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「みなまたからのお客さま」

2017年06月22日 | 大分県
学校で、「環境学習」の一環として、水俣市より「ほっとはうす」の方が来られて交流会を行いました。昨年度から継続的に学習を進めています。



「ほっとはうす」とは、水俣の胎児性などの水俣病の患者さん方がスタートさせた障がいを持つ方の働く場所です。



「きぼう・未来・水俣」は、ほっとはうすのメッセージのキーワードだと言います。


「水俣発・笑顔をつなげ!」をめざしています。出張があり最後まで、交流会に参加することはできなかったのが残念です。
 

わたしには、いろいろ尊敬する人はいますが、姉2人にこれまで、生きてきた中で、たくさんの事を教えてもらいました。一番上の姉が教壇に立ちました。そのまぶしい姿を感じたのか、下二人も自然と同じ道を歩みました。
 

二番目の姉は、山奥の地から、大学に進みました。若干10代。大学で学びながら、水俣病で苦しんでいる人をサポートしたり、原田先生につかえながら、「水俣病」研究のサポートをしていました。


話をする中で、今日来られた方とつながっていたのが、うれしく感じました。姉がこれまで怒ったり、いやな顔を見たりしたことはありません。


きっと水俣の方にも同じように、接していったことでしょう。小学校過程に進んでいたのですが、水俣の方も通学しているかつての養護学校に勤務しました。


わたしは、姉がどのような活動をしていたのか、直接見たことはありません。今日「ほっとはうす」の方が来られて、話をしたりしながら、何十年前姉が頑張っている様子を一部ですが、知ることができました。



時がタイムスリップし、しみじみとした思いになりました。人と人がつながっていること、接点に改めて驚きを感じます。
 

水俣病で苦しんでいる人たちにとって、病気のケア、補償などの完全解決は大きな願いでしょう。


それとともに障害を持ちながら、生きがいをもって前向きに頑張っていくこと、水俣事件を通して、水俣からよりよい地球環境を次世代の子どもたちに残していこうとするメッセージの発信も大切なことだといいます。


今日は、胎児性患者として車いすに乗って来られた方もいました。


新聞記者をやめて、みなまたに移り住んで活動している方も来校してくれました。生徒たちも真剣に考えていきました。


人の立場に立ってみる、人の生き方に迫ってみることが、また、生徒自身を振り返るいい機会になったと思います。



出張に出たので、あとから、聞いてみると、生徒からたくさんの意見も出されたと言っていました。


姉に今日の様子を伝えました。姉にとって、この何十年の時間の流れの中で「みなまた」のあの頃の動乱のことをきっと思い出したことでしょう。


またそれも聴いてみたいですね。
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