何に進んでいたかと言う事になろう。
このように、民族が持つ文化(特徴、志向)は、古代から変わってない。そして、今の芸術的思考もさほど進化してない事を知る。宇摩説は、物語の状況から、現代的理解をしているが、人の思考は余り進歩してないのである。
歴史学者は、「日本は全て、中韓から習った」などと、奈良時代以降の表面だけの情けない理解を教えるが、日本人は現在でも基礎に持つ、「和の思考」は、中韓には無いのだ。
学者は習ったと言うが、私は先に、「中韓を経由の文明」と書いた。中韓や、学者は経由地を元のように言うが、これは地図上の位置の関係でしかない。文化が西から来れば西の国が先に知る事になり、東から来れば東が先になる。
私は、土器が樺太経由で、東から日本に来て、西に伝えたと想定している。これも学者の説、教えとまったく違う。しかし、日本の土器より、中韓の土器は千年単位で遅いのだ。つまり、土器や縫製は日本が伝えた可能性が高い。
また、造船も、今の造船と同じく、古代でも、日本が中韓に教えた可能性は高いと思っている。習ったものばかりではないし、教えた物もある。とにかく、中国は周辺から入った文明が集まった国なのである。
面白い事に、中韓は今も、文化を受け入れて、真似るが、自国の文化と言えるほどに育つ物がほとんど無い。そこで、今も物まね商品を作って、売る事に必死である。
個人主義と模倣は一体らしい。模倣は、写実であり、偽物文化に繋がる。今も偽物作りは、世界のトップを争う中韓が得意とする。これは、中国古代に、写実の埴輪(兵馬俑)を作った事と一致する。
日本は自分の知識、思考に合わせて芸術的な土偶、埴輪を作ったのと好対照である。青銅器が日本流に変化すのも、入れた技術と、自分達が持つ思考の違いであり、韓国のように同じもを継承する事がない。
明治時代に、西洋の思考や、技術が進んでいると判ると、これらを取り入れたが、日本では、日本流に取り入れていった。食べ物では、牛肉の「スキヤキ」が生まれたのである。
日本が学んだのは、知識や技術であり、文化や思想ではない。自分対置の独自性を維持しているから、史学者の指摘はまったくの間違いと言えるだろう。
日本は、中韓だけでなく、世界の国々に学んだが、自国の独自文化は縄文以来継承している。だから、芸術的な面では、特に、日本独自の文化が花開くのだ。
今世界に広がる漫画は、縄文人の思考を継承しているから、世界で、幼児だけでなく、青年や少年の世界に広がるのである。
今日、本屋に入ると、『歴史読本(新人物往来社)』の11月号が出ていた。
「日本書紀の特集」で、現在の史学が良く判る。古事記を主体に解いた「宇摩説」とはまったく違うが、古代文献と解釈の概要を知るには良いだろう。
宇摩説の『日本書紀』評価は、低いが、学者は相変わらず、日本書紀を重視している。この本には、迷彩用の異論を混入させているから、持説の例に使えるものが多いのだ。
論の為の考察などを、細かく書いた記事がある。これは生活に役立つ歴史学の放棄だから、詳細論は読まなくて良い。
ただ、日本人として、記紀に残された、古代日本の物語を知る意味では、役立つと思うので、紹介しておく。これらを読んで、子供達に日本の神話を話せる程度の知識を持って欲しいと思う。
宣長の解いた神話のままに教えるか、史実として、子供達の将来に役立つ歴史を教えるかによって、読むものが違ってくる。神話と史実を教えたいなら、宇摩説しかない。
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