ものぐささんの短歌日記

日々の気づきを短歌にのせて・・・

ご自愛ください

2017-05-21 | ものぐさの独り言
こんばんは

前回の更新は、連休の頃だったのに
今日は、5月も下旬です。

相変わらず、月日の流れの速さに
流されっぱなしのものぐさです

さて今日のタイトルは、姉から教えてもらって
初めて知った言葉です。
知ってからは、よく使うようになりました。
もともと、姉自身も姉の尊敬する方との
お手紙のやり取りの中で、頂いていた言葉
だったと記憶してます。他にも『お大切に』とか。

その後、姉もなんて素敵な言葉だろうと
感銘を受け、よくメールなどで文末に一言
添えてくれるようになりました。


初めて『ご自愛』とか『お大切に』とか言う
言葉を目にした時は、何だか浮いたキザな
台詞を聞いた時の様な変な感じだったのを
思い出します。

その当時のものぐさはまだまだ
やさぐれ感いっぱいで自己否定や自己批判
セットで付いてくる自己嫌悪の中で燻り
ながらも自分探しをしていた頃でしたから。
それ故、全くその言葉が沁みる状態では
なかったので、ちょっとしたアレルギー
反応を起こしていたのかも知れません。

そもそも、一風変わり者であの世や生まれ
変わりを信じきっていたものぐさは
生まれてきた事そのものを後悔し
その上、ウルトラ妄想でこの身体に私じゃない
別の魂が宿っていたなら、もっと上手く
使いこなし充実した人生を送れていたかも知れない。
不甲斐ない自分がこの身体に宿ったばかりに
・・・と、超アホな考えを延々と展開して悲劇の
ヒロインになりきってましたから(笑)
今なら、超小っ恥ずかしい妄想だと
笑い話ですが悩みと深刻の海で
溺れもがいていたのです。

だから、お大切にとかご自愛くださいとか
言って貰っても、大事にもしてない自分に
自分が罪悪感を持て余してしまうばかりで
素直に受けとめることは出来なかったの
だと今更ながらに思います。

今は?と言えば、こんな我儘な自分に
付き合い続けてくれるこの身体に感謝
でいっぱいです。

ご自愛ください、お大切にと言葉を
貰えると有り難いし、そうして行こうと
思えるようになりましたよ。

ご自愛くださいって言われると、
どうぞ自分を労わり認め、せめて
自分だけでも自分を大切に扱って
あげて下さいね。と 言われてる
気分になりますから(笑)

自分の事などどうでもいいと思ったり
ぞんざいな扱いをしていると知らぬ間に
周囲の人の事も同じ扱いをするように
なるのではないかと思います。

我が儘放題、自分さえ良ければそれでいいの
自己満足を自分を大事にできてると勘違い
しがちな時あるものぐさですからまだまだ
ですが

本当に自分を大事にできてると感じる時
とても静かな気持ちの中に、穏やかで温かな
喜びが広がり満たされて行くような
幸せな気分に浸れます。

私は私で良かった。
そう、自分に言えるようになった事が
自分を大事にしてる証かなとも
思ったりしてます。

どうぞ皆様、ご自愛くださいm(_ _)m
どうぞ、お大切に。

今日もひとり言にお付き合い下さり
ありがとうございました。

そんな今日の一首は・・・

傷ついた 孤独な心の 癒し方

己を認め 受け入れること

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ぐうたら

2017-05-07 | ものぐさの独り言
こんにちは

立夏も過ぎて、ここのところ急に
暑くなってきました。

寒いと言っては文句をいい
暑いと言っては文句をいう
不満だけは売る程もってるものぐさです(笑)

さて、1番好きなこの季節。
薫風の爽やかで穏やかな空気に包まれ
お昼寝がすすみます。


今日は、旦那様に我が子達and姪っ子ちゃんを
預けひたすら家でゴロゴロ。
こんな贅沢があるでしょうか!
有難や〜(^人^)

一人っきりの静まりかえった部屋で
あれやこれやと考え一人妄想にふけって
おります。

大家族で育ったものぐさは、一人に
なるのは寂しくて嫌だったのに今では
一人きりは貴重な時間。
でも、それは家族がいるからこそ。

本当に一人になってしまったら、また
若かりし頃のように孤独の不安に悩まされ
るかも知れません。

ものぐさは、前述したように寒くても
暑くても文句と不満だけは売るほど
創れる勝手な人間ですからね。
(買い手などおりませんが

今あるものではなく、今無いものにばかり
目を向けるから生まれるたくさんの『隣の芝生』
理論を一体いつになったら克服できるやら(笑)

二元性(暑い・寒い、幸・不幸)のシーソーで
遊んでいる間は、きっと抜けられない理論かも
知れないですね。

上がっている方に行きたくて、移動すると
下がってしまう、笑える一人シーソーを
懲りもせず続けているようなものです。

上がってる方(選ばなかった、選べなかった方)
に幸せがあったのかもと思っているうちは
もし選べた(そちらに移動できた)としても
結局、自分の重みで下がってしまう。

条件が無ければ感じられない幸せは
条件が合わなくなったり、新たな条件が
必要になれば消えて無くなる幸せ。
幸せが消えた後に残るのは幸せじゃないと
言うだけで顔をだす不幸せ。

なんの条件もいらないただ『在るだけ』の
幸せ。ずっと色褪せる事のない至福。

人は、無意識の中でそれを探して
いるだけのような気がするなぁーと
家でゴロゴロの至福の中、妄想する
ものぐさです。

今日も戯言にお付き合い下さり
ありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

ゴロゴロと 寝そべる我を 怠けもの!

と非難するのは 他ならぬ我
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2017-05-03 | ものぐさの独り言
おはようございます

最近、日々の出来事より妄想族話が主に
なってますが、本来はこれが私の大好き分野
なので、今日も張り切って暴走したいと
思います(笑)

興味のある方だけ良かったらお付き合い下さい。

前回の記事でmaccoman様のブログで教えて
頂いたラマナマハルシの動画。

モヤモヤすると言いながら、通勤の間ずっと聞いて
います。面白く興味深い。
聞きながらモヤモヤするのは、掴めそうで
掴めない感覚が原因なんだろうと思って
みたり

自我と真我の関係をものぐさは、卵の中身と
殻の関係のようなイメージを持っていました。
大事な中身(真我)を覆う殻(自我)

生きて行く上で、生命維持の最終防衛ラインが
殻(自我)だと。
でも、数々の傷心の度に殻は自分を守る為に
分厚く硬くなっていき、とうとう自分の本当に
核となるものが卵の中身だったことさえ忘れて
しまう。

殻が薄いうちは、光輝く中身(真我)から
漏れ出す光を纏いキラキラと輝いている
子供は、みんなそんな感じですよね。
命の輝きそのもの。

逆に殻を強化して武装する勢いの人は
人を寄せ付けない感じになる。
殻の強化には、色々な方法があるけれど
共通しているのは、人にバカにされたくない
自分だけは特別な存在等々、慢心と不信と恐れ
の交錯しているような状態。

ものぐさの言うところの気づきは、その殻に
ヒビを入れる作業のようなものです。

ただ長年にわたり確立してきた、ものの見方
考え方、思い込みは容易には砕けません。
気づいた!と思っても、日々に埋もれると
また、殻は何層にも分厚くなって気づいた
事さえ忘れてしまうこともあります。

自我とはそれほど強固で巧みなのでしょう。
きっと本当は『殻が云々』といっている
それ自体も自我からのものでしょうしね。

一気に殻を壊せる程の圧倒的な体験で
真我に気づけるならいいのですが
今のところそんな気配すらありませんから(笑)
ものぐさは、コツコツと気づく事で
自我の殻を薄くして行ければと思ってます

目の前にあるどころか、一体のはずなのに
見つけられない。探しものが苦手なのは
ものぐさ自身、日常生活でもいつもの事ですから。
のんびり探していきます。

『私とは何か?』

私を表す為に説明する為に使える肩書き
ぜーんぶ取り払っても尚そこに在るもの。

どんなに想像し、考えてみたところで
それは『百聞は一見にしかず』の『百聞』
でしかありません。一見(体験)には
叶わないのです。

それでも知りたい、気づきたいと思って
しまうので、今日も読んで下さる方を
置き去りに暴走は止まらないのです(笑)


今日も戯言にお付き合い下さりありがとう
ございます。


そんな今日の一首は・・・

いつまでも 魔羅(マーラ)と戯れ 源へ

還りたいとの 願いも忘れ
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命の不思議

2017-04-26 | ものぐさの独り言
こんばんは

ここ何日か、疲れとは別になんだか
重い(体重はもちろんですが
と感じているものぐさです。

妄想全開話で言えば、波動が下がってる
ような空気感で、少し鬱々としネガティヴが
ちょいちょい顔を出してきます。

そんな中、いつもお邪魔させて頂いてる
macchoman様』のブログで面白い動画を
教えて頂きました。

本を朗読してアップして下さってる方の
動画らしいのですが、理解力の乏しいからか
何度聞いても、モヤモヤするばかりで
ちっとも、分かりません(笑)

でも、これ以上ない大切な事を教えてくれて
いる事だけは、理解できます。

何度も聞いているうちに、ある光景が
フラッシュバックするのです。

それは、ものぐさがまだ若かりし頃
職場に置いてあった植木鉢近くに
1匹のアリンコが動いているのを
ふと見つけました。

田舎育ちのものぐさは、アリンコなんて
何百回と目にしてきたはずなのに、何故か
その目の前のアリンコに釘付けになりました。

正確に言えば、なんでお前は動けるの?
心臓があるわけでも、血液があるわけでも
ないのに、どうして、どうやって生きているの?
と、不思議が溢れ、アリンコに釘付けに
なったのです。

理科の授業で昆虫とは〜、植物とは〜、と構造は
一応習いました。

けれど、命そのものについては習ってませんよね?
どんなふうに水を吸いあげてるとか、細胞膜が
ミトコンドリアがとか確かに習いました。
けれど、だからどうやってそれを動かしているの?
大元は一体何?と、小一時間。

動画を見て(聞いて)その圧倒的な不思議が
溢れてくるばかりで、残念ながら答えには
辿りつけてません。故のモヤモヤな訳です(笑)

私は自分の力で生きてるつもりです。
それは、今も変わりません。
けれど、命と呼ばれるそれにより私は
確実に生かされているのです。

休む事なく動く心臓、意識してなくても
している呼吸、食べたものを栄養にして
くれる作用。

それは、自分が意識してできるものでは
ありません。

生きてると言う営みは、一体どうやって
維持できてるのでしょうか?

機械を動かすのに必要なエネルギーのように
生きているものを動かしているエネルギーに
当たる存在って、なんなのでしょうか?

すみません、妄想族が一気に爆走してしまいました。

ドン引きは覚悟してます

今日も戯言にお付き合い下さり
ありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

今更に 命の不思議と 向き合うと

分からぬそれに 届く気がして
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人生の旅

2017-04-23 | 子育て
おはようございます

暑いのか寒いのか、よく分からない陽気が
続いている今日この頃。

まだまだ、新学期生活に追われて
アタフタが止まらない
ものぐさです。

一昨日の夜の事。
その日は、息子が何時もより1時間早く
登校する為の早起きと、仕事もなんや
かんやと忙しかった日でもあり
疲れていたのでしょう。
しかも、週末の気の緩みで
夕飯の後、猛烈な睡魔に襲われ
うたた寝してました。

すると、何処からともなく
カチャカチャと音が・・・

私の疲労困憊ぶりを察してくれた息子が
食器を洗ってくれてた音でした。

いつもながら、何も言わずとも
こちらの状況・状態を察して
差し伸べられる優しさの手は
嬉しさと、有り難さが込み上げ
てきます。

そんな一面を見せられると
生まれたばかりの我が子を
抱いた時、どうか、健やかで
優しい子に育って欲しいと
願った思いはちゃんと叶って
いるじゃなかと子育ての原点に
戻れたような気がします。
まぁ、ほんの2〜3分

また、すぐに『欲』が顔を出し
もっと勉強を!
もっと要領の良さを!
もっと、もっと・・・
求めるばかりなのは、ちっとも
変わりません

苦労をさせたくない、傷つけたくない
後悔もして欲しくない、そう思うから
出来得る限りのオプションを持たせて
人生への旅へと送り出したいと般若の
形相で躍起になって子育てしてきました。

けれどやっぱり、根本を間違えて
いたのかもしれないと思う今日この頃。

苦労もせず、傷つかず、後悔もした事の
ない人なんていない気がします。
生きて行くって事がその繰り返しと
言っても過言じゃないですからね。

その中で、いかに気づき、自分が
どれほど支えられ、愛され、今ここに
こうして生きていられるのか・・・
自分が誰かにとっては大切な存在で
自覚はなくとも支える側になっている
ということ・・・

当たり前過ぎて、見えてさえいない
その事実に気づいて行く事こそが
人生の旅の醍醐味かも知れないと
綺麗事に酔いしれてるものぐさです

それが『あるがまま』への
『生きてるだけで丸儲け』への近道
のような気がしているからです。

早ければ、来年には巣立って行く息子。
願わくば、沢山の事に気づける人生の旅
にして欲しい。

オプションをつけるどころか、自信を
ことごとく、打ち砕く子育てをしてしまった
愚母の懺悔の思いも込めて。


今日もひとり言にお付き合い下さり
ありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

ふと見せる もう子供では ない顔に

幼い頃の 君ばかり思う
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意思のあるところ道は開ける

2017-04-19 | ものぐさの独り言
こんばんは

娘の卒業式・入学式があれよあれよと
言う間に終了し、新学期の始まりと
ともに、バタバタな毎日で落ち着かない
日々のものぐさです

何度、新学期を迎えようとも
要領の悪さはいっこうに改善されない
ので、提出書類の海に溺れ、保護者会
など役員決めの襲撃に怯え、娘のお弁当
作りが増え、学校給食の有り難みを
再実感。

そんな慌ただしい中、疲れが出ているのか
ブログ更新を目標に、携帯片手に寝る前に
頑張ってみるものの、睡魔に勝てず寝落ち
してしまう有様。
よって、忘れた頃、または
『あれ?ブログやめたの?』と思われる頃
の更新になるかと思います。

と、ものぐさ更新の言い訳は完璧!
( ̄^ ̄)ゞビシッ

フルタイム労働に復帰し、半年以上経過
しました。
労働には慣れてきましたが、家はゴミ屋敷
ですよ。専業主婦期間に定着させた家事
ルーティンは、見事に形骸化して
今では、『明日やろう』が心の口癖
恐るべし怠け者の底力

軌道に乗って、順調に維持できると
思ってたんですけどねー。

やっぱり、身体のあちこちが重力に逆らえず
下がっていってしまうのと同じく、心にも
楽に向かって引っ張られる『我欲』の重力が
あるんですねー。

逆らい難いその重力に逆らって、何かを
維持する為には、相当量の『努力』が
必要な訳です。

特に苦手な事をする時は、重力が
倍に感じますから、より一層の
抗う力が必要になる訳で。

ダイエットも勉強も始める時より
維持する事の方がずっと難しい(笑)

世の中、当たり前とか当然とか
無いはずなのに、人にはそれを
それこそ『当然』のように求める
けれど、自分の中の『当然』は
我欲の重力に抗えない時にだけ
持ち出すものぐさ。

軌道に完璧に乗るのは、自分自身の
中でその努力が『当たり前』であり
『当然』になった時と言う事でしょうか(笑)

まだまだ、修行がたりないものぐさです

今日も他愛ないひとり言にお付き合い下さり
ありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

こう在りたい 意思はあっても 動きなし

動かなければ 道もまたない
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『うっかり』の製造過程

2017-04-04 | 反省
こんばんは

前回の『生きる意味』なんて、たいそうな
タイトルと訳の分からない戯言のせいか
何だか潮が引くようにスーッと通りすがって
下さる方も引いてしまいました(笑)

まっ、仕方ないか

そもそも、ひとり言の域を全く出られてない
ブログですからね。

それでも、目を通して下さる方が
いることは、何よりの励み。

いつも、ありがとうございますm(_ _)m

今は、心身ともに余裕があまりないのが
正直なところ。

この前も、娘の中学の入学準備で
やらかしました

準備しとかないといけない物があったのに
気づいたら、注文出来る期限が過ぎてて
大慌てで注文
間に合うかどうかは、神のみぞ知る(>人<;)
(流石に、制服ではないですよ

相変わらずの『うっかり八兵衛』ですよ。

慣れのうっかりミスは、忘れた頃にやってくる。

時間の使い方と言うか、自分自身の過ごし方
が無意識のダラダラ自動運転になると
やばい、やっちまったー
やらかします。目を覚ませ、注意しろってばかりに
身に降りかかる、ヒヤリとする出来事。

慣れた頃が危ないとはよく言ったものですね。
車の運転と同じく、自分の運転手は
自分ですからね。

もう中学生の母をするのは2回目だし
一回経験してるから、勝手がわかる。
仕事で疲れてるし、忙しいし、後でも
余裕、余裕。
なーんて、絵に描いたようような油断で
アイタッとなり、焦る出来事を
招いてしまった訳です。

それを世間では、自業自得と呼ぶのですがね。

忙しいし、疲れてるし、のいい訳と
前にも経験済みだし、配られたプリントは
みなくても分かるしと言う油断と驕り。更に
自分だけは、大丈夫と言う根拠のない過信を
脳内3Dプリンタで製造すると『うっかり』の形で
現実に具現化できちゃう、なかなかの一品

皆様にも、もれなく備わっている代物ですよ(笑)

だからこそ、自分を自分の思考を傾向を
見つめ続けなければならない。
それが自分を知ること。
自分を上手に運転するコツ。
と、ものぐさは勝手に思っている訳です。

に、したって、ものぐさの場合自分運転
下手クソ過ぎですけどね

今日も戯言にお付き合いくださり
ありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

何思い 何をするか しないかで

創造し続け 現実を生む
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生きる意味

2017-03-31 | ものぐさの独り言
おはようございます

3月も今日で終わり。
さすが、行く、逃げる、去るの3ヶ月
あっと言う間に過ぎていきますね〜

突然ですが、ものぐさはずっと、これまで
『生きて行く意味』を探し続け生きて来ました。

何で、私は生まれてきたのだろう?
何で、私はここにいるんだろう?
何で、生きていかなければならないの?

明確な答えが、自分がぐぅの音も出ない程
納得せざるを得ない答えが欲しかった。

自分の生きるべき、間違いのない道を
指し示してもらいたかった、失敗のない人生
を送りたかった、そもそも生きて行かねば
ならない理由を教えて欲しかった。
・・・自分で生きてく気ゼロだね

思春期を拗らせたせいなのか?いや、物心
ついた時から頭の片隅にいつもチラついて
いたような気がします。

ここまで生きて来ましたが、結局、明確な答えは
見つからないまま、流されながら今日も生きてます
けどね(笑)

でも最近のものぐさはと言うと、気づくと
あんなに必死に探し回っていた『意味』を
探すどころか勝手に意味付けし放題(笑)
して、楽しんでます。

どんなに、間違ってない正しい
生きる意義を探しても見つけられないと
分かったからです。

海の色は、空の色。

空(自分)が曇れば、海(自分以外)が曇って
見えてしまう。

『その花を美しいと思えるのは、あなたの
心が美しいから』と言うのと一緒ってやつ
です。

生きて行くことが苦しい、辛い、しんどい
そう言う空を映し出す世の中と言う海は
それはそれは、優しさのカケラもないような
冷たく、寒々とした海の色でしょう。

自分を映し出す自分を取り巻く世界の
景色を変えたいなら、自分を変えるしかない。

どうやったら変えられるのかと言われれば
ただひたすらに、自分みて自分を知る。
自分をみて否定すれば、否定したものが
映し出され、肯定すれば肯定したものが
映し出される。

同じ世の中に生きてるはずなのに
見えている景色は、人それぞれ。

ただ、ひたすらにそれを繰り返して
いるだけの人生に意味はないのかも
知れない。

けれど、やっぱりそれだと寂しいと
思ってしまうものぐさは、自分の見えている
世界、起こる出来事に勝手極まりない
注釈をつけて、1人、溜飲を下げる
胃薬代わりにしています(笑)

でもそれって、ただあるがままに美しく
咲く花を眺めながら、あれやこれやと
屁理屈こねてるのと変わりませんけどね。

意味をもたせずとも、自分の見えるものを
あるがままに見れる日がきたら、それが
ずっと望んでいた、生きている意味の
答えなのかも知れないですね

今日も訳の分からぬ戯言にお付き合い
下さり、ありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

生きる意味 見つからずとも いまここに

生きていられる 日々是好日

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予兆

2017-03-25 | ものぐさの独り言
こんばんは

最近、波動が低めなのか、今月に入り
ややトラブルに巻き込まれ気味のものぐさ。

『ついてない』と言えばそれで終わってしまう
話ですが、自分の体調にバイオリズムがあるよう
に自分を取り巻く世界は波の動きのような
上がり下がりがあると思っているものぐさです。
まさに人生、山あり谷あり(笑)

でも、急転直下で下がる訳でもない気もします。
いくつかの予兆のような出来事の後、急転直下で
落とし穴にドンと嵌る。もしくは、コツコツ貯め
てきた不徳の大決算セールとばかりに、頭上の
不徳の石が頭にガンッと落ちてくる。

今日はまさに、そんな日でした

腹が立たないかと聞かれれば、身に降り
かかった理不尽さに腹わた煮え繰りかえる
くらいの憤りを感じます。
けれど、同時にその前に予兆と言うお知らせ
をちゃんと察知し、警戒態勢を取れなかった
自分の不徳の致すところとなるのでしょう。

自分の事は、見えているようで見えてないし
分かっているつもりで分かってない。
それが、コツコツと不徳貯金を貯めている
源なのだと思います。

いつだって、自分は正しく、相手が悪い。
自分に非があっても、自分を庇いたい保身の
為の言い訳なら、湯水のように溢れてくる
ものです。

相手にだって自分と同じくらい、言い分があり
そして、やはり自分が正しいと疑わないのです。

正しさのぶつかり合いは、必ずトラブルの
竜巻を発生させる訳で

年度末で、決算の時期ですからね。
私の不徳も決算しましょう!って出来事
だったのかも知れないです(笑)

本当に、『身から出た錆と思えば、心静まる』
に尽きるし、同時に自分の心身・自分を取り巻く
環境のバイオリズムをしっかり観察するのは
トラブル回避の鉄則だと肝に銘じておきます

更に物事は、一長一短で成り立ってます。
お陰で、ずっとサボってたブログのネタに
なりました

今日も他愛ないひとり言にお付き合い下さり
ありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

人は皆 大海原で 生きてる様

大波小波 凪繰り返し
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平行線

2017-03-08 | 子育て
こんばんは

あいも変わらず、思春期を盛大に拗らせ中の息子
学期末テストも壊滅状態な上に、大事な課題の
提出も間に合わなかった模様。

ほんとに、なんだかなぁーとしか言いようが
ないです。

前ほどのイライラはないですが、心配が消えて
無くなった訳ではないですから、もどかしい思い
と仕方ないと言うため息とミックスされた
揺れる親心って感じです。

お互いの反応が固定化され、何処までいっても
歩み寄ることも心交わることもないような
平行線上を辿っているかの様です。

分かっているつもりで分かってやれてない態度の
ものぐさと分かって欲しいのに分かってもら
わなくて結構と言う態度の息子。

素直じゃない、似た者親子(笑)

もう、早ければ来春にはもしかして社会人に
なっているかも知れない。

ここまで来ると、時間が加速するように
子育ての時間があっと言う間に過ぎていきます。

成人までのたった20年、けれど生まれてから
これまで我が子の心に寄り添い、手をかけ、目を
かけ、声をかけ・・・それをさぼった分だけ
心の距離は広がる平行線上。

自分のコントロールドラマを克服するのは
容易ではないですね

そんな、愚母でありますが願ってやまないのは
やはり子供達の幸せ。
願うだけではダメだと、このブログでも
何度も反省し続けてまいりましたが
学習能力の乏しいものぐさは、堂々巡りの輪から
抜け出せそうにないですトホホ

が、ドンマイ!私!
子育て通知表、ドンと来いです(笑)

今日も戯言にお付き合い下さり
ありがとうございました。

そんな今日の一首は・・・

幸せに 導きたいのに 子供には

茨に見える 親の指す道
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