かったかくんのホームページ

日々感じたこと、心に残ったこと・・・つづっていきますね。よかったら、立ち寄って下さい。

よいお年をお迎え下さい

2014年12月31日 | Weblog

一年間、いろいろありがとうございました。たくさんのドラマを感じた一年間でした。

来年も皆様方にとって幸多いものであることをお祈り申し上げます。2015年もかったかくんをよろしくお願いします☆

もうすぐ除夜の鐘がなります☆


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旅の中に想う

2014年12月30日 | Weblog
年の瀬の去年の旅路を懐古する
      アルバム眺めてあの日を想う


 



先日、年末の恒例の?旅行に行きました。一緒に行くA先生が、今度の春に退職をされるので、そのお祝いも(理由づけ?)兼ねていました。
 


計画の段階で、
「冷え症やき、ぬきいほうがいい。」
とA先生が言っていたので、今回は、メインと言うことでその方向で話が進んでいました。



「ちゃーらん。行くんやったら釜山がいい。」
というB先生。
 


A先生に聞くと、意外にも快諾したので、釜山に行くことになりました。国内よりもはるかに安価で行くことができます。計画を進めました。
 


その中での突然のB先生の訃報。
 


旅行中も昨年の旅のことが思い出されます。いろんなエピソードができました。



「あれから一年が経つんやな。」
「あん人がここにおっちょたら、どげえ・・・。」
という言葉が旅行の中でもたびたび出てきました。
 


亡くなったB先生の計画での旅に出ることのせつなさを感じました。通夜の遺族の方のあいさつでも「旅行が大好きでした。」という言葉がありました。
 


今日の夜、かつて教えた生徒が家族で遊びに来てくれました。B先生の親戚にあたります。ドライブに行っての帰りに寄ってきてくれました。お土産をいただきました。

これまでに自分たち以上にいろんな思い出もあったことでしょう。お子さんがいたので、


「どこの学校に行っているの?」
と聞くと、なんとB先生の学校でした。なおさらいろんな思いが蘇ることでしょう。


つながりを持ってきた人たちは、自分以上にもっとみんながそれぞれにあたたかい思い出を胸に持っているということをいろんなところで感じます。
 


昨日、ある方にお会いした時に、
「おらんごつなった分、自分たちでまた頑張っていかんとなあ。」
と話をしました。


いよいよ明日が大みそかです。たくさんの思いを残して2014年が過ぎていこうとしています。


新年の準備をしなければ。

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気合いの一日・・・年賀状

2014年12月29日 | Weblog
ご無沙汰の 年に一度のあいさつに
      またこれからもお世話になります


 


年末となっています。師走になったかと思うと、もう間もなく大晦日を迎えます。教えた生徒の花屋さんに行くと、お正月用のアレンジのものが並んでいました。雰囲気はお正月です。


テレビも年末特番となっています。


どのチャンネルを回しても、スペシャル番組です。体に合う?番組を探すのが大変です。
 



昨日は、年賀状を作成しました。一気に仕上げました。もっと早くからすれば良かったのですが、昨日が明日に、明日が・・・明後日に・・・ということでのびのびになっていました。



新しい年賀状のソフトに、前のソフトの住所録を移し替えました。何かと不便だったのでこれですっきりしました。ここからの作業でした。




しかし、もっぱら最近、生徒たちに対して戻ってくる年賀状が増えました。
 


その原因。
①住所が変わっている。それはそうでしょう。そこに出しても返ってきます。
②結婚した。籍がないので、戻ってくる。
③パソコン上で新しい住所の変更をしていない、怠慢。


などなど。この原因はさらに続きますが、対策。アパート住まいしても結婚しても、まずは、実家に出す。それが一番。アパート住まいの人は、仕事の関係などで、また変わる可能性がある。これで、戻ってきていた葉書もありました。



結婚した人もアパート暮らしがほとんどです。実家が一番。
 


となると・・・。実家の住所。


生徒がそこに籍がないことがあるので、より詳しい実家の住所が必要となります。


生徒たちが実家に住んでいるときまでは、「○○町○○」で着いていました。


例えば、「豊臣県 黒田市 官兵衛町 長政」で着いていたところが、「番地」や「○○様方」まで書いた方が戻りが少なくなります。「豊臣県 黒田市 官兵衛町 長政 100番地 かったか様方」これでばっちり。



もちろん、実家に住んでいてもそこまで書くことが郵便局の方に迷惑をかけないことになりますが。
 



教えて年数が経ち、今になって「番地」や「○○様」を知ることは難しい。電話帳を持ってきて、調べれば、番地を知ることができます。



でも・・・。年数が経って生徒の名前は覚えていますが、お家の方の名前は忘れている場合が多いので、電話帳でお家の方の電話を見つけることも至難の業となります。ちょっとだけ今回、頑張りました。



結婚した場合です。新しい姓がわからないか、知っていても忘れている・・・。知っているときに、すぐに住所録に入れておけば良いのですが、これも今日が明日に、明日が明後日にで、とうとう入れずじまいがほとんどです。「旧姓はわかるのだが・・・。」



住所録のソフトは、前の古いデスクトップのパソコンに入れていました。年賀状シーズンだけ、押し入れから出して使っていました。今回は、使っているパソコンに入れ替えました。昨年まで住所の上書きがおっくうになっていた一つです。


今回からは、しっかりと管理したいと思います。たぶん。



もし、新姓になっていなかったり、戻ってきたら、そして元旦に着かなかったらごめんなさい。

(かもめの写真1枚・・・K先生、貸してもらいました・・・はいっ!)

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感謝・ありがとうございました

2014年12月28日 | Weblog
突然の旅立ち悲しみ包まれど
     いつかどこかで会える気がする


 


年末、教員として先輩であり、これまで何かにつけて一緒に活動をしてきたN先生が亡くなりました。中学校の先輩でもありました。体調が悪くなってから、あっという間に逝ってしまい、今もなお、寂しさが湧き出てきます。
 



お悔やみに行ったときの遺影がとてもあたたかな自然な雰囲気で、今にもどこからかやってくるような感じでした。教員になってから同志的なところがあって、仲間たちと式の間、込み上げてくるものがありました。



ご家族の方と話をしたときに、
「本当にいらない口が多くてすみませんでした。」



全くその通りでした。しかし、その多い口が、みんなを楽しませてくれました。
 


2学期になってから、恒例の旅行の計画を立てました。去年も一緒に行きました。「今年は・・・ちょっとあたたかいところで。」ということで、計画をしました。




先輩に聞くと、



「ちゃーらん。そげなところに行ってどげすんのか。プサンやったら、いっちゃっていい。」上から目線?。はいはい。




 
計画を白紙に戻し、10月にまた旅行社に旅行の変更してもらいました。そして、11月の初旬。


「かったか氏、すまん。病院の先生がもし悪くなってから対応ができないから行かない方が良いと言われた。断っていいかなあ。」
と電話。



体調が戻ることにこしたことはないので・・・というつもりで、先輩のキャンセルの手続きをしたのが、昨日のようです。
「ドタキャンは、今回だけですよ。」
とくぎをさしました。
 



くしくも旅行の出発日が葬儀の日となりました。先輩もついて行くのでしょうか。「行くか、行かないか。」行く人で悩みました。




でも、結果として予定通りに。亡くなった先輩が決めたコースの旅行に行く不思議さ、因縁と痛烈な寂しさを感じました。
 



言えること、言えないこと・・・本当に楽しいドラマを共有できました。通夜が終わってから、
「みんなで語ろう。」
と食事をしました。



いろいろ笑いあり、胸が熱くなるものあり・・・先輩とのとめどもない話に盛り上がりました。
「勝手にいらん話をせん!」
と注意をされそうでした。
 



これからもまだまだ会えるような気がしますが、もうありません。今は何かにつけて、いろんな思い出が浮かんできます。



長い間ありがとうございました。

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年末の河川工事が始まりました

2014年12月23日 | Weblog
ふるさとの川の姿が変わる時
      水面の距離が少し遠のく


 


2学期もいよいよ明日で終わりです。生徒一人ひとりの通知表もしっかりと読みました。先生たちも生徒たちの姿を思い浮かべながら丁寧に書いています。



かつては、通知表のコメントも手書きでしたが、それも今は昔。現在は、パソコンを使って市で統一したソフトでの通知表作成です。デジタル化をしています。
 


今日は、明日配布する学校だよりを作成しました。異動して、9か月が経ちますが、本当にあっという間に月日がたったという感じです。
 


家のパソコンに向かっていると、ダンプの往来が激しくなっています。ショベルカーなどでの作業の音が激しく聞こえてきます。いよいよ水害防止の堤防を作るための工事が始まりました。


家は床下浸水で終わったのですが、同じ地域の中でも家が濁流で崩壊したり床上浸水したところもあります。川そして水路の水から大きな被害を受けました。
 


工事の説明会もありました。1メートル以上の高い堤防が作られます。この工事などで故郷の風景も変貌します。ダンプや工事の揺れの被害がおこったときのために、先日は、日を設定して各家を業者の方が、回りました。



それは、家の中の傷などを見るためです。家の隅々の小さな傷まで、まるで家宅捜査のようにたくさんの方が来られて、見て回り写真に撮ったりしました。中もそうですが、外も同じような検査です。
 


二日間にわたりました。
 


昨日から工事が始まりました。今日は、川にダンプなどが降りるための道路などが築かれていきました。近所の方々としばらく見ていました。地区の人たちが集まっても、工事の話です。
 


工事現場の近くの家の人に、
「ちゃんと工事の番をしちょってなあ。」
    「そげなことができんわ。」



矛先は、自分にも。
「いいわなあ、あんたがたは。昼間おらんき、音がわからんで。」
確かに。
 


これから下流に向けてどんどんとこの工事が入ります。また水害地域一帯で、さまざまな工事が行われます。家に来た方が、
「うちんまえは、道路の方が高くなる。」
住みにくくなることを話していました。
 


自然と人間との共存。どんなふるさとに変わっていくことでしょう。安心安全な地域になっていくでしょう。一方では、集落状況、交通事情が変わったりする不安そして損なう景観の寂しさも入り混じります。


見えにくくなる川に対する哀愁を感じます。

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早朝のはげしい雪・・・そして青空

2014年12月22日 | Weblog
白銀の世界に青空萌えている
      スポット浴びた耶馬の山並み


 


朝、外を見ると雪が降っています。しかし、道路は凍っていませんし、雪が積もってもいません。学校を休みにするとか、そのような対応をする必要はありませんでした。



しかし学校周辺は、雪は多くはなかったのですが、校区では積もっているところもあり、遅れてくる生徒もいましたが、無事に全員登校してくることができて安心しました。
 


昨日の夜、かつて教えた生徒が遊びに来ました。子どもに関わる仕事をしていて、
「前の雪の時は、来ることができなかった子どももいました。」
と話していました。
 


一人ひとりの子どもの状況をしっかりつかんでいます。




明日は休みですが、凍結も予想されています。みんなが事故のない生活ができることを祈っています。

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「軍師官兵衛」の最終回

2014年12月21日 | Weblog
年の瀬の空気漂う最終回
   一年の終わりドラマに想う


 


また明日は寒波がやってくるというので、少し早起きをして、学校に行こうと思いますが、積雪や被害がないことを願っています。
 


そんな中で、今日も一年の終わりを感じさせることがありました。それは、大河ドラマの最終回を迎えたことです。毎年、「一年が終わった。」と思うのは、大河ドラマが終わった瞬間もその一つです。


何十年と大河ドラマを欠かさず見ています。今は、ハードディスクなどがあるので、簡単に録画して見ることができます。



前は、日曜日見損なったら、土曜日に・・・でしたが、ハードディスクまたは、BSなどでも放映されるので、見逃すことが絶対ありません。




ついでに放映されている年には、なんとなくゆかりのある地まで足を向けます。



 
そんなことで、今年は「軍師 官兵衛」でした。まさか大河ドラマのゆかりの地になるとは思いませんでした。「ゆかりのある地」まで例年になく何度も通いました・・・。




黒田官兵衛が築城した中津城は、観光客で賑わいました。近所の城跡などものぼりや今まで草で覆われていて見たことのない黒田仕様の石垣までしっかり見学ができるようになっていました。



 
戦国時代の中で、織田信長、豊臣秀吉や徳川家康などについて活躍していても、歴史的には脚光を浴びていなかった黒田官兵衛・長政親子。今日は、関ヶ原の戦い、大阪冬の陣・夏の陣のシーンがありました。



関ヶ原でも大阪の戦いでも味方になった方が勝ったから、最後は52万石の城主になったものの、一歩読み誤って逆の方についていたら、命を落としていたかも知れません。


戦国時代は、命の綱渡りのような時代だと思いますよね。


他局では、「信長協奏曲」というドラマが放映されています。信長の身代わりになり「織田信長」として戦国時代を生き抜いていく!という発想がおもしろい物語です。



これは、これで今までとは違った角度で時代を見ているので、楽しく時代を考証させてもらえます。


これも明日が最終回です。
 


来年の大河ドラマは、「花燃ゆ」です。吉田松陰の妹「文」を中心に、困難を乗り越えていった松陰の実家である杉家の強い絆と、松陰の志を継いでいった若者たちの生き方が描かれます。



松下村塾には、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文などがいたので、また波乱の幕末の様子が興味深く見ることができます。来年の今頃は、また「一年が終わった。」と思って、テレビのスイッチを切ることになるんだろうなあ。



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2014年の終わりが近づき

2014年12月20日 | Weblog
この一年言葉で映す「税」の字に
      来年こそは 幸せの文字で
 




今日は、懐かしの大学で研修会がありました。六角堂です。大学生活のもどったような感じでした。このことは、また後日に。いよいよ12月も終わりに近づいてきました。と同時に、2014年の終わりがやってきました。



12月に入ってから、「今年の漢字2014」が日本漢字能力検定協会から発表になりました。「今年の漢字」は「税」でした。
 

消費税率の引き上げ、いろんな政治家たちの問題・・・いい意味で「税」という字に決まったことがないのが残念でしたが、そんな一年だったのでしょう。
 

う~~ん、自分にとっての「今年の漢字」は何だったのだろう。



「鷹」?ソフトバンクホークスの優勝。感動の優勝の瞬間でした。
キャンプ、試合を観戦できて楽しめました。

「転」?異動があり、母校での勤務。
あの頃に戻っていろんな思い出が蘇ってきました。

「雪」?例年より積雪が早くありました。
冬の季節をしっかり感じることができました。今年の冬は寒いのか・・・。


「秋」?もみじの美しさを味わうことができた。御霊神社、紅葉ガ丘。隠れた紅葉スポットにも行きました。


「黒」?黒田官兵衛ブーム。あの中津城が観光客でいっぱいでした。一回一回のドラマを楽しく見ることができました。いよいよ最終回です。


「旅」?夜行バスで東京。
また10月には、教えた生徒と栃木での結婚式に行きました。それぞれにいろんな楽しさを感じました。




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川べりの歩道でのできごと

2014年12月18日 | Weblog
ぬくもりの言葉と言葉のキャッチボール
   心のつながり 深めてくれる
 

 


昨日は雪が降る一日だったので、今日の朝は、道路などが凍てつく朝だと思っていました。凍っているところは、ところどころではあったけれど、道路がアイスバーンになっている箇所がほとんどなく安心しました。


最近は、朝起きると、雪が降っていないか、道路が凍っていないかなど窓を開けて、風景を見るのが何となく習慣となっています。
 


昨日は、生徒も登校してこなかったので、歩道橋などには雪が積もっていました。環境整備の方と生徒が通りやすいようにほうきではわいたりしました。そしていつもの駐輪場に立っていました。



すると、自転車で来ている生徒が、十数メートル先の歩道でこてっとこけました。急いで行ってみると、
「すべった。」
見ると、100メートル近くにわたって、川に沿った歩道が凍り付いています。



自転車で来る生徒は少なかったのですが、凍った箇所に入る前に、生徒に気をつけるように言いました。





男子の3年生の生徒2名がやってきました。
「ちょっとストップ。この先は凍っているから、スピードを出さないで行くんだよ。」
と言いました。
 



生徒たちは、凍っている歩道を見て、
「ありがとうございます。」
と言って、学校に向かっていきました。
 



その「ありがとうございます。」という生徒の言葉が、川べりで冷たい空気が流れる中で、すごく自然で、さわやかで、あたたかいものがありました。


ちょっとした言葉が、その場を和ますことにもなるし、関係性を創ります。二人の行動からこちらが、改めて学ぶものがありました。人と人とをつなぐ潤滑油をしっかりと持ち合わせて生活を送っているのだと思いました。




学校に戻ったときに、すぐに担任の先生にそのことを伝えました。

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雪の華が舞う中で

2014年12月17日 | Weblog
真っ白な 大地を包む 雪の華
   旅立ちの一歩 足跡つける
 




朝からしんしんと雪が降りました。一気に積もりました。生徒の安全を考えて学校は休校となりました。




そんな雪の夜、かつて日田で勤務した時の生徒の結婚披露宴が行われました。積雪で宴が心配されましたが、予定通り行われました。





離任してから数年経ちますが、その当時の生徒やお家の方々がたくさん詰めかけていて懐かしさを感じられました。勤務の時以来、お会いする方もおられ、賑やかな夜となりました。




新郎新婦やご家族の優しさでこの日の結婚披露宴の運びとなっています。そのことも式の中で、新婦のお父さんから話され、胸が熱くなるものがありました。




お父さんも披露宴を盛り上げるため?それとも地?なのか会場を飛び回って、お客さんの接待やステージを創っていました。


アットホームな披露宴となりました。



当時の生徒も県外から駆けつけていました。それぞれに自分の目標をもって頑張っている様子をうかがうことができました。




参列しているお家の方たちもいろんな悲喜こもごものドラマがあり、そんな話も聞かせてもらい、涙がこぼれる思いでした。わずか2年間の勤務でしたが、覚えていただけただけでも幸せに感じます。2年の中でもあふれる忘れられない思い出がたくさんできています。



そして今日も幸せな二人の姿を出逢うことができ、新しい思い出ができました。
初めてお会いする新郎は話しても、仕草にしても誠実そのものです。




その人柄でご家族の中に溶け込んでいました。お似合いのご夫婦でした。



披露宴のあたたかさで心を潤わせてもらいました。




また明日は仕事です。登校時の生徒の安全にも気をつけなければなりません。エネルギーを充電してもらい、また、明日は頑張りたいと思います。

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明日は、結婚披露宴

2014年12月16日 | Weblog
厳冬の中に輝きあたためた
「しあわせ」あふれる二人の門出





7年前、異動が発表になりました。「五馬へ。」「五馬?どこにある?」急いでパソコンを開き、場所を確認しました。



当時、わずかしか地域間の異動がなかった時代なので、異動したときには、先生も保護者も生徒も地域も知らない世界でした。職種も変わり、緊張の連続でした。学校の地形、地理すべてがはてなの世界。単身赴任。



仕事をしていて、顔を上げると、「あれ?今?夢の世界?」というような思いをしたことがありました。自分以外の先生はお互い気心も分かっています。

そんな中での勤務でした。



長年教員をしていて、ほどよく自分の勤務しているところ、やり方、人との関わりにもなれているところで、ぽんと知らない、白紙が多い世界に行くことの難しさを感じました。



市によって教育のやり方も違うことを経験しました。




勤務し始めて間もない頃は、慣れないことばかりでした。アパートに帰って、夕飯の料理。食べたらバタンキューでした。
しかし、2年間の勤務。



今までは知ることもなかったわたしに対して、同じ学校の先生、お家の方、地域の方、生徒たち・・・があたたかく接してくれました。今でも感謝の気持ちでいっぱいです。今でも気さくに話してくれる方も多くいます。



たくさんの素敵な思い出ができました。またちょうど、2年間かけて仮設校舎建設、新校舎建設、完成、落成式に立ち合うこともできました。可愛らしい校舎ができあがりました。

忘れることのできない2年間です。
 




先日、当時のお家の方から手紙が届きました。お子さんの結婚披露宴の招待状でした。わずか2年間の勤務の中で、すごくうれしさを覚えました。その披露宴が明日の水曜日です。



平日の夜です。何か事情があるのだろうなと思いながらも、披露宴の日を楽しみにしていました。
 


今日、その会に出席する方と電話で話をすることがありました。
「明日、お会いできますね。」
という話から、明日の話になりました。
「なぜ、明日披露宴なのか、先生、知らないのですか。」
と言いながら、話をしてくれました。
 


詳しく話をしてくれました。ぐぐっと胸が熱くなるものがありました。具体的には書きませんが、新郎新婦そしてご家族の優しい思いを感じました。




その優しい心がご両親から新郎新婦に引き継がれ、これからのまた新しい家庭の中にも存在していくのでしょう。



「今の世の中」だからこそ、大切にしていかなければならないこと、生き方を含めて学びました。



明日、新郎新婦はもちろんのこと、五馬の方々と再会できることを楽しみにしています。

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つながり深めた週末

2014年12月15日 | Weblog
のんびりとおじに連れられショッピング
      過ぎた時代に郷愁覚え






土曜日は、気の合う仲間たちとの食事会でした。かつて教えた生徒のYちゃんが営むお寿司屋でありました。

Yちゃんの店は、区画整理のために、一時違う場所で店をして、今回改装オープンした店です。いい笑顔で迎えてくれました。気の合う仲間たちだったことと、Yちゃんのお店だったことで、だらだら楽しく話をしました。



「もう、こんな時間。」
と言いつつ、また話をして、
「もう、(時間が)こげなったんか。」
とそれぞれが思いきや、
「もうそろそろ・・・。片付けないと行けないので・・・。」
と奥さんのKちゃん。ゆっくりとくつろがせてもらいました。


YちゃんにKちゃんに二人ともかつて受け持たせてもらった生徒です。また何かにつけて、学校で話に来てもらったり、演奏に来てもらったりもしています。




日曜日は、親戚の家に行きました。あたたかく迎えてくれました。秋に行くと言ったまま、なかなか時間が取れなかったのですが、昨日行くことができました。近くにはいとこたちも住んでいるので、みんなが集まってくれました。おじやおばが元気でいてくれることがとてもうれしく思います。 
 



一昨日は、行橋の方の高速道路が開通したので、時間がずっと短縮されました。

「コストコに行ってみようか。」

 



年末休暇に入ったような気分になりました。一つの商品の量が多いです。買ってももったいないような・・・でも買いたいような・・・そんな気分にさせてくれます。また買い物カートもでっかい。


以前ちがうコストコに行ったことがありますが、おじたちに連れて行ってもらう雰囲気は、何か幼い頃、よくどこかに連れて行ってもらった少年時代に戻ったような気がしました。



家で食事もよばれ、リフレッシュできる時間を過ごしました。遠い昔のぬくもりを感じることができた休日でした。
体に気をつけて過ごしてもらいたいと思います。




つながりが深まった週末となりました。

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週末の寒波到来

2014年12月13日 | Weblog
日本全国、週末寒波でしょうか。寒さも厳しくなっています。住んでいるところでは雪は降っていませんが、四国では集落が孤立したところもこの冬になってからおこりました。今年の冬は、暖冬ではなく厳冬なのでしょうか。
 


いつ、積雪などがあるかも知れないので、いよいよ今日は、車もスタッドレスタイヤにはめ換えました。これで安全ではありませんが、でもちょっとだけ安心です。



先日、近所の方が学校の授業にゲストティーチャーとして参加してくれたので、お礼を兼ねて、昨日の夜、近所を回りました。その時に、でっかい大根をいただきました。
「しっかり食べて風邪をひかないようにしますね。」
慣れない手つきで、早速、ふろふき大根にしました。


バジル味噌も一緒にいただいたので、それを上に乗せると、最高の味がしました。
「バジル味噌は、こうしてこうして、こう食べるんよ。」
と詳しく説明をしてくれました。



寒いときの旬のあったかいものは、しあわせ感を覚えます。

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子どもは風の子

2014年12月12日 | Weblog
寒風を背中に受けて走る君
振り向く顔に青春の汗


 


学校に行く前の早朝、いろいろな用事があったので、しばらく外に出ていました。寒い。冬の訪れをしっかりと感じることができます。


最近は、車を外に出していると、フロントガラスが凍ることもたびたびあります。そんな季節となってきました。







子どもは風の子、大人は火の子と言いますが、学校では午後から「クラスマッチ」が行われました。生徒たちにとっては、寒さもなんのその。バスケットボールとサッカーの競技に分かれて試合を展開していきました。



3年生も今は、受験モードにしっかりと入っています。テスト・・・三者面談・・・と続いています。休み時間などもわからない問題は、職員室に持って来たりしている姿を見かけるようになってきました。



 
そんな中で、ちょっとだけの体を動かしてのリラックスタイムです。歓声がグランドや体育館に沸きました。1年生から3年生まで全校で楽しみました。下級生が上級生のチームを破る波乱も。



行事そのものを楽しむことも大切ですが、この会に至るまで、体育の時間などみんなで練習をしたりしていました。その中で、クラスのまとまりや楽しい思い出を創って欲しいと思います。



昨日まで、天気が崩れていて、グランドコンディションがどうか心配されましたが、ばっちりな中で、生徒たちはグランドを駆け回りました。

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今までありがとうございました

2014年12月11日 | Weblog
寂しくも遺影の向こうに語りかけ
今はただただ感謝の言葉


 


冷たい雨が降りました。
 


今日は、かつていろいろお世話になったSさんの葬儀があり、会場まで行きました。
 


3人のお子さんがいますが、縁があって、3人とも何らかの形で、授業や学年の担当で関わりを持つことができました。今は、学校にやってくる事業所に勤務していて、何かにつけてお世話になっています。



縁が続きます。 
 


葬儀場にはとても本人らしい遺影が飾られていました。写真を見ていると、まだどこかで活動されているのではないかというような思いにかられました。豪放な感じですが、繊細でもあり、とてもお子さんたちに優しいお父さんでした。



会葬御礼の中で、お子さんが、「子どもたちともソフトバンクの野球の試合を見に行っていました。」というように、家族思いのお父さんでした。 
 


つながりがあって、姉と高校の同級生でした。いつか食事をしたときに、姉に一緒に電話をしました。



「おれのこと覚えているかあ。」
「Sさんは人気者だったから、しっかり覚えていますよ。」




と姉は答えていました。高校時代は自分にとっても2つ上の先輩で柔道部に所属していました。いつも会っていた訳ではありませんが、会ったときは、饒舌な会話でとても楽しく時間を過ごすことができました。
 



思いがけない旅立ちで、家族の方々はとまどっていることと思います。まして、遺族席にはお母さんもいました。お母さんにとっては、自分の息子の死がどれだけ胸をしめつけていることでしょうか。




お母さんの姿を見ていると、こみ上げてくる思いがありました。
 


私たちは、いつ、どこで、人生のエンディングを迎えるかもわかりません。今日?明日?
 


少しでも幸せな生き方・・・人のために自分が少しでも存在する生き方・・・を心がけていけたらと考えます。父が亡くなるとき、みんながベッドの周りを囲みました。代わりばんこにみんなが父の手を握りしめました。父も握りかえしてくれました。だんだんとその力が緩んできました。
 



最後に父は目を開きました。みんなにお別れをしたのでしょう。そのまま、息を引き取りました。父の人生の中で波乱の時もありましたが、最後は孫たちにも囲まれて、他界しました。わたしは、父が幸せであったと思います。まもなく13回忌を迎えますが、あの日のことを忘れることができません。
 



Sさんはまだまだこれからの人でした。家族に見守れられながら旅立っていきました。




今はただただ寂しく感じます。たくさんの関わりをありがとうございました。

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